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「私は、何もされてないです」
私の隣に腰を下ろした真野さんの視線から逃れたくて、身体を反対側に向ける。
「じゃあ、ーーお前の母親が何かされたのか?」
図星をつかれて、ぎくりとする。
「い、言いません」
「なぜだ」
追い詰められて私は。
「真野さんのことが、好きだから」
そう答えるのが精一杯だった。
嘘をつけばボロが出そうで。
余計に真野さんを傷つけてしまいそうで。
「何でそんな嘘つくんだよ」
真野さんの口調は、穏やかなものになっている。
「元はと言えば、お前がそんな嘘をつくからーー」
「嘘じゃないです。私、真野さんのことが、ずっと好きでーー」
「嘘つくなよ。お前、アオイと付き合ってるんだろ。さっきもあんなに密着して」
「だから、さっきのはアオイが急にーー」
「百歩譲ってそうだったとしても、こんなひどいことされたら、俺のこと嫌いになるだろ」
「嫌いになるも何も、ひどいことなんかされてません」
背後で盛大なため息が聞こえた。
「勘弁してくれ」
勘弁してほしいのはこっちだと思った。
「嘘をついたのは真野さんの方じゃないですか。私のこと、好きだなんて」
私にぬか喜びをさせるのが目的だったのだとしたら、真野さんが払う代償があまりにも大きすぎる。
嫌いな人に初めてを奪われるなんて。
「ああ、嘘だ。お前のことは嫌いだ。初めて会った時から、大嫌いだったよ」
「だったら、どうして……」
どうして、私のことを抱きしめるのだ。
そんなに優しい手つきで、包み込むように。
「頼むよ」
耳元で、真野さんが囁いてくる。
「早く本当のことを言ってくれ。じゃないと、お前はまた、俺に抱かれなきゃいけなくなる」
ずいぶんと回りくどい表現だ。
「真野さんが嫌なんでしょ?だったら帰っーー」
「分かってるよ、俺だって。さっさとお前を解放しなきゃいけないことくらい」
後ろから抱きしめる腕に力がこもって、少し苦しくなる。
「俺に、この場に留まる口実を与えるな。さっさと本当のことを喋って、俺を外に放り出せ。そしたら、全部元通りにするから」
その声は、私よりも苦しそうで。
「……どういう意味ですか?」
何もかも、矛盾してる。
私のことを嫌いだと言うくせに。
「これ以上は言えない。橋本さんを壊したくないんだ」
私の首筋に触れる真野さんの唇はまるで、愛を囁くように。
ひとつだけ、分かったことがある。
私が本当のことを言わない限り、真野さんは私から離れていかない。
それなら、ずっと黙っていようか。
真野さんの腕も唇も、息づかいですら、離れたくない、離れたくないと、叫んでいるように聞こえるから。




