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耳鼻科は、歩いて20分ほどのところにあった。
向かう途中、カップルに道を塞がれて、生の声なら聞き取れるのではないかと彼らの会話に耳を澄ましてみたけど、女の言葉しか聞き取れず、その甘ったれた声にイライラするだけだった。
耳鼻科の医者は女だった。
私の症状を聞いて、『聴覚情報処理障害』の疑いを口にした。
先ほどネットで調べた時にも出てきたものだ。
それは、聞き取り困難症とも呼ばれ、聴力自体には問題がないものの、言葉として聞き取ることに支障をきたす障害である。
確かに、今の私の状態に近い。
でも、おそらく違う。
私の場合は、男の声だけが聞き取れないのだ。
医者は次に、周波数との関連を疑ったけど、多分それも関係ない。
さっき曲を聴いた時、女性歌手が低い声で歌っているのは聞き取れたけど、男が裏声で歌っているのは全然ダメだった。
それに、人工的な音声は、男の声を模したものでも聞き取れた。
言ってみれば、男声情報処理障害だ。
案の定、医者は私の聴力検査の結果を見て首を傾げた。
音が聞こえたらボタンを押す、純音聴力検査と呼ばれる通常の聴力検査では、全く異常がなかった。
それどころか、「ア」とか「イ」とかいった語音を書きとる語音聴力検査でも、異常がみられなかったからだ。
その医者は私に、ゆっくり休んで2、3日様子を見るようにと告げて、診察を終えた。
天罰が降ったのだと思った。
昨日は、お母さんの命日だった。
『お母さんなんか大嫌い。死んじゃえ』
家を出て行くお母さんの背中に、私はそんな言葉を投げつけた。
その直後にお母さんは自殺した。
私が殺したようなものだ。
こんな私が、愛を求めることなど、許されないのだ。