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応接室を出る前に、伯父が王太子殿下に
「なぜリリベルに、まだ秘密があるとお思いに?」と尋ねた。
すると王太子殿下は「だってリリベル嬢が何も巻き込まれず帰ってくるなんて、あり得ないだろうと思ったからね。『“緑色のベル”は人を誑かす』合ってるだろう?」と仰った。
何か今回は王太子に負けた気がする。
まあ全部の秘密は話してないけどさ。だけど、ザック殿下がまた問い詰められたら、多分、リリベルが“女神に似ている”ということは知られるだろうと思った。
でももし知られてもザック殿下を責めるのは止めてあげようと思う。
まだザック殿下は王太子には太刀打ちできない。それよりも女神に似ているリリベルを王太子がどうするかだろう。
一番考えられるのはザック殿下と結婚させられる事だ。
では次は?きっと王家に取り込みたいはずだ。王太子の側妃はまさか無いよね?恐ろし過ぎる。
リリベルは侯爵家への帰りの馬車でずっと考えていた。
不意に「伯父様」と呟くように呼ぶと、伯父は
「分かってる。リリは絶対守るから。多分私だけじゃない。味方は多いから安心しろ。神殿にだってやらないさ。マリィだけで十分だろう?」と言ってくれて涙が出た。
父の親戚は皆、頼もしい。父がいなくてもこんなに助けてくれる。そう思ったら元気が出てきた。
そして皆が去った後、リリベルの予想通りに王太子と二人きりになったアイザックはピンチだった。
「なあアイザック、東の第一王子は何でリリベル嬢に求婚した?あの髪に男装だろ?ほぼ少年じゃないか!なのに求婚したのは他に決定的な理由があるんじゃないか?」
◇◆◇◆
「宰相閣下、以上が報告になります。そしてこれが神々の事が描かれた絵本です」
「補佐官、ご苦労だったな。南への同行から随分長い間、頑張ってくれた。君が国を離れている間も色々あったのだよ」
「大体の事は、そちらからの報告書で。それに父からも弟からも手紙が。東から戻る馬車の中でも伯父や従姉妹から話を伺いました」
「そうか君の周りは関係者が全て身近にいるようだしな。北の国の件は外務大臣に全て任せた。しばらくは何も無いだろう。君にも休暇を与えよう。お父上も心配されているだろうから顔を見せて来なさい」
「閣下、ありがとうございます」
「補佐官、いやガブリエラ、余計な事だと思うが、やはり身を固める意思は無いか?もちろん君は優秀だから、このまま宰相府に居てもらって構わない。侯爵家出身の君なら女性の宰相にもなれるかもしれないしな。それに南と東の外交を取りまとめてくれたんだ。爵位の陞爵もあるだろう。恐らく子爵位だ」
「閣下、その…あの……」
「何だ?歯切れ悪いな。君らしくない。だが想像できるな。東で良い人ができたのだろう?」
「ひっ東の人間ではありません!あっ」
「相変わらず興奮すると余計な言葉が出るな」と宰相は笑う。
ガブリエラは自分の短所を改めて感じる。
彼女は侯爵令嬢だった為、人からあまり失礼な事を言われる事は無かったが、女性の官僚故、男性からの無礼は多々あった。
でもそれは想定していたし、仕事面でも冷静に対処できていた。
プライベートでも恋愛面は特にシャットアウトしてきた。なぜなら恋愛は学院の卒業と同時に封印したからだ。
“自分はこれからは仕事に生きると”だから、どんな男性が自分に興味を持っても、父や周囲が誰かを紹介しようとしても突っぱねてきた。
一度、恋愛を封印した原因となった彼が、自分に手紙をくれた。だがその時は南への同行と宰相補佐官になるチャンスを前に、断りの手紙を送り、彼への未練を断ち切った。
だけど、また再会してしまったのだ。思わぬ形で。
しかも事情を知っている伯父ならともかく、何も知らないはずの従姉妹に良いように転がされてしまったのだ。
自分の短所、いや未熟さのせいで。
「ガブリエラ、休暇の間に色々、考えると良い。どんな選択でも君は優秀な補佐官のままだ」
ガブリエラは宰相閣下の優しい言葉に心を癒される。