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「あの、真野さんのお爺さまって……?」
今にも部屋を出て行きそうな真野さんの背中に、そう尋ねた。
真野さんは、勢いよく振り向いて、私の胸ぐらを掴んだ。
「戸越だ。3月に死んだ戸越達也だ。知らないとは言わせないぞ」
衝撃を受けて、一瞬固まった。
「と、戸越さんって、あの、前の理事長の……?」
「そうだよ。爺さんから俺のことも聞いてたんだろ」
聞いてない。
今、初めて知った。亡くなったことも。
「え、でも、苗字が……あ、母方の……?」
戸越と真野で名字が違うと思ったけど、母方の祖父であれば納得がいく。
そう思ったけど。
「親父が縁を切ったんだ」
真野さんはそう吐き捨てるように言った。
「それはどうでもいい。娘の振りして近づいたことは認めるんだな」
首を横に振った。
何度も振った。
それは勘違いだ。
確かに私は、この春休みに戸越が入院している病室を訪ねた。
でもそれは、お母さんのことを聞くためだった。
戸越はその時、自分に身寄りはないと言った。
孫の存在を明かせば、私が危害を加えたりするとでも思ったのだろうか。
だとしたら、戸越も人の親だったということか。
「違います」
Tシャツの首元を掴まれながら否定する。
「戸越さんからは、慰謝料を貰ってただけで……」
そこで、ハッとして言葉を切った。
私は、戸越のことを憎んでいた。
だけど、真野さんにとっては、大事なお爺さんだ。
「……慰謝料?」
真野さんの、私のTシャツを掴む手から、力が抜ける。
「慰謝料って、何だ」
「何でもないです」
「爺さんが死ぬ前に言ったんだ。お前のことを、外で作った子供だって。それをネタにゆすられてたんだって。俺が孫だということも知ってるから、気をつけろと。そっとしとけと言われた。それは、嘘だったのか?」
まるで、デタラメだ。
戸越はなぜ、私のことを悪者に仕立て上げたのだろう。それも、よりによって真野さんに。
私が恨むことはあっても、戸越に恨まれる筋合いはない。
「お前、まさか爺さんにも……?」
真野さんが、何かに気づいたように、愕然とした表情で言った。
あらぬ想像をされていることに気づいて、慌てて手を振る。
「ち、違います。私はーーそう、私は、戸越さんの言うとおり、娘の振りして近づいてーー」
その筋書きが一番、真野さんを傷つけないのなら、私は悪者になろう。
戸越さんの孫だとしても、私は、真野さんのことを嫌いになれない。
でも。
「本当のことを言ってくれ。お前は爺さんに何をされたんだ」
真野さんは、私の言葉を無かったことにしてくれなかった。




