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教授室のドアをノックして、返事を待たずに押し開ける。
「そろそろお昼どうですか?」
奥のデスクでパソコンに向かっている恭子さんに、そう呼びかけた。
壁にかかっている時計は、11時半を指している。
今のうちに行かないと、授業を終えた学部生が食堂になだれ込んできて、長蛇の列に並ぶはめになる。
「あ、ごめーん。今日お弁当なのー」
私に気づいた恭子さんは、のろける気まんまんの顔で、弁当箱を掲げてきた。
旦那さんが作ってくれたのだろう。
恭子さんは、お弁当持参の日、絶対に食堂に付き合ってくれない。
昔からそうだ。
「ああ、そうですか」
捕まると面倒だと思って、ドアを閉めようとした。
のに。
「あ、待って、亜希ちゃん」
ちゃん呼びで引き止められた。
無視するわけにもいかず、しぶしぶ教授室に足を踏み入れる。
私がこのラボに戻って来れたのは、恭子さんのおかげだ。
恭子さんは、私が学生だった時、准教授だった。
私がアメリカの大学に留学している間に教授になって、ビザが切れて帰国するか迷っていた私を、准教授として迎えてくれた。
私が学生だった頃から、ラボに女性が少なかったこともあって、恭子さんは私と仲良くしてくれた。
今でも、2人の時はちゃん呼びだ。さすがに、学生の前では『橋本先生』と呼んでくるけれど。
「今年の学会発表だけどーー」
恭子さんは、本当に私に用があったようだ。
話し込んでいたら、30分くらい経っていた。




