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「あ〜あ。ザック様、また眠れませんねぇ」
「うるさい。フィリップ!」
伯爵令嬢を撃退している間、表情が崩れていた事をリリベル嬢と前侯爵に散々説教されたが、ほとんど右から左だった。
リリベル嬢は風呂上がりで良い匂いがしていただけでなく、絡めた腕にしっかり彼女の胸が当たっていたのだ。
免疫ができたはずだったのに、どうも男装を始めてからの方がリリベル嬢の距離が近い気もする。あいつ自分が男の格好をしているからって俺が意識しないとでも思っているのだろうか?
モヤモヤする。
あいつは、これからもこんな感じで令嬢を追い払うのだろうか?
説教されたからではないが確かに気を強く持たないとな。そうだ今後ハニートラップを仕掛けられる可能性もあるのだ。
こんなことで動揺しないよう精神を鍛えねば!
「フィリップ、明日、出発前に少し体を動かしたいと護衛騎士のリーダーに言っておいてくれ」
「もう言っておきましたよ」ホント、この侍従は何でもお見通しなんだな。でも学院生時代のフィリップは気になるな。宰相補佐官に会ったら色々、聞けるかな。
「ザック殿下、おはようございます。旅先でも鍛錬欠かさないんですね。感心です」
「まあな」本当の理由は言えないが。ずっと鍛錬を続けていたのは間違いないからな。
しかし眠い。どうせ今日も移動だから馬車で寝ればいいか。
「ザック殿下、東の国もあまり食事の内容変わらないのですね〜」
「ん、そうだな…」気を抜くと寝てしまいそうになる。
俺は頑張って朝食を咀嚼する。
宿泊所の食事内容もほとんど自国と一緒だ。気候もほとんど同じで作物なども一緒だからかな。
違うのは図書館と病院というケガや病気を診てくれる場所があるところかなとリリベルは馬車の中から町を観察する。
次の街はここより大きいらしい。王都に近付くにつれ街も大きくなってくる。楽しみだ。
大きな街に着くと宿泊所は“ホテル”と名前を変えて、貴族の屋敷のような佇まいだ。入口に騎士のような兵士が立っていて、不審な人や身なりが怪しい人は入れないようになっている。
こういうシステムも我が国と同じところだ。
リリベル達は王家の馬車なので、紋章と国旗で誰が乗った馬車なのかバレバレだ。ザック殿下は髪が赤いし。
しかも2日目の街では東の王国騎士団が迎えに来て大所帯になってしまった。
リリベル的には東の都会の高級ホテルに泊まるのを、ちょっと楽しみにしていたのだが王国騎士団が合流してからは、王家所縁の貴族の屋敷に招待され泊まることになった。
そして、またその家の令嬢が出て来るというのを2回繰り返して王都に着いた。
恐らく年頃の令嬢がいる貴族が意図的に選ばれていたのではないか?と思った程だ。ザック殿下は婚約者がいないので仕方がないと伯父は言ってたけど、国内よりも本性がバレるような粗相はできないから大変だぞ!とリリベルは思った。
リリベルは、毎回いずれも令息姿で、殿下の恋人の体で令嬢達を追い払った。
なんか令嬢として殿下の側にいるよりも、令息姿で側にいる方が容易く令嬢を追い払えているのではないだろうか?
それに、もしリリベルが令嬢の姿だったなら側近とはならなかっただろう。
なんならほぼ婚約者的な立場で外堀が固まったかもしれないと思うと、寒気がしてくる。
令息姿はなんて使い勝手が良いのかと、我ながらあの時の英断を褒めずにはいられない。
伯父が「第三王子は男色だと噂されるだろうがな」と笑いながら言う。
そんなこと知った事ではない。リリベルはお役目を果たしているだけだ。
伯父もかなり楽しんでいるように見えるが?