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「俺が喋らないようにすればいいのかもしれない」
爺さんが婆さんの前でそうしていたように。
そうすれば、強制的に興奮状態にさせることもないし、口を滑らせる心配もない。
「声は聞きたいです」
亜希は俺の喉にそっと触れて言った。
「好きって言いたくなったら、うるさいって言って」
「その言葉は、橋本さんにとってトラウマじゃないのか?」
不思議に思ってそう尋ねた。
「お母さんに言われたんだろ?」
家を出て行こうとする母親に縋りついた時に、『うるさい』と言われたのではなかったか。
そうとも知らずに俺は、何度もその言葉をかけてしまったけど。
「そんなの、とっくに真野さんの言葉に塗り替えられてます」
亜希はあっけらかんとそう答えた。
「私、全然お喋りじゃなくて、むしろ大人しすぎて怒られるような子供でした。
そんな自分が、うるさいって言われるくらい真野さんに話しかけちゃうなんてって、なんだか嬉しくて」
亜希の指は、俺の喉から唇をなぞっていく。
「だから、私にうるさいって言って。真野さんの『うるさい』も『黙れ』も全部、好きだって解釈するから」
衝動に任せて、亜希の唇に口付けを落とした。
本当はキスをするのも怖い。
爺さんは何も言ってなかったけど、何か良からぬ影響を与えてしまいそうで。
それでも、彼女のいじらしさに、我慢ができなかった。




