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愛してるって言わないで  作者: Mariko
聞きたくない
32/89

4

 爺さんは最初、こう思っていたはずだ。

 聴覚障害者なら、仮に呪いがかかったとしても、日常生活に支障をきたすことはない。

 一度だけ抱いて、その後は二度と会わなければいい。

 もし呪いによって女の声が聞こえるようになったら、儲け物だ。


 爺さんは根っからの研究者で、呪いの力をあらゆる相手に試していた。

 血縁者、言語の違う相手、同性愛者ーー。

 その中には、壊してしまった人もいて、自己嫌悪に陥っていたところだった。

 だから、最後に、呪いの力を良いことに使いたかったのかもしれない。


 それなのに、亜希の母親は、一度『好きだ』と言っただけで壊れてしまった。

 それを見た爺さんは、ヤケになって、どうせならと研究に使うことにした。

 聴覚障害のメカニズムを解明できることを期待したのだ。


 でも、その頃、呪いのせいで息子がその妻に殺される事件が起きた。

 俺を引き取った爺さんは、目を覚まして、亜希の母親を呪いから解放することにした。

 元には戻らないけれど、せめて家族のもとに戻そうと思ったのだ。


 それで、爺さんは俺の婆さんに呪いをかけ直して、それからは婆さんの前では一切声を出さずに過ごした。

 ただ、呪いをかけ直されても、婆さんが俺たちのことを思い出すことはなかった。


「母は、」

 亜希は言葉を続けた。

「廃人みたいになっていて、戸塚さんが帰った後、ふらふらと家を出て行こうとしました。

そんな母に私は、ひどい言葉を投げつけました。

お母さんなんか大嫌い。死んじゃえって」


 涙を堪えるような声に、胸が締め付けられる。

「祖母が気づいてその時は引き留めたんですが、数日後に近所の陸橋から身を投げてーー」


「もういい」

 罪の意識に耐えられなくなって、亜希に向き直って、その身体を抱きしめた。

「すまなかった」


 亜希の母親が死んだと知った時、爺さんはとても悔やんでいた。

 俺に、決して呪いの力を乱用してはいけないと、繰り返し言い聞かせた。

 爺さんが嘘をついたのは、俺を傷つけることなく亜希を守るためだったのかもしれない。

 それなのに、俺はまた、呪いの力で亜希を苦しめている。


「すまなかったーー」

 何度謝っても足りない。

 

 亜希は、自分のせいで、母親が自殺したと思っているのだろうか。

 だとしたら、違う。

 その時にはすでに、亜希の母親は、聞こえなくなっていた。


 そのことを知っているのに、俺は亜希に、真実を伝えることすらできない。

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