天才錬金術師夫婦の天災
天才錬金術師は異世界からの転移者だった。
彼は異世界に転移してから苦労の連続だったが、とある錬金術師の女性にその知識と才能を認められ弟子になり、やがてふたりは夫婦になって次々と便利な発明をするようになった。
最初の驚くべき発明は、飲み水が出る装置だった。既に空気中の水を集める魔法装置はあったが、それは飲めばほこりっぽく変な味がし、病気にもなりやすく、空気が乾燥すると火災が起きやすくなるので危険だとあまり使われる事はなかった。ところが天才錬金術師夫婦の作った装置は冷たく美味しく安全な水がでた。
試作機は、最初は貧民街の広場に設置され、貧民で人体実験された。
住民は塩っぱくて臭い地下水にうんざりしていたので、美味しい水の装置を設置してくれた王様に感謝して、行列を作り瓶に水を汲んで家に運んだ。
一年観察した結果、住民は以前より健康で快適に暮らし、しかも順番を守る事で社会性が向上したとの報告から、王宮や一般市民の住むエリアにも水の装置を設置する事になった。
パスタだけは食感が悪くなったと井戸水が使われたが、それ以外、お茶やスープが美味しいと好評だった。
ある日、砂漠の王子様がこの国に視察に訪れ、飲み水が出る魔法装置をたいへん気に入り、天才錬金術師夫婦に多額の出資をし、毎秒一リットル程の水を作り出す装置を巨大化と高効率化させ毎秒百トンの飲み水を作り出す装置を完成させた。
早速、王子は設計図を持ち帰り苦労の末、十台の装置を完成させ、灌漑工事も行い、砂漠に川と農地を完成させた。
砂漠の民は、これで水で争わずに済むし、食料にも困る事がなくなると大喜びした。
次の驚くべき発明は、病気と怪我を直すポーションだ。天才錬金術師は十種類のポーションを作り適切なポーションを飲めば90%の病や怪我は治るという驚異的な治癒率を叩き出した。値段は軽い病や怪我用は庶民の約二日分の賃金、重い病や怪我用は庶民の約一週間分の賃金ほどで、値段も手頃なため、貧しい者以外、ほとんど病死しなくなった。
更なる驚くべき発明は、若返りの薬だった。全てが完全に若返る訳ではないが、見た目も健康もほぼ取り戻せ、値段は一年若返る分量が庶民の約三カ月分の賃金で買えた。
これにより、裕福な者が老衰で亡くなる事がなくなった。
しかしそれらは、世界の終わりをもたらしかねない危険な発明だった。
水を作り出す装置の弊害で、ある時から海水面の上昇が始まり、毎年二センチほど上昇し、それが数十年続いた時、いくつかの島や国が海に沈み大問題になった。
地質学者の調査結果によると、大陸の地下水が満タンになり、湧き水が増え、海に流れ出す水の量が降った水の量の二倍になったそうだ。しかも天文学者からの報告によると公転と自転が変化したそうで、一年が二日増え、一日が三十分増えた。
ポーションと若返りの薬の弊害も深刻で、ポーションにより、百五十歳の老人が普通に暮らすようになった。家族の負担が大きくなり、若者は家に仕送りしないといけなくなり、経済的に結婚出来ない若者が激増した。
若返りの薬による弊害は、五百歳を越える人間が若者と同じ見た目で普通に生活するようになり、ジェネレーションギャップが酷すぎて社会が混乱するので大家族は別れて暮らすようになった。それからいくら若返りの薬を飲んでも生殖機能は完全には若返らず五十歳を越えて子供を作れば障害や奇形の確率が高くなり、二百歳を越えるとほぼ正常な子供は産まれなかった。
そのため街は奇形のホームレス目につくようになった。
更に若返りの薬で見た目年齢を30以下にすると、身体の成長が再び始まる事があり。若さに固執した人の中には身長が3メートルを越え、歩けなくなる者も出た。
ある時、各国や富裕層の寄付により、天才錬金術師の残した魔道具や、それを生産する施設を破壊するための影の組織が誕生した。
その名も奇跡撲滅委員会『普通が一番』。
彼等の孤独な戦いは続き、奇跡により救われた人々が奇跡を取り上げられ、流す涙も増え続けるのだった。