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アオイは1分足らずで通話を終えて、笑みの残る顔をこちらに向けた。
友達だろうか。
「約束があるんだったらそっち行きなよ」
私のために遊ぶ約束を断ったのだとしたら、余計なお世話だ。
『橋本さん、昨日、真野さんと帰ってましたよね』
アオイは私の言葉には答えず、そう返してきた。
何の脈絡だ。
「あんたに何か関係ある?言っとくけど、毒とか盛られて耳がおかしくなったわけじゃないから」
動揺を隠してそう言い返したら、何がツボに入ったのか、アオイは口を押さえて笑った。
意外と、こいつが本気で笑ってるのを見るのは初めてかもしれない。
『橋本さん、すごい酔っ払ってたから、毒盛られても気づかなかったんじゃないですか?』
「冗談言わないで。安静にしてなきゃいけないんだから」
『添い寝してあげましょうか?』
「だから、ふざけてる場合じゃないんだってば」
やっぱり馬鹿だ。
事態の深刻さが全然わかってない。
まあ、仕方ないか。他人事だしな。
アオイはまだ何か喋っているようだったけど、構わず大股で歩き出した。
追いかけてくる気配がなくて、ホッとしたのも束の間、突然、後ろから抱きつかれた。
「ちょっと、いい加減にしてよ」
アオイのバックハグから抜け出そうとするけど、解放してくれない。
目の前にアオイのスマホを突きつけられて、仕方なくそれを読んだ。
『僕、橋本さんのことずっと好きでした』
悪ふざけだと思った。
こいつは私に付きまとってくるけど、男女の関係を匂わせてくることは一切なかった。
潔癖なくらいに。
「こんな時に何?怒るよ」
言うほど腹は立てていなかった。
私にとってアオイは、空気のような存在だった。
実際に、こんなに密着していても、何も感じない。