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リリベルは春休みを前に侯爵家に帰っていた。
伯父の勧めで2学年からは寮を出て侯爵家から学院に通う事になった。最近は休みの度に帰っていたから、今後もその方が良いだろうという話になった。
リリアン様もご実家に戻られるそうだ。
「伯父様、春休みの東の隣国への旅に、ザック殿下も一緒に来るって」とリリベルが言うと、伯父は
「殿下には遊びではないと伝えたか?」と不機嫌に言ってきた。
「うん。でもね殿下が、その時に東の国の王族に挨拶をするから私の事も紹介するって言うの。もう遠い親戚だから関係ないと思うんだけど」
確かに東の王女の血筋を引いてはいるが、遠い親戚と言う前に不義の子だぞとベルオットは思う。
むしろ、そんな曰く付きの親戚に会いたいだろうか?
「あとさ、ザック殿下が居れば、東の王城の書庫にも入れるかもって。それは必要じゃない?」
「それは王家の書庫か?」
「かなぁ?詳しくは分からないけど、王族しか入れないからザック殿下なら入れるかもって」
「確かに、それは有り難いかもしれないな。4番目の弟も、どうしても王家の書庫だけ入れないと言っていたからな」
弟は昔から大の本好きだった。
冒険物や神話や英雄譚など読み漁っていた。特にノンフィクションの話に興味があり、それは神々の存在にまで興味が及んだ。
しかし今回、王妃とモバイル6世の証言によって暴かれたように、この国に伝わる神話と言い伝えには、かなり間違いがある。
弟はそれに最も早く気付き学院は東に行くと言ったのだ。
その後、彼は東の国で出会った令嬢と結婚して、結局、もうこの国には帰らないと決めたのだそうだ。
私も彼に会ったのは彼の結婚式から数回、仕事のついでに会ったくらいだ。今回、連絡を入れたら喜んで迎えてくれると返事が来た。
さすがに第三王子を連れて行ったらビックリするだろうなぁ。
ああそうか!王家に馬車を出してもらうか。
王家の馬車なら東の検問所も優先だ。なんなら王太子からの書状もあれば素通りできるだろう。せっかくなら利用しないとな。
「リリベル!伯父様に全て任せておきなさい!」
「さすが伯父様頼りになる!」
リリベルのこんな言葉が今は一番嬉しいなんてな。
さて王太子に一筆、いや王太子妃がいいかな?いや産後間もない彼女よりも王太子だな。
あとは弟へのお土産は何にしようかなぁ…米酒はまだあったか?
「なあマレシアナ、前侯爵が王家に馬車を出せって言うんだが。あと国境を素通りできる書状まで」
「王太子殿下、アイザック殿下の東の国の訪問を許可したからには想定はしておりましたわ」
「まあ確かにな。こちらも情報は欲しいし仕方ないか。リリベル嬢は感情を顔に出す割には情報を読ませないからな」
「口を滑らせるどころか、誘導して来ますでしょ?自分のペースに」
「ああ“緑色のベル”を少し侮っていた。きちんと言葉の裏も読んでくるし、勘も良いから逃げ足も早い。この前も上手く逃げられたなぁ…」
王太子は少し考えながら、
「マレシアナ、彼女、ザックの婚約者にならないなら君の侍女にならないかな?」
「それは無理だと思いますわ。私の事が怖いんだそうですよ。それに卒業後は子爵領に帰りたいんだとか。マレシオンに公爵家を出て子爵領に来るなら結婚を考えてもいいと言ったそうですわ」
「王子妃も公爵夫人の座も子爵領には敵わないのか。欲が無いのはあの一族の血筋か?」
「さあ?それより春に大臣が北に赴く旨、許可を求めているそうです。宰相は許可するそうですわ。やはり北との貿易は早く再開せねば互いにマイナスになりかねないと経済大臣がうるさいそうです」
「外務大臣だけで大丈夫かな?」「彼は有能ですわよ」
「そうか。じゃあ任せるか。母上の口添えも頼んどくよ。それぐらいはしてくれるだろ」