5
「だったら何だよ」
追い詰められている亜希を助けたくて、俺は口を開いた。
「なぜ、橋本さんをこのラボに誘導した」
当時、亜希に彼氏がいることは知っていた。
亜希がそのまま別のラボを選んでいたら、俺は多分、亜希を好きにならずに済んだ。
呪いをかけずに済んだのに。
「人間に奪われるのがどんな気分か、知りたかったからだよ」
「は?」
アオイの答えは、意味不明だった。
「本当はさ、人間界に戻ってきた時、その力を取り戻すつもりだったんだよ。いつまでも人間に持たせてるのも良くないからね」
アオイは、ドア近くのキャスター付きの丸椅子に腰掛けて、俺たちを見上げて言った。
「だけど、気が変わった。戸塚も孫の君も、せっかくあげた力を使ってないし、全然幸せそうじゃないんだもん。戸塚なんて、しょぼくれた顔で知らない婆さんに金渡してるしさ」
口を尖らせて、椅子を揺らしながら続ける。
「それで、何があったんだろうと思って、その婆さんからいろいろ聞き出した。僕のいない間に、ずいぶん面白いことになってたんだね」
思い出し笑いを漏らしたアオイは、そこで亜希のことをじっとりと見つめた。
「その時だよ。橋本さんに初めて会ったのは。俺が婆さんをいじめてると思ったのか、突っかかってきた。ゾクゾクしてさ、思わず手を出しちゃった。こんなに人間に惹かれたのは、久しぶりだったよ」
俺の隣で亜希が、スマホに目を落としたまま、「おばあちゃんのことだったの」と呟く。
怯えたような声で。
「でね」
亜希の様子をよそに、アオイは楽しそうに続ける。
「思いついたんだ。今度は人間に奪われてみようって。かつて僕は、戸越から女を奪うばかりだったからさ。君に力のありがたさを実感させることもできるし、一石二鳥だろ」
理屈はさっぱり理解できない。
ただ、俺が力を使っていなかったのが気に食わなかったのだ、ということだけは分かった。
「それで、俺たちを引き合わせるために、橋本さんをこのラボに誘導したのか」
俺がそう確認したら、
「そう。その通りだよ」
と、アオイは嬉しそうに肯定した。
「だったら、」
話が通じる相手ではないけど、説得を試みる。
「もう目的は達成しただろ。俺は力を使って、お前は俺に橋本さんを奪われた。力を返すから、おとなしく自分の居場所に戻れよ」
二度と、アオイが橋本さんに手を出さないように。




