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自分が亜希に呪いをかけてしまったことを知ったのは、翌日、アオイから電話がかかってきた時だった。
『橋本さん、耳が聞こえなくなっちゃったっぽいですよ』
電話口でそう告げられて、心臓が止まるかと思った。
慌てて言われた場所に駆け付けたものの、アオイの前では何も言えなかった。俺が声を出せば、亜希を発情させてしまうと思ったからだ。
それで、無言で彼女をその場から連れ出した。
亜希の家の前まで来てから、恐る恐る声をかけると、彼女はみるみるうちに乱れた。
呪いがかかったということは、俺と血の繋がりがないーーつまり、爺さんの娘ではないということだ。
そう理解すると同時に、爺さんは亜希に騙されたのだと気づいて、一気にドス黒い感情が膨れ上がった。
ずっと好意を押し留めてきた分、憎しみが加速して、そんな相手を征服するのは、気が狂いそうになるくらい興奮した。
愛なのか憎しみなのか、分からなくなるほど。
欲望を吐き出した後、亜希の顔を初めてまともに見た。
憎んでも憎んでも、彼女は綺麗だった。
その澄んだ瞳の中に、生い立ちを想像しようとした。
俺にとっての呪いのように、彼女も何かを抱えているのではないか。
そう思ったら、同情の気持ちが生まれて、解放してやろうという気になった。
亜希を解放するのは簡単だ。
他の女に好きだと言えばいい。
そうすれば彼女は、自分の身に起きたことを忘れて、すべて元に戻るはずだ。
そして記憶は、辻褄が合うように書き変わる。
俺と交わらなかったかのように。
もう一度だけ抱いたら、亜希を解放しよう。
そう、思っていたのに。
俺は知ってしまった。
すべて爺さんの嘘である可能性を。
亜希が純粋に俺のことを、好きだと言ってくれている可能性を。
解放したら、亜希は俺のことを忘れるかもしれない。
俺に対する想いごと、記憶から消えてしまうかもしれない。
俺の婆さんは、爺さんのことを忘れて、最後まで俺を孫だと認識しなかった。
忘れられる前に。
もう一日、もう一日だけーー。
そうやってずるずると1週間経って、俺は今日も彼女を抱いている。




