特攻
日課クエストは本当にさくっと終わった。FUMIさんがいるから火力も申し分なく、私も他のメンバーも、何回もやっているクエストなので作業に近い。ライムさんの召喚士姿も見られて大変満足だ。やっぱりコスチュームが可愛い。職業を意識した格好も良いな~私も新しいコスチュームを作りたくなってしまう。
パーティーが解散した後、次何をしようか悩みつつフレンド欄を開いた。経験値がたくさん貰えて美味しいからタキさんも来れば良かったのにと思いつつ、何してるのかなーと確認したら、まだ別パーティーで遊んでいるようだった。ほんと顔が広い。
「白亜地区にいるなあ」
きっとフィールドボス狩りだ。ダンジョンではなく、フィールドに単体でいるボスモンスターで、私も素材が欲しいので行きたいと思うが、なかなか強い。装備がしっかりしているメンバーがいないと倒せないのがネックだ。先日もタキさんにメンバー集めてもらって行ったが、あと一歩の所で全滅してしまい、時間が深夜だったこともあり断念したのだった。
ポップアップ音がした。
FUMIさんから再パーティーと、同乗のお誘いだった。同乗というのは、フィールドを移動する乗り物に一緒に乗ることだ。所謂二人乗り。乗り物は、フィールドを移動するのに特化したカーロと、空を飛ぶ為のエアロだ。どちらも初期装備で1つずつもらえるが、速度が遅く、速い乗り物はほぼ課金しないと手に入らない。この間の様にイベントで配布される事もあるが、移動速度は課金アイテムの方が更に速い。私は課金していないので、この間のイベントでゲットしたエアロと、同じく過去イベで配布されたカーロを愛用している。だが、過去のイベントで貰った白馬は、そんなに速くないし、地上を移動しているとフィールドの雑魚を引っかけがちなので、移動はだいたいエアロかワープだった。課金のカーロは、馬の他に大きな犬や一角獣、トラ等の動物の形をした乗り物が多い。そして、持っていない人の為の救済措置なのか2人乗りが出来る仕様になっている。
パーティーを解散した後もぼんやりとフレ欄を覗いていた為、ダンジョン前から動いてなかったので、FUMIさんは不審に思ったのだろう。同乗に誘われたのは初めてではないが、相手がFUMIさんだからかテンションが上がる。タキさんに誘われた時は何とも思わなかったのにな。
「動かないから離席したのかと思ったw」
案の定、パーティーに入るとFUMIさんから指摘された。
「ああ~フレ欄見てたw」
「なるwタキ見てたの?」
「うん、まあ。まだ白亜地区に居るなーと」
「最近結構籠ってるよね」
「たしかに」
FUMIさんもタキさんの事良く見てるな~。やっぱ4人で遊ぶのが楽しいからかな。
「都まで行く?」
「うん、一旦荷物整理したい」
「送ってく」
拠点となる太陽の都まで帰るつもりでいたので、ありがたいお誘いだ。
「ありがと~初めて黒トラ乗る!」
「お、意外、こういうの持ってるかと思ったのに」
「これ課金で2000円くらいするっしょw」
FUMIさんのカーロは、黒い毛並みに白い縞の入った黒トラと呼ばれるものだった。普段から黒多めの服装によく似合っていて、イメージ通りだ。
本当はワープアイテムを使うと一瞬で移動出来るのだが、このダンジョンからのワープアイテムは1回で使い切りの上結構お金がかかる。ワープステーションが設置されていて、無料で飛べる場所もあるのだが、日課で通うダンジョンは大体アイテム使い切りの所が多い。私はカーロやエアロでフィールドを移動するのも好きだ。効率は悪いが、景色を楽しみながらゆっくり異動するのも悪くない。せっかくのグラフィックを楽しむのにうってつけだ。
こうやっておしゃべりしながら移動するのはあっという間だし、わくわくした。自分で操作しているわけじゃないのに、キャラが動くのも新鮮だ。
「便利じゃんw可愛いし」
「意外、可愛いの好きなんだwバイクとかもあるじゃん?アレ似合いそう」
私はFUMIさんの口調をマネしてそう返した。
「バイクはリアルで乗るからいいっかなって」
「そうなんだ~ツーリングとかするの?」
リアルの情報が引き出せるとは思わず、食い気味に聞いてしまった。
「たまーに。まあ車乗る事の方が多いけど」
「車いいな~地元では乗ってたけど、仕事で都内に来てからは持ってないなあ」
あ、うっかり自分のリアルの話をしてしまった。これまでもギルドメンバーとの会話や、タキさんとは少しリアルの話しもした事あるが、複数人での会話だったから気にした事がなかったが・・・二人だと少し緊張する。良く遊ぶようになってからたった2週間しか経っていないが、FUMIさんがどこに住んでいるか、どんな生活をしているか、気になっているからかもしれない。もっと彼の事を知りたい。
「へえ、東京住みなの。俺も」
うわ・・・!近いのか。会おうと思ったら会える距離だ。私が教えてしまったから、気を遣ってくれたのかもしれない。でも、いくらFUMIさんが良い人でも、実際会うのとかまだ想像出来ない。それに色々なニュースが飛び交う昨今、初対面の人と一対一で会うのは、私にはハードルが高い。って、何で会おうとしてるんだか・・・
「そうなんだ!都内駐車場高すぎだよねw」
これは世間話だ。FUMIさんだってうっかり口を滑らせただけに違いない。こういう時、「w」ってマークは本当に便利だ。全部笑いで誤魔化せる。
「それなw」
これに何て返すかは悩む所だ。この話題を掘り下げれば、もっとリアルなFUMIさんの情報が手に入るが、あまりがつがつ個人情報を聞き出すのも気が引ける。もっと聞きたい気もするが・・・全然違う話題に変えよう。
「あ、そういえばさ、港にから見える大きな魚みたいなモンスターいるじゃん?」
ふと思いついて私は話しかけた。
「あーなんかいるねえ」
「突撃してみよw」
「まじか」
クエストにも出てこず、必須素材も落とさないのでなかなか絡む事がなかったが、ずっと気になっていた。ちょうど城に向かう途中、少し逸れればたどり着く所だ。
「いってみようか」
「やったー!」
突拍子もない私の案に乗ってくれて嬉しい。たまにはこういう思いつきも悪くない。もう少しでレベルアップなので、あまり死にたくはないが、たまたま今僧侶だし、蘇生アイテムもクールタイムではないので、死んだら自分にアイテムを使えばいい。
熱砂の港地区は、主要な都市がある訳ではないが、小さな町が作ってあり別のクエストで通った事があった。文字通り、砂漠の中にぽつんとオアシスの様な街があり、そこから海岸の方に繋がり港町がある。改めて見ると、こじんまりとしつつもエキゾチックな雰囲気が素敵な場所だった。海魔族の人と一緒にここで写真を撮ったら映えそう。
「俺は今、還元とか気にしないから、もし危なかったら放置して逃げて」
FUMIさんが気を遣ってそう言ってくれる。
「多分飛べば逃げるの間に合うと思うし」
「了解~自分にもリボンかけとくから大丈夫」
リボンとはリボーンというスキル名で、僧侶の固有スキルだ。一回だけ、死んでもその場で生き返る。戦闘が始まる前に大体の僧侶はこのスキルをかける。それでも死んだ時は、アイテム使用となるか、経験値還元を覚悟で登録した都市に戻ることになる。
「あいつかー」
港に着くと、沖の方に水しぶきが上がっているのが見えた。
「こっからは飛んで、近くで海に落ちよう」
FUMIさんが同乗を解除した。
ぽんと地面に落とされて、少し寂しい。黒トラは、なかなか乗り心地が良かった。課金しようかなとも思ったが、きっとFUMIさんの運転だったから楽しかったのだ。買ってしまったら、もう乗せてもらえないかもしれない。
エアロを出して、ボスの魚影近くまでやって来た。近くで見ると、やはり大きくて怖い。実は水中の巨大生物が苦手なのだが、同時に初めての挑戦にわくわくもする。
「リボンかけてキュアする」
「キュアかかったら行くわ」
キュアをかけ終わったところで、FUMIさんが飛行機を解除して海に落ちた。私はすぐに高度を落とし、FUMIさんに回復が届く、ぎりぎり海上の距離から回復をする。まだエアロは解除しない。下から、攻撃による大きな水しぶきが上がった。どうやら、ワンパンではなかったようだ。FUMIさんが攻撃をする音が水中からする。回復で手一杯で、少しでも回復を怠るとすぐにFUMIさんのHPが削れてしまいそうだ。
「ぎり耐えられるなw」
「だねw敵のHPは?」
「200万w」
「!?」
詳しい様子が知りたくて、私も一瞬回復をやめ、水中に落ちた。大きな魚―「青海の覇者」という名前を確認する。名前下の敵のHPゲージを見たが、途方もない数だった。
「かったいw」
「たしかに、ふーみんでこのダメージか」
他のボスよりも攻撃の通りが悪い。
「もしかしたら魔法弱点なのかも」
「なるほど・・・」
「このペースだと、先にこっちのMPが切れるなw」
「だねー回復薬がぶ飲みするか、他のメンバー集めないと」
「にしてもキツいなw」
「うんwいけるとこまでやってみよう」
現状維持はなんとか出来ているが、これでは拉致があかないと話していると、急にボスの動きが変わった。
かまいたちのような攻撃が飛んできた。
「うわ!」
「パターン変わった。3方向に範囲攻撃」
FUMIさんの的確な分析。ボスの前方、扇形にかまいたちが3つ飛んでくる。たまたま居た位置に来なかったからよかったものの、見るからに痛そうな範囲攻撃だ。
「私、当たったら即死かも」
「出来るだけカットする」
回復をしつつ、FUMIさんの真後ろに移動した。FUMIさんがカットすると言ったのだ。ここにいる方が安全だろう。ボスが違うモーションを始めた。それに合わせてFUMIさんが攻撃カットのスキルを発動させる。
「うま!」
カット成功。かまいたちはFUMIさんのスキルに弾かれて飛んで来なかった。タイミングをつかむのが早くて感心するのもつかの間、
「やばい、CT間に合わない」
次のかまいたちのモーションをボスが取り始める。攻撃間隔が早くて、プレイヤースキルのクールタイムが追い付かない。カットすることを考えると、前衛2人以上でスキルを使い回さないといけないという事か。
「逃げて!」
FUMIさんが叫んだ。攻撃がFUMIさんに直撃した。防御姿勢を取ったのでHPはぎりぎり残ったが、次の攻撃が早く、回復するより先にFUMIさんのHPが0になり倒れた。
「引いて!」
FUMIさんが倒れてるの初めて見たと思いつつも、私は急いで海面まで上がる。FUMIさんを倒したボスが私まで距離を詰めてこようとしていた。間一髪、上空に上がる。直接の物理攻撃は食らわなかったものの、それでもまだかまいたちが飛んできて、ひやっとした。もっと距離を離さないとやられる!
「タゲ切れるまで逃げて」
FUMIさんが言った。私はずっと高度を上げて、振り切ろうとした。
「切れた・・・?」
辺りは静かになった。敵の気配もない。
「切れたなw起こす時気を付けて」
「まだ巡回してる?」
「してる。大分先まで回ってるみたいだから、通り過ぎた後近寄れば大丈夫そう」
FUMIさんの蘇生に向かいたいが、まだボスが近くをうろうろしていた。様子を見ながら、私はまた海面まで近づいた。蘇生魔法は少し離れていても届く為、海面上から、エアロに乗った状態でかけた。
ふわっとした光がFUMIさんに落ちて、FUMIさんのHPが少しだけ回復した。満タンになるまで回復魔法をかける。
「サンキュ」
起き上がったFUMIさんもエアロで上空に来た。
「いやー強いね。もっとHP削ったら攻撃パターン増えそう」
「今度6人集めてからまた行こう」
「そうだね~回復も2人いるかも」
FUMIさんと陸まで上がって、港で反省会。スリルは満点で、なかなか良い企画だったと我ながら思う。
「バフももうちょい欲しいよなー吟遊詩人いいかも?」
「ポエマー上げてる人あんましいないよねw」
「ポエマーwwそんな呼び方してるの?」
「うんw可愛いでしょw」
「あははwポエマーは俺のサブで戦闘前にバフかけるためだけに入れてもいいなw」
「サブいるんだ~!バフかけられるくらい育ってるの凄い」
「まあ初期からやってるしwMP管理の為に薬使いも欲しいなー」
「薬使いとかマイナー職に光当たるの熱いね!」
「それな。薬は戦闘で重要だけど、一戦力として輝ける場少ないからな~」
「サポート技多めだしね~」
「でも火力足りなくて時間はかかるなー」
「HP高いし、2PT合同とかは?」
「それも楽しそうだな」
「終わった後の素材の清算がめんどw」
飛行機で港にむかいつつ、分析を話す。恐らく他プレイヤーの攻略情報を検索すれば、最適解が既に出ているのかもしれないが、自分達なりの攻略方法を見つけるのも楽しい。
港に到着すると、またFUMIさんから同乗のお誘い。
「面白かったわwとりま城まで帰ろう」
「付き合ってくれてありがとうございました!」
「いえいえこちらこそ」
黒トラに乗せてもらい、城までたどり着いた。FUMIさんは迷うことなく、バザー地帯を抜け高級住宅地の中を駆け抜ける。お洒落な家々が並ぶその土地は、多くのプレイヤーの憧れの場所だ。
城下町に家が買えるが、途方もない値段する上に、数に限りがある。それでも人気の為滅多に空き家がない。たまに空き家が出ても、すごい速さで買われてしまう。家自体は他の場所にもう少し安価で売られている場所もあるが、私には到底手が届くわけもない。だから何となくいつも私は城壁の上の、町が見下ろせる場所で過ごしている。ゲームをログアウトする時も、その場所まで戻り、ゲームを落とす。人っていうのは、帰巣本能があって、根無し草では生きていけないのかもしれない。ゲームの中ですら、いやゲームの中だからこそ自分の居心地の良い場所を求めている。
FUMIさんは住宅街を抜け、更に宮城の階段を駆け上がって行く。私がだいたい居る場所を知っている為、そこまで送ってくれた。到着したから降ろされると思ったのだが、なかなか同乗は解除されなかった。
「ここだよね」
「うん、よく私の定位置知ってたね」
「見てるからw」
どきっとする。相手によってはストーカーかと思い嫌悪感も与えそうな言葉だが、FUMIさんが自分の事を気にかけてくれるのは、むしろ嬉しい。
「え、ストーカー・・・?w」
敢えて茶化してみる。
「やめろw通報するなw」
「嘘うそw」
相手には見えないはずの、照れて赤くなっているであろう頬を気にしないようにするのが精一杯だ。
「ここも景色いいな」
「うん。ふーみんはよく庭園にいるよね」
「あ、ストーカー?w」
「ごめんw私が悪かったったですw」
冗談を言い合えるのが楽しい。最初はちょっと怖かったFUMIさんと、ここまで仲良くなれたという自負もある。
「あそこバザー近い割に、人が少ないから」
同乗したまま、だらだらと雑談する。誰かから誘われることもなく、ギルドチャットでも誰かがパーティーを募集したり、ヘルプをお願いされることもなく、FUMIさんと二人で居ない理由が無かった。
「家欲しいけどね~」
「城下町はなかなか難しいwそもそも空かないし」
「ほんとそれーwそしてそもそもそんなお金ないw」
「住宅村に買えない事もないけど、あそこはハウジング楽しむ所だしなあ」
「施設何も無いけど、見てる分には楽しいよね~」
「ギルドで凄いの作ってる人居るよ」
「えー!見てみたい!」
イベントが忙しかったせいもあり、パーティーを組んでいる時間は長かったが、二人でこんなに長い時間チャットだけをする機会も無かった。どうしよう、この取り留めもない会話が、ただただ楽しい!
今まで同乗しているフレンド同士やカップルに憧れを感じない事もなかった。FUMIさんとはカップルではないが、こんな風にお喋り出来て今までにない充足感を感じていた。
ふと、黒トラを撫でるというボタンに気づいて、ぽちっと押してみた。トラはゴロゴロと喉を鳴らして喜んだ。
「何これ可愛いいいい」
「いきなり動いてびっくりしたw」
猫のようにグルグルと喉が鳴いて可愛い。もともと猫好きなので癒される。
「癒される~~~」
「あはは、また乗りにおいでよw」
FUMIさんのチャットが甘すぎてドキドキしてしまう。
「ありがとううう」
照れ隠しに感謝の挨拶で済ませる。
「金策も行きたいなーレベル100になったら冥界ダンジョン回って素材集めよう」
「冥界早く行きたいなあ」
冥界はレベル100超えないと入れない、最近新しく出来たダンジョンだ。
「あそこの素材自分でも使いたいけど、売ると高いから」
「ふーみんの武器って冥界のでしょ~いいなあ」
「一緒に集めに行こう」
「やったーレベル上げがんばんなきゃだなあw」
「ライム誘って範囲狩り行くか?」
ライムさんの名前が出てどきっとする。何となく、今は他の女の子の名前を聞きたくなかった。
「行く行くー!」
でもライムさんの事も好きだし、もっと仲良くもなりたい。こういう時、チャットだと表情が見えないからいい。
「タキはまだ別PT中だけど、そろそろ空きそうだなあ」
私もタキの名前を出した。
「4人ともレベル100になったら、ずっと籠れるなw」
FUMIさんは何とも思っていないみたいだ。こういう時は、チャットだと表情が見えなくていけない。自分の事は棚に上げて、FUMIさんがどんな表情で今の言葉を言っているのか知りたい。いや、きっと深い意味はないのだろう。期待しては、その想いを打ち消す。
だらだらとおしゃべりを続けていると、
「タキも空いたみたいだし、声かけてみるか」
いつの間にか、タキさんのPTも終わったらしい。
「よし!行こいこー!」
冥界が楽しみすぎて、レベル上げの意欲が湧いてきた。FUMIさんともう少しだけ2人で居たい気持ちもあったが、もともと大人数でわいわいするのが好きな性分だ。自分はFUMIさんを独占したい半面、他のフレンドとも遊びたいなんて、なんて我儘なのだろう。
「私も後2人ギルドの子に聞いてみるよ~」
「おk」
明日は土曜日だし、今日はめいいっぱい遊べる。週末で疲れも溜まっていたが、まだまだ夜はこれからだ。
巡回ボスにつっこむなんて面白い子だ。どうやったらこんな事思いつくのだろうか。自分にはない発想力で、一緒にいて飽きる事がない。
ミストワールドは広大なマップがあって、その中を自由に飛んだり、走ったり出来るのは楽しいが、やはり人口の中心は大都市周辺に集まっていて、他は金策的に素材の値段が高い狩場や、優秀な装備に必要な素材をドロップするボスがいるダンジョンに集中している。ストーリークエストも基本的にはみんな1回しかしないので、日課にするようなクエストではない限り、あまり訪れない場所は結構ある。今回行った海中ボスはまさにそれだった。クエストで触れられる事もなければ、素材が美味しい訳でもない。プレイヤーに忘れられた存在のボスだった。
結構見た目が大きくて派手なボスなので、二人で突撃とかぱっと見無理そうに感じるが、自分達のプレイヤースキルを試せる場でもあるのでわくわくした。当たると痛い攻撃ならば、カットすればいい。当たらないように位置取りをして、タイミングよく攻撃をする。前衛の醍醐味だ。基本的に前衛の火力職が好きな自分は、どうしても回復してくれる職がいないと行けない場所が多い。まあどの職業でも極めればソロ活動が出来なくはないが、労力に見合わないと思う。
回復を貰いながら、水中に飛び込んだ。リアルでは不可能な事が出来るので、多少移動速度は遅くなるが水中戦は結構好きだ。
「ぎり耐えれるなw」
正直な感想だった。防御力を上げるスキルを使っても、そこまでの差は無かった。後衛の回復のタイミングに任せるしかない。
「だねw敵のHPは?」
「200万w」
「!?」
敵をクリックすると名前とHPが表示される。前衛は常に攻撃の為にクリックする事が多いが、後衛だと回復する相手をクリックしている事が多いので、情報が見られないのだろう。クリックした画面にはHP200万と出ていた。とてもじゃないが一人で削れる相手ではない事が直ぐに分かった。
「かったいw」
「たしかに、ふーみんでこのダメージか」
「もしかしたら魔法弱点なのかも」
「なるほど・・・」
「このペースだと、先にこっちのMPが切れるなw」
「だねー回復薬がぶ飲みするか、他のメンバー集めないと」
「にしてもキツいなw」
「うんwいけるとこまでやってみよう」
さとーさんもHPを確認したのか、直ぐに状況を把握したようだ。よく一瞬でも回復から手を離せたなと思う。感心しているのもつかの間、ボスのパターンが変わった。
「うわ!」
「パターン変わった。3方向に範囲」
恐らくHPの量によってボスの動きが変化する。それかもしくは敵の行動数に何らかのサイクルがあるのだろう。
「当たったら即死かも」
見るからに痛そうな攻撃にさとーさんがびびっているのが面白い。
「出来るだけカットする」
さとーさんが位置取りを変えた。お陰で敵の向きが自分の正面になり、行動が見やすくなった。ボスが違うモーションを始めた。それに合わせて攻撃カットのスキルを入力する。
「うまい!」
さとーさんが褒めてくれるので、思わずにやついてしまう。が、そんな甘い時間もつかの間、またボスがかまいたちのモーションに入る。しかしまだカットスキルはクールタイム中で使用出来ない。
「やばい、CT間に合わない」
前衛2人以上でスキルを使い回さないといけないという事か。
「逃げて!」
たぶんこの攻撃は耐えられない。ターゲットがさとーさんに向く前に逃がさないと、さとーさんまで死んでしまう。死ぬと経験値の還元があるので、このゲームは僧侶が死ぬ事を何よりも恐れる。
かまいたち攻撃が自分に当たった。直前で防御スキルを使った為ぎり耐えた。しかし、直ぐに次の攻撃が来る。畳み掛けるような攻撃で避ける事が出来なかった。自分のHPが0になり、ゲーム画面がモノクロになった。
「引く!」
出来る事がなくなり、カメラを回してさとーさんの動きを見る。さとーさんが高く飛行してボスと距離をとった。海より上に登れず、ボスのかまいたち攻撃は届かない。
ふうっと息をついた。何とかさとーさんが逃げられて良かった。ふわりと光が落ちてきて、モノクロだった画面に色が戻った。蘇生してくれたので、ボスが離れたタイミングを見て復活した。
結果は惨敗だったが、自分の限界を試せて楽しかった。攻略方法を色々考えられるのも楽しい。次は倒す。
その後は、さとーさんを同乗させて城まで送り届けた。二人乗りを見ていると、2ケツしてる中学生のような気分になる。さとーさんが一緒にいるのを実感出来て、悪くない気分だ。さとーさんはギルドでも人気らしく、フレンドも多い。誰とでもわいわい遊べる性格なのだろう。だからこうして、俺とだけ二人きりで遊ぶというのは今までなかったし、二人きりで遊んでみるとこんなに楽しいとは思わなかった。自分は割と独占欲の強い性格なんだなと、最近知った。
名残惜しいがあっという間に都に到着。黒トラの足が速いのが悔やまれる。さとーさんの定位置を知ったのは偶然だった。決してストーカーではない。落ちる間際を見たことがあっただけだ。さとーさんの定位置でゆるゆると他愛無い会話をした。こうやって遊ばずにただ話しているのも楽しい。このゲームを始めて、戦闘ばかり楽しんでいた自分にはない時間だ。そういえばさっき東京住みって言ってたから、もしリアルで会って話しが出来たら、こんな感じなんだろうか。個人情報とか普段気にしないのに、さとーさんの発言は逐一覚えていて、自分気持ち悪いなと思う。
「何これ可愛いいいい」
急に画面が揺れて驚いた。さとーさんが黒トラを撫でたのか。
「いきなり動いてびっくりしたw」
「癒される~~~」
猫好きなのかな?可愛いと言ってるさとーさんが可愛いと思い、思わず口元が緩む。
「あはは、また疲れた時は乗りにおいでよw」
黒トラをダシにして、また同乗を狙う事にした。もう移動中は全部、自分の前に乗ればいいのに。
「ありがとううう」
会話が途切れるのが嫌で、他愛ない話を続ける。
「金策も行きたいなーレベル100になったら冥界ダンジョン回って素材集めよう」
「冥界早く行きたいなあ」
実際は分からないが、レベルが自分より低いと年下な気がしてしまう。オンラインの不思議だ。早くレベル上げて、冥界も連れまわしたい。
「あそこの素材自分でも使いたいけど、売ると高いから」
「ふーみんの武器って冥界のでしょ~いいなあ」
自分の持っている物はそれなりに製造が大変だった。正確な価値が分かって、それを素直に羨ましがるのは可愛いなと思う。
「一緒に集めに行こう」
「やったーレベル上げがんばんなきゃだなあw」
買ってあげてもいいけど、それよりも一緒に遊ぶ方が楽しい。そうだ、自分がもっとレベル上げを手伝えばいいのだと、思いついた。たしかライムさんももうすぐ100って言ってたから丁度いい。
「ライム誘って範囲狩り行くか?」
「行く行くー!」
即答で返ってきて、ちょっと残念な気持ちになった。もう少し二人きりでだらだらしておけば良かったと、提案しておいて後悔した。
「タキまだ別PT中だけど、そろそろ空きそうだなあ」
さとーさんはすっかりその気になっているらしく、パーティーメンバーを物色している。まあタキさんとライムさんと4人で遊ぶのも楽しいから、良いか。
「4人ともレベル100になったらずっと籠れるなw」
ふと、通話しながら4人で遊べないかと思った。領土戦ではよくディスコードで通話しながら戦う。でも通話に誘ったら、一気にリアルが見えてきて嫌がる人もいる。さとーさんと直接会話してみたかったが、まだしばらくはこのまま、友情とも恋愛とも取れない空気を味わうのもいいかと思い、提案するのは先送りにした。
程なくしてメンバーが集まり、またダンジョンに向けて出発した。この日は金曜日ということもあり、名残惜しさもあり、なかなかパーティーはお開きにはならなかった。
ストーリークエストを進めると、太陽の都か月の砦、どちからに籍を置くことを進められる。無所属も選択出来るが、都市に所属すると様々な優待がある。