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「私の母は、自殺でした」
亜希が俺の背中でポツリと言った。
「私その時2歳とかで、あんまりよく覚えてないのですが」
それは初めて聞く話だった。
もっとも、そんな立ち入った話をするような間柄ではなかったから、当然といえば当然だ。
「母は耳が聞こえませんでした。私を産んだ時に、聴力を失ったそうで」
亜希は淡々と続けた。
「父は見放されて、1人で私を育てようとしたんです」
次第に小さくなっていくその声に、俺は悟られないように耳を澄ませる。
亜希のすべてを知りたくて。
「ちょうどその頃、戸越さんーー真野さんのお爺さまが、実験マウスの聴神経の再生に成功したというニュースが出ました。
母はそれを見て、戸越さんのもとを訪ねたそうです。耳が聞こえるようになる方法があるなら、試したいと」
それを聞いて、爺さんの言葉を思い出した。
聴覚障害者には決して、この呪いの力を使ってはいけないーー。
その表情には、悔恨の念が滲み出ていた。
「それから母は、家に寄り付かなくなりました。戻ってきたと思っても、すぐにまた出ていって。私は祖母に育てられるようになりました」
まさか、と思った。
「祖母は信じてくれなかったけどーー、私、母は耳が聞こえるようになっていたと思うんです」
続く彼女の言葉に、確信に変わる。
「一度だけ、私の言葉に反応したんです。家を出ていく母に、行かないでって言ったら、うるさいってーー」
爺さんは言った。
聴覚障害者にも、呪いがかかると。
むしろ、耳が聞こえる人よりも強くかかって、ひと度『好きだ』と言っただけで、いとも容易く壊れてしまうのだと。
そして、不思議なことに、爺さんの声とともに、女の声も聞こえるようになったそうだ。
間違いない。
爺さんが言っていたのは、亜希の母親のことだ。
「しばらくして、戸塚さんが母を連れて家にやって来ました。母は明らかにおかしくなってて。
戸塚さんは母を別の部屋に移すと、祖母にひたすら謝ってました。聴力を回復させようと試みているうちに、このような状態になってしまったと」




