冥界ダンジョン①
翌日の日曜日。天気の良い日が続いている。洗濯物は朝イチで干した。掃除機もかけた。軽くご飯も済ませ、私は万全の状態でPCの画面に向かった。昼間からゲーム出来るなんて、最高の休日だ。いつものローディング画面。早く読み込みが進まないかと気は焦る。いつもの城壁の上からスタート。職人の日課をこなし、私は早速レベル上げに向かった。野良で経験値の美味しいモンスターの範囲狩りに行く。1PT終わり、また次のPTに拾ってもらう。そうして、同じ作業を延々と繰り返す。単純で面白いとは言えないが、こういうコツコツ積み上げる作業は嫌いではない。あっという間にお昼になった。また軽くパンをかじりながら、午後も同じ作業を続ける。ギルドの人もフレも、日曜日は出かけている人が多いのか、ログインしている人はまばらだった。みんなリア充だな・・・。
ずっと同じモンスターを集めて、火力を集中させて落とす。また壁役の人がモンスターを集める。火力ぶっぱ。回復。じりじりと上がっていく経験値のゲージとにらめっこしながら、ひたすら同じ事を繰り返す。日が沈みかけた時、ようやく後1%まで来た。これで日課の経験値クエストをこなせば、きっとレベルが上がるはずだ。
タイミングの良い事に、ライムさんがログインしてきた。早速誘おうとチャットを飛ばす。
「ライムちゃーん、日課クエ行こうー!」
「いくいくー!それやったら丁度上がりそうなの~!」
「まじ?私もだよ!」
「嘘!タイミング良すぎー!」
一緒にレベルアップ出来ると分かり、一気にテンションが上がる。早速後4人集めて、クエストに出発した。まさかの全滅しないかと少々不安だったが、無事クエストを終え、報告に向かう。経験値は、クエストを受注したNPCに報告した時にもらえる為、ライムさんと一緒に報告しようという事になった。
「いい?」
「うん、いくよ!」
「せーの!」
二人で一緒にクリック。体の周りがパアっと光った。毎日レベル上げをやるには範囲狩りの気力が湧かず、99から100にするのはとてつもなく長い時間がかかってしまって、久々にレベルアップのエフェクトを見た。
「やったー!」
「ほんと嬉しい!」
「ライムちゃんと一緒にとかほんと嬉しい!」
「私も~!99から100ってほんと長かったよねー」
二人で感動を味わう。こういう瞬間が本当にオンラインゲームをやってて好きな瞬間だ。同じ困難を乗り越えて、達成感を共有する時間。
「男2人にも見せたかったよね~」
「ふーみんとタキ?」
「そーそー」
「タキは抜け駆けして先に100なってたしねーw」
「ほんとそれw」
「ふーみんにも御礼言わなきゃ~いっぱい手伝ってもらったし」
「フミはいいんだよー好きでやってるんだし」
本当はこの場にあの二人も居てほしかったが、まだ今日はログインしていないようだった。タキさんと顔合わせるのは、まだほんの少し気まずい感じがするのだが、こういう時アバター越しだと表情が見えなくて良い。ちょうど晩御飯の時間辺りなので、もう少ししたら来るかもしれない。
ライムさんがNPC脇の木の下にあるベンチに腰掛けたので、隣に私も腰を降ろす。
「てかさ~フミってさとちゃんの事好きだよねw」
「ふぁっ?!」
いきなりFUMIさんの話題を持ち出されてどきっとする。急すぎる女子トーク開始に、ゴングが鳴った気がした。
「だってさとちゃんインするとすぐ捕まえるじゃーんw」
「そうかな?w」
「さとちゃん上手いしねー捕まえたい気持ちは私も良く分かるw」
「いあいあwライムさんのが上手!めちゃ安定するもん~」
「なにこの会話w恥ずかしい~w」
「たしかにwww」
「なかなかタゲ維持むずいんだよねー火力もトロ火だし」
「そんなことないけどなーてか、これから100D一緒に回れるねー!」
FUMIさんの事を聞き出したい半面、このくすぐったい会話から抜け出したくて、私は話題を変えた。
「だね!一緒に行きたい~!もうすぐ領土戦だし早く防具錬成為の素材が欲しいんだよね」
「え、領土戦参戦ギルドだったんだ!」
「えー今更?w」
「ごめんwこういうの疎くて・・・」
私は慌ててライムさんのステータスを確認した。前に一度ギルド名は確認した事があったはず。そうだ「テンペスト」だ。前にタキさんが言っていたのを思い出したが、テンペストと言えば領土戦老舗の大手ギルドらしい。
領土戦とは、文字通り戦である。ミストワールドには主要都市が2つあり、一つは私達がいつもいる太陽の都。もう一つはここよりも東地方に存在する月の砦。この2つの都市に所属するギルドで、月に1回定期的に模擬戦争を行うのだ。それぞれ3ギルド、ギルド内から18人(3パーティー)を選抜し、54人対54人でPVPを行う。コロシアムが拡大したようなシステムだが、勝敗はそれぞれ陣地内の石を多く割かで決まる。勝利すると、参戦したギルドには特別報酬でゴールドやアイテムがもらえる他、参加していない一般人にも、両都市の間にある経験値やアイテムドロップの美味しい狩場が専有的に使用出来る権利が与えられる為、月1のお祭りのようなイベントだ。でも、領土戦に参加出来るのは、極一部のプレイヤーとなるので、その競争は熾烈なものとなる。今まで私の周りにはそういうフレンドはいなかったからピンと来ていなかったが、間違いなく2人はトッププレーヤーという事だ。通りで装備が整っているわ、バフ管理やらカットが上手い訳だ。
「今回初めてメンバーに選ばれたんだけど、結構プレッシャーだよねw」
「ええええ凄い!!」
「ありがと~めっちゃ緊張するうう」
「私だったら絶対手とか震えるw」
「うんうん、今から怖いよw」
「一般人としては狩場の優待がありがたいよーw私結構あそこで金策するからさあ」
「逆に私あそこ行った事ないんだよねw」
「えー!じゃあ今度一緒に行こうよ!」
「嬉しい!ぜひぜひ!」
「ライムちゃんは何で領土戦ギルド入ったの?」
「うーん・・・ギルドハウス目当てですねw」
なるほど。たしかに一般庶民からしたら、ギルドハウスは憧れの一等地に並ぶ豪邸だ。ギルドで所有する建物で、メンバーが共用スペースとして使用出来る。凄いのは地価や立地だけではなく、その内部施設も充実していると聞く。自分には縁のない話しだと思っていたが、誰もが憧れる特典だろう。
「いいよねーギルドハウス!入ってみたーい」
「うちのギルド来ちゃいなよーさとちゃんならすぐメンバー入り出来そうw」
「嘘だーwそんなスキルないww本番はいつだっけ?」
「年明けすぐだからそろそろ準備しなきゃだー」
「絶対観に行く!あと厚かましいお願いだけど、装備作ったり、行けるとこは一緒に行きたい!」
「全然厚かましくないよwぜひぜひ!早速メンズ2人きたら100D乗り込も!」
「楽しみー!」
女子トークが楽しくて、時間はあっという間に過ぎる。ライムさんが領土戦に参戦って事はFUMIさんも出るのだろうか。あれだけ上手なのが納得出来た。ボス戦とPVPは全く違うものだが、相手の動き、次の行動の予想、自分のHPゲージや仲間のバフ、技の範囲を把握する為の距離感、気を配らなければならない所はたくさんある。ボス戦はボスが動くタイプの物が少ないが、領土戦だと、相手は人間なので動く対象がたくさんいて、余計に見るべき所が増える。きっとそういうのの積み重ねで、FUMIさんもライムさんも今のプレイヤースキルを獲得してきたのだろう。
「そろそろタキさんとフミも来るかなー」
「休日だから出かけたりしてるかもね・・・」
「私とPT組んでるって分かったらフミに嫉妬されそーw」
「いあいあないっしょwてかふーみんそんなキャラじゃなくない?」
「クールぶってるけどねw結構甘えん坊だよw」
甘えん坊なFUMIさんなんて可愛い!と思う反面、ライムさんとの仲の深さを目の当たりにして戸惑う。だって私はFUMIさんに甘えられた事がない。
「甘えん坊!ライムちゃんこそ仲いいよね?」
「甘えん坊っていうか、おねだり上手?wまー元彼っちゅー奴よw」
衝撃的だった。思わずチャットの手が止まる。すぐに不自然にならないように指を動かさなきゃと思い、なんとかチャットを続ける。
「え、付き合ってたの!?」
「ゲーム内でだけどねー」
「そうだったんだ・・・」
すごくタイムリーな話題で興味深々だ。嫉妬しないと言えば嘘だが、相手がライムさんなのは納得出来るし、なぜか全然嫌な気持ちにはならなかった。そもそもゲーム内で付き合っている人は少数だと思っているので、食い気味に質問した。
「ゲーム内で知り合ったんだよね?」
「そうそう」
「付き合ってたってことは、今は・・・?」
「残念だけど別れちゃった~もう1年くらい経ってるよ」
「何でえええ!?」
「うーん、やっぱり向いてなかったみたい?」
向き、不向き?つまり相性が悪かったって事なのかな?と思いつつも、何で二人が上手くいかなかったのかが気になってしょうがない。
「と、いいますと・・・?」
「私は付き合ってるなら、インしてる間は一緒に遊びたいし、誰か別の人と組んでたら気になったりするんだけど、フミはそういうの、ぴんとこなかったみたいw」
「んんんなるほど・・・」
ライムさんの独占欲が強かったって事なのかな。たしかにFUMIさんはドライな感じがするから、分かるような、分からないような。私は二人きりでも遊びたいし、大勢でわいわい遊ぶのも好きだし、ただやっぱり付き合っているならお互いに用事がない限りは絡みたいと思うかも。全く絡まない日が続くと、不安になりそうだ。
「言ってるさとちゃんもぴんと来てないみたいね?」
ライムさんがにやりと笑った気がした。
「いや、そんな事ないよ!一緒にいたい気持ちは分かる」
「まあ私が束縛し過ぎたのかもねえ~」
尚更FUMIさんが甘えん坊なイメージがつかない。
「ライムちゃんから束縛されるなんて羨ましいけどなww」
「そもそもフミは私の事そんなに好きじゃなかったんだと思う。だから結局フレから彼女になれなかった感じかなー」
「そうだったんだ・・・」
「まー告白したのも私で、振ったのも私だしw」
そんな事があったのか・・・FUMIさんはゲーム内で恋愛なんて、考えてなさそうだなと薄々思っていたが、再確認した。最近よく構ってくれるのは、単なるフレとしてなんだと、少し期待していた気持ちが萎んだ。
「根掘り葉掘り聞いちゃってごめんね。話してくれてありがとうう」
「いあいあ全然!フミの応援したいし、さとちゃんとは恋愛の話しもしたいし、こういうのって後から分かる方が嫌じゃない?だから先に話しておきたかったんだ」
ライムさんの事が全然嫌じゃない理由が分かった気がした。突然の話題で驚きはしたが、ライムさんはとても誠実だ。私との良好な関係を望んでいるし、嫌味な感じがしなかった。私の感情を見透かされている感じは、ちょっと恥ずかしいけど。
「で、さとちゃんはどう思ってるの?フミの事」
再びどきっとした。そりゃライムさんの秘密?を聞いたからにはタダでは済まないとは思ったが・・・自覚して間もない気持ちを他人に話すのは勇気がいる。しかもそれを元彼女に話すべき?どこから切り出そうか迷い、しばらく沈黙してしまう。ライムさんはじっと待ってくれた。
「私さ、昨日別れたばっかなんだよねw」
「え!?嘘でしょ!??クリスマスに・・・」
「ほんとそれ・・・残念ながら現実よ・・・」
時期が時期だっただけに、一生の思い出に残る出来事になるだろう。自業自得だという事は重々承知だが、思い出しては泣きたくなる。
「リアル彼氏?」
「うん。長い事付き合ってたんだけど最近冷めてたから、振られるのも納得なんだけど」
チャットだからか、少し強気な事を言ってしまう。強がってはいるが、すぐに惨めな気持ちも湧いてきて結構情緒不安定だ。思ったよりもダメージを受けていると自覚する。
「さとちゃんが振ったんじゃないんだ?」
「そろそろ私から切り出そうかとは思ってたんだけど、先越されたw」
「あらー・・・メンタルの方は大丈夫?」
気にかけてくれるライムさん、優しさが沁みる。こういう時、リアルと全然関係ない誰かに打ち明けられる場があって、心底良かったと思う。誰かに話したいけど、リアルの友達だと会うまでの手順がかかってしまう。それを怠り過ぎると、どんどん友達がいなくなってしまうのだが、ミスワの中にある人間関係が今の私には居心地が良すぎる。
「もちろん寂しいw」
「うわーん!さとちゃんフるなんてどんな男よ~!」
ライムさんが慰めるように手を繋いでくれた。
「寂しくないわけないんだけど・・・変な話なんだけど、こうやってゲームしてる時間の方が楽しくて」
「わかる~」
「ほんと?!」
「彼氏とか友達と遊んだりするのも楽しいんだけどさ、ゲーム内でのフレンドも大事じゃん?同じくらい大事な人間関係だしさあ」
ライムさんの言葉がすとんと胸に落ちてくる。ライムさんはそのまま言葉を続けた。
「それにしばらく会わない友達より、よっぽど共有してる時間長いし、今はSNSもアプリとかもあるし、出会い方も人間関係も色々あるよね~」
「そっか・・・なんかもっとリアルを大事にしなきゃって思ってた」
「リアルも大事にしなきゃだけど、楽しいと思う心には嘘つけないw」
「今までは彼氏がいるから、ゲーム内では恋愛しちゃダメだとずっと思ってた」
そうだ。話してみて気づいたけど、やっぱり自分は「リアル彼氏」が歯止めを効かせていたのだ。至極当たり前の事だ。最初から付き合っている人がいなければ、タキさんにも恋心を抱いていたかもしれないし、FUMIさんにも自分からもっとアタックしていたと思う。
「うんうん、きっと知らずにストッパーかかってたんだね」
「多分そんな感じだ・・・今ライムちゃんが分析してくれた事がどんぴしゃで、めっちゃスッキリしてる」
「さとちゃん真面目なんだよ」
「真面目てゆうか、発想が無かったかもw」
「私は結構すぐネットの中で誰かを好きになっちゃうよw」
「上級者すぎる!」
「いあいあw」
会った事も無い人を好きになるのは、私には難しいと思ったが、驚くほど簡単にFUMIさんに惹かれているから、本当は何も言えないのだけれど。それでもそう言ってのけるライムさんを本当に凄いと思った。ボーダーレス、とでも言うのか、オンラインとリアルの境目がほとんどないのだろう。もしかして、私が思っているよりもライムさんは若いのかもしれない。って、歳のせいにする所が年寄り臭くて苦笑が漏れた。私だって素直になりたい。歳とか、そんなの関係なくFUMIさんへの気持ちは誤魔化したくない。
「でも私も最近、気づくといつもふーみんの事考えてるんだよね」
「きゃー!両想いじゃん!」
「いあwそれはないでしょ」
女子特有のこういう期待させる返し。私は冷静に否定した。だってさっきのライムさんとFUMIさんの話を聞くに、やっぱりFUMIさんは恋愛に興味ないタイプの人だと思うから。それにしてもライムちゃんとこんなに話し込むのは初めてなのに、自分の恋愛の話までしているのが不思議だ。ライムちゃんのふわふわとしたチャットの雰囲気に乗せられている気がする。アバターも褐色にふわふわロングの銀髪。聖獣族の狐耳にエメラルドグリーンの蠱惑的な瞳。グラマラスな胸元に長い手足。年上っぽい雰囲気がして、話しやすいのかもしれない。
「元彼女によく打ち明けてくれたよ~」
私ははっとした。結局流れで全てを話してしまって、ライムさんを傷つけたのではないだろうか。
「ごめん!ほんと私デリカシーなさすぎ・・・」
「いあいあw話振ったのこっちだし~それにこういっちゃなんだけど、ぶっちゃけ今さとちゃんと女子トーク出来てまじで楽しいw」
「それは私もw誰にも話したことなかったし」
「ねーwこんな風に話せるなんて思ってなかったよ」
ライムさんも同じ事思ってたんだなと、チャット越しなのに気持ちがシンクロしているようで嬉しくなる。もうちょっと突っ込んだ事聞いても良いだろうか・・・我ながら図々しいなと思いながらも、これは確認しておかなければと思い切り出す。
「ライムちゃんはさ・・・まだふーみんの事好きだったりしないの・・・?」
多分チャットだから聞ける。面と向かっていたら、とてもじゃないが聞き出す勇気がなかった。沈黙は何か入力しているからだろうか、それとも・・・?
「何よ今更wさとちゃんってもしかして天然?w」
「ええw天然じゃない!」
「私はもう全然吹っ切れてるwwそもそもまだ好きだったらこんな話さとちゃんにしないよーw」
「そっかw」
「じゃあ、会った事は?」
「ないない、そんな段階にいく前に分かれたから」
「そっか・・・」
「もしフミがひどい事言ったらぶっ飛ばすから」
「ひええw」
笑顔が怖い。ただ、ライムさんの気持ちを確認できて、心底ほっとしている自分に戸惑う。いつの間にか、本当にFUMIさんの事好きになっていたんだな。再確認する。次FUMIさんに会った時に、果たして普通に接する事が出来るだろうか。きっと何食わぬ顔で挨拶しても、画面の前ではにやけている自分が想像できて気持ち悪かった。
「私はさー最近また好きな人が出来たの」
「!」
「でも片想いなんだー」
「ライムちゃんほどの人が!?」
「いあいあーw私なんて大したことないってww」
「そんな事ない!!」
ライムさんはオンラインとかオフラインとか関係なく、自由に恋愛をしているんだ。今はSNSを通せば出会い方なんて様々だし、マッチングアプリを使って恋愛している人もたくさんいる。そういうのに偏見はないが、いざ自分の事となると、戸惑ってしまう。素顔も知らない人とのこの関係を、何と言えばいいのだろうか。長い時間をかけて、たくさん会話をして築き上げた関係よりも、強いような弱いような。別れた彼氏との関係が長いせいもあるが、そもそも恋愛経験値が少ないのかもしれない。オンライン・オフライン関係なく、自分の気持ちに素直に従えるのが、とても羨ましかった。結局私は怖いのだ。このゲームから離れてしまえば、FUMIさんや他の仲の良いフレンド達との繋がりは、簡単に消えてしまうから。
「ちなみにさとちゃんも知ってる人だよ?」
「!」
色々考えがまとまってきた所に、ライムさんからの爆弾投下。私も知ってる人で、ライムさんとの共通のフレンドって、タキさんしか思いつかないけど、本当に?もしそうだったら、タキさんから告白された今、凄く気まずい状況なんじゃないだろうか。タキさんなのか、聞こうかどうしようかと迷っていると、ポップアップ音がした。タキさんからパーティーのお誘いだった。
「あ、タキからだ」
なんちゅータイミング。会話を聞いていたんじゃないかと戦慄する。
「ね、私も誘われた~」
「もーー良い所だったのに!絶対また話聞かせてね!!」
「おkおk~wそんじゃタキさんのパーティーはいろ」
もっともっとライムさんと話していたい所だったが、一緒にタキさんのパーティーに入った。
「お二人さんおめでとーーー!」
パーティーチャットの第一声はお祝いの言葉だった。
「ありがとう~~~!」
「ありがとー!さすがタキ、よく見てるなあw」
「フレンド欄、パトロールしてっからねwこれで一緒に冥界ダンジョン行けるなー!」
「うん、楽しみ~♪」
「まだふーみん来てねえの?」
「うん、今日1日いたけどまだ見てないーw」
「1日やってたんかいwまあそろそろ来るやろ」
「先生!準備するものはありますか?」
「あー雑魚でも炎吐く敵が痛いから、炎ダメ軽減の装備があれば?なくてもまあなんとかなる」
「構成は?」
「戦士2、火力、盗賊、召喚、僧侶がテンプレかなー」
「ふむふむ」
「戦士2でCT回しながらカットして、鍵明けの盗賊とサブヒーラーで召喚」
「なるほどー」
「様子見だし、4人揃ったら4人で行くのもありだな」
「え、きつくない?」
「基本ドロップする素材は等分するから、少人数で行くと分け前は増えるけど?」
「4人で行きましょうか」
「切り替え早いなw」
「さすがさとちゃんww」
「じゃあふーみんとライムさんでカット役、さとーが盗賊で俺回復する」
「肝心のフミ来てないじゃん」
「いつもだと、そろそろ来る時間だよなー」
「ねえねえ、ディムコしない?」
ライムさんが急に音声通話の話を持ち出した。ディムコはオンラインで使用出来る通話アプリの事だ。オンラインゲーマーの間に関わらず、最近はオンラインミーティング等でも流通しているアプリで、音量の調整を複数ユーザー分けて出来たりと機能も充実している。
「ディスムって、ディムコードってやつ?」
「そうそう、通話出来るアプリなんだけど、持ってる?」
「一応入ってるけど、このゲーム内で通話するの初めてだわ」
タキさんが答えた。私も返答にためらう。通話となると、いきなり中の人がはっきりする感じがする。アバターだった物がリアルになって、動かしている人をより想像させる。そしてこれまでのイメージと実物が乖離していたら、きっと戸惑うのだろう。でも、もちろん興味もある。タキやライムさんがどんな人かより知りたい気持ちも大きい。その間で揺れる。
「アカウントはあるんだけど、全然使った事なくて」
遠慮がちに私は答えた。
「もちろん、嫌ならいいんだけどさー教えたりするのって、喋る方が楽かなと思って」
「まーたしかにな~」
私もタキさんに同意だ。チャットも楽しいが、初めて行くボスだと情報量が多いから、通話の方が簡単に伝わるだろう。
「よし、やってみよう!」
「やったー!」
ライムさんが可愛いアクションで喜んでくれた。
「まってまって、イヤホンマイクとか準備するから」
そういやヘッドセット繋いでなかった!いつも音はスピーカーから流していたから、ちょっとセッティングしなきゃ。
自分で決めた事だけど、急に緊張して焦る。
「先にアカウント教えてよ~フレンド申請しとく」
ライムさんは慣れた様子で話しを進めてくれる。
「俺のtaki@1122」
「raim_raimから申請行くねー」
「私s_sio321」
「おっけー送る」
慌ててディムコードを立ち上げる。やっばーパスワードが分からない。何だっけな~暫く触ってないから忘れてしまったが、大体いつものパスかな・・・頭文字を大文字にしたり、後ろに記号を追加したり、何通りか試した所で、やっとログイン出来た。次に会社バックの中からイヤホンマイクを探し出して、PCに接続した。設定で音量等を確認していると、ディムコードから通知音。ライムさんからのフレンド申請がきた。手早く承認すると、ライムちゃんがもう部屋を立てているみたいだ。
「使い方わかる?今部屋立てたから、そこに入って電話をかけるボタン押すと繋がるよ」
ゲーム画面に戻ると、ライムちゃんがチャットでやり方を教えてくれていた。
「ごめんお待たせ!パスワード思い出すのに時間がかかったw」
「あるあるwボタン分かる?」
「あ、これね!了解!」
「早く入ってよ~!」
「うわー!緊張する」
画面を切り替えディスコード画面に戻る。緊張で手が震えるなんて何年振りだろう。緑の電話ボタンを押した。
「もしもし・・・?」
「あーっ、さとちゃんきた~!」
ライムちゃんの声がした。うわ、本当にライムちゃんだ。アバターの中に人間がいるのは当たり前なのだが、現実見を帯びると一気にゲームよりもリアルの世界に引き寄せられる。
ライムさんはイメージよりもかわいらしい声がした。セクシーなお姉さん系のイメージが強かったが、一気にふわふわ、女子の香りがする!
「うわーーーライムちゃんの声可愛いいい」
「えー全然だよwさとちゃんの声イメージ通りだわーw」
そんな風に思われていたのか。自分のそんなに高くない声を恨む。
「タキさんは今ちょいマイク不調っぽい。調整出来るかなあ」
「そなんだね~、てか緊張して声震えるんだけど」
「あはは、気楽にいこうよ~w」
ライムさんと二人ならまだ気が楽だ。でもそこに、誰かが入室した時のポップアップ音がした。きっとタキさんだ。ガサガサとノイズが入って、何かを調整している音がする。ノイズが消えたかと思うと、そこまで低くない軽めの声が聞こえた。
「あー、あー、もしもし?」
「お、タキさん?聞こえるよー」
「おお、タキの声だ!」
「よっしゃやっと繋がったわー」
タキさんの声はイメージ通りだった。しゃべり方も、キャラそのままって感じだ。
「やったね~!」
「タキはタキのまんまだな~」
「それどういう意味よーチャラいってこと?w」
「チャラいキャラはもういいってw」
チャットじゃなくて、通話でもこういうやりとりが出来るのはすごく不思議だ。そしてチャットも好きだが、通話で話すの・・・楽しいぞ。すごく楽しい!ちょっと緊張も解けてきた。
「領土戦とかだとディムコ普通なんだよね~公式のチャンネルがあって、そこでみんな喋るんだよね」
「公式なんだ!」
「そうそう、一応不正とかないように運営が聞いてるらしい。でも人数多いから、私とか下っ端はあんま限り喋らないけど」
舞台裏の話が聞けるのは嬉しい。という事は領土戦ギルドの人達は結構日常的にボイスチャットをしているのだろうか?
「へーそうなん!確かにあれは通話じゃないと連携取れないよなー」
領土戦ファンのタキさんは、私よりも食い気味にライムさんの話を聞いている。
「そうそう~、PTリーダーがずっと指示出してる感じ」
「なるほどね、年明けなんだっけ?観戦行くよ!」
「ありがとー!楽しみだけど、怖いよおお」
「てことで、装備づくりなんだな?」
「そうそうwなんとかレベルは間に合ったけど、ここからが本番だよーw」
「私初心者だからあまり助けにはなれないかもだけど、出来たら一緒に作りたいな~」
「一緒に作ろうよー!金策にもなるし、マイナスな事何もないよね~」
「たしかに、素材高く売れるしな!」
3人での会話に盛り上がっていると、
「あ、いつの間にかフミインしてるじゃん、ディムコとPT誘うね~」
「おkおkーあ、リーダー俺だったから、交代しとくわ」
うわ!FUMIさんも来る!この流れを予測して若干期待もしていたが、タキさんとライムさん二人と通話するのでもいっぱいいっぱいなのにFUMIさんまで来たら、心臓が爆発しそうだ。顔が火照る。でも、まだ初回が二人っきりじゃなくて良かったのかもしれない。通話に誘うなんて微塵も思いついていなかったが、声を聴いてみたいと思ったことは確かにあった。もしかしてライムさんの配慮なのかも・・・?そんな事を考えながらゲーム画面を眺めていると、ライムさんがウインクした気がした。うわ、読まれてる。
「フミ通話も来るって」
「よしよし」
「うわ、再び緊張する」
「気楽にwwじゃあ誘うね~」
ライムさんがFUMIさんを招待した。FUMI_0826が通話に参加しましたとの通知。
「こんばんわ」
イメージ通りの低音が聞こえた。
「やっほーおつかれさま~」
「初めましてータキっていいます」
「いや、初めてじゃないだろw」
タキさんの軽口にふっと笑った気配がした。
「通話では初めてじゃん!w」
「こんばんわー」
「うわ、さとーさん?」
「どうも、さとーです」
我ながら可愛げのない。チャットならまだしも、会話となるとどんなテンションで話していいか分からない。顔が熱い。一人でPCの前で赤面して、何やってるんだか。
「はは、なんで敬語?w」
FUMIさんに笑われて、ライムさんがフォローしてくれた。
「ちょっと、通話初めてなんだし、あんましさとちゃんいじめないでよ?」
「いじめてませんよw」
うわ、って何よ!想像していた声と違ったのかと気になるけど、緊張しすぎて聞けない。極度の人見知りではないが、早くこの雰囲気に慣れたい!
範囲狩りとは、フィールドにいる雑魚敵を、前衛職が一斉に集めて、パーティーメンバーの火力で瞬殺する方法である。短時間でたくさんの経験値が得られる為、一般的なレベル上げ方法として普及している。