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イベントクエスト

どっさりと積まれた書類の山に辟易する。誰だよ、ペーパーレス進めようとか言ったの。全然減らないじゃん。書類での確認がなければ、もっとリモートワークも出来るのに。急なシステムバグが見つかって、ばたばたと残業中。私は所謂システムエンジニアだ。業界の中ではそこそこ大手の会社に勤めている。

チームでの業務になるが、今のプロジェクトは予算的にも規模的にもそんなに大きくなく、人手も限られている。つまり、めんどくさい細々とした雑用から事務処理関連は、一番下っ端の私に回って来る。SEのプログラム管理業務を手伝いつつ、この溜まっていく雑務を片付けるのが、私のメインの仕事になる。本当はもっとSEとしての経験を積みたいから、庶務担当を別にもう一人付けて欲しいところなのだが、希望が通るのはいつになることやら。

「お疲れ様ー戻ったよ」

「おかえりなさいませ」

営業先から帰って来た中村課長に声をかける。

「保守はどう?」

課長が画面を覗き込んでくる。

「大方解決しました。松田さんの前回のデータがとても有効でした」

「さすが松田。前回担当したのはあいつだったか」

「はい、お陰様で今日はそこまで遅くならなさそうです」

「それは良かった。あ、そういえばあのデータ届いた?」

「ああ、A社から来るの待っていたやつですよね、さっき届いて処理済でっす」

課長からの問いに答える。若くして課長に昇進しただけあって、こういう細かい事までいつもよく気がつくなと感心する。

「あそこいつも発行遅くてさー、処理的に20日までに来ないとヤバいから、今後も気を付けて見といて」

「了解でっす」

最近リリースしたプログラムにバグが見つかり、それの修正作業中だった。私はプロジェクトリーダーである中村課長の補佐をしつつ、空いた時間で経費申請だのミーティング資料の整理に追われていた。これから年末へ向けどんどん忙しくなる。そして年が明けたら今度は年度末が待っている。考えると憂鬱になるので、今は目の前にある事にだけ集中する。あらかたの業務は片づけた。今日やろうと思っていた事は全てクリアしたが、思っていたよりも時間がかかってしまった。眠気に負けずにいつもより早めに出勤したのに…。

「こっちの作業はどう?」

「粗方修正も終わったと思いますので、チェックお願いします」

「おっけー」

「課長、残務処理は明日でいいですか?」

「もう20時回ってるしな、帰れる時は帰ろう」

理解のある上司で助かる。実は今日、ゲーム内で大型イベント初日だから、出来るだけ早く帰りたいのだ。

「ありがとうございます!お疲れ様でしたーお先です」

私はPCの電源を落として、ロッカールームでコートを着ると、足早に会社を出た。外は12月。冷たい外気が、暖房で乾いた頬をなでた。クリスマスを意識したイルミネーションには目もくれず、地下鉄の駅へ向け駆け抜ける。コンビニでおでんでも買って、プリンも付けちゃおうかな。あ、この間フレンドさんが美味しいって言ってたアイスあるかな?あったかい部屋でスイーツとゲーム。これがあれば仕事も頑張れる。最高に幸せな瞬間を思い描きながら帰路へついた。


「ミストワールド・オンライン」それがこのオンラインRPG、いわゆるMMOの正式名称だ。霧の多い大陸を探検しながら、ストーリークエストを進めたり、素材を集め、装備を作り、大型のボスのいるダンジョンへ潜る。美しいグラフィックを楽しみながら、オープンワールドを冒険するのだ。

始めは1番最初のキャラメイクの時に選択する、各種族ごとの初期村から始まって、クエストに沿って霧を消す装置を発動させなか、外の世界へと誘導される。霧の中心には開けた盆地があり、ストーリーを進めることで霧が少しずつ晴れて行動範囲が広がって行く。盆地の中心には大きな都市がいくつか存在する。バザーや鍛冶場等の職人施設はそういった大きな都市にしかなく、殆どの人口はその大きな都市に集中している。

ストーリーは一人で進めることも可能だが、結構骨が折れるミッションが多いので、フレンドと一緒にクリアしたり、募集をかけて手伝い合うことが主だ。地上、水中、空中に浮遊するダンジョンもいくつか存在し、色んな形の飛行器具、通称エアロに乗って空を飛ぶことも出来る。

お金を貯めて自分の家をワールド内に購入したり、ハウジングで素敵なお庭や家具を作ったり、可愛い洋服を作ってコーディネートを楽しんだりする、生活的なコンテンツも充実している。かわいいペットを飼ったりすることも出来る。そういったコンテンツにもゲーム内通貨がかかる為、経済が回っている。家具職人や服飾職人達が家具や洋服を作成するのだ。

装備は武器職人や防具職人のスキルを上げているプレイヤーが作成する事が出来、他プレイヤーに販売している。これは結構重要なスキルで、強敵に挑む為の装備を作るということで、作れない人は誰かが作った装備を買うしかないので、金策としても大事である。だがなかなかスキルを上げるのにお金がいり、レベル上げも骨の折れる作業なので、大量生産・販売を行っている人は多くはない。私も自分用と、頼まれればフレンドに作る程度で、金策として行う程ではない。ダンジョンに潜って素材を集めなければならないし、その素材自体も売買出来るので、私は主に素材を売って日頃の軍資金にあてている。

プレイヤー自体のレベルは、最近あった大型アップデートで100代が解放されて、今の所1~101まで。102以上になった人はまだ見た事がない。90代から経験値も膨大な量が必要になり、なかなかレベルアップも難しい。フィールド等で敵にやられて死んでしまうと、経験値も還元されてしまう。例えば、あと5%でレベルアップ!と思っていた矢先、敵にやられて復活すると、3%還元されて8%からやり直しとなる。そんな中、私は現在レベル99。後少しで念願の100なので、はやく3ケタに乗せたいが、レベル上げばかりは、やりこんでいる時間がものを言う。クエスト報酬で経験値をもらうか、フィールド等でモンスターを沢山倒して経験値を得るか・・・後者はなかなかソロでするのは大変なので、大体は1日1回、レベル層ごとに経験値の美味しいダンジョンでのクエストで、レベル上げをする人が多い。残念ながら、この経験値の美味しいクエストは1日1回しか受けられないのだ。上手く出来ている。なのでずっとレベル上げをしようと思うと、パーティーを組んでフィールドで経験値の美味しいモンスターを大量に狩るのが一番効率が良い。

職業は9つあり、主に3つに分類される。重鎧が着れてバトルの前線に立つ前衛組、軽鎧を装備して多彩なスキルを使用する中衛組組、法衣を着て主に魔法を使う後衛組だ。前衛は、防御力に長けていて壁役の重騎士、防御と攻撃のバランスが取れている戦士、物理的な火力に秀でている狂戦士。中衛は足が速く器用さの高い盗賊、薬の調合が出来る薬使い、バフがたくさんかけられる吟遊詩人。後衛は、回復に特化した僧侶、ファンタジーの王道である魔法使い、そして最近実装された召喚獣を使える召喚士。1キャラクターにつき、これらの職業から3つを選び、レベルを上げていくような仕様になる。私は、戦士、盗賊、僧侶が今の所使える職業だ。パラメーターの振り方によって、自分の好みのキャラクターの個性が出る。重鎧が着れる職業だと、HPと守備力が高く、軽鎧が装備出来るとHPやMPの回復力が早く、攻撃をかわす回避能力も高い。法衣職だと、回復魔力と攻撃魔力が高い等、ざっくり言うとこういった特性が分かれる。どの職業もやってみたくて、サブキャラを育てているがなかなかレベル上げに手が回っていない。途中で選択した職業を変えることも出来るが、課金アイテムが必要になる。なので、最初の職業選択はなかなか大事な所なのである。  

私は火力職よりも、サポートに回りたいと思って今の選択をした。戦士はパラメーターの為に選択しただけで、装備も良い物は揃えてないしほとんど使えない。私は出来ない職だが、前衛をメインとする人は周りに多い。私が所属するギルドのマスターをはじめとし、フレンドにも多い。パーティーにおいて重要だし、やってみると難しいが、恰好良く目に映る。

私もやりこんでいくうちに、レベルも上がって出来ることも増えて、ギルド内でもどちらかというとクエストを手伝ってあげる立場にまで成長してきた。なかなかにキャラクターへ愛着が湧いている。

最初にキャラメイクをした時に想いを馳せる。あの瞬間はわくわくした。種族も4種類の中から選べて、こだわりのキャラメイクが多様に出来るのがこのゲームの良い所だ。火の民人間、風の民飛霊族、雷の民聖獣族、水の民海魔族の4種類。やはりゲームの中では非日常感を感じたいので、私は飛霊族にした。頭から羽が生えているのが綺麗だ。聖獣族だと、狐や猫のような獣の耳と尻尾がついて、これはこれで可愛いので迷ったが。海魔族は耳の辺りあるヒレや身体の要所にある鱗が特徴的で綺麗だが、私にはミステリアス過ぎて扱いきれない気がした。

髪の毛は菫色のストレート。前髪ぱっつんが大好きな私は、ロングヘアーで毛先は真っすぐ切りそろえられているタイプを選んだ。目の色はアイスブルーか金色で迷った挙句、金色をチョイス。ちょっときつめの顔が好きで、大きくて猫のような目元に薄い唇。目の角度や瞳の形まで動かせて楽しい。余裕で1時間以上触ってられそうだ。他には、チークや唇の色まで自分好みに作りこめる、体型も調整出来るので、ウエストを絞ったり、バストを盛ったり、身長を高くしたり小さくしたり。自分の中の飛霊族のイメージに寄せて、すらっと細身の体つきにした。

「リアルでこんなスタイルだったらなあ・・・」

女でも大きな胸に憧れるが、このキャラはこれくらいのボリュームが綺麗に見える。自分のフェチズムが詰め込まれたキャラクターが出来て大満足だ。

お次は名前。うーん、と考えたが、良い案は浮かばなかった。好きな俳優の名前にしようか、食べ物からとろうか・・・色々考えたが。

「さとー」

ネーム欄にそう打ち込んだ。これだけ作り込んだキャラに対して、何だか間抜けな感じもしたが、一度打ち込んでしまうともうそれ以外に良いアイディアが思いつかなかった。 本名の佐藤詩織からとった。どこにでもある名前過ぎて、ハンドルネームとしても有りだろう。漢字、記号、アルファベットの選択肢もあったが、私はシンプルなのが好きだ。なので記号等は使わない。加えて平仮名だと多少可愛くみえるような気がした。こうして、「さとー」が誕生した。


「こんばんわ」

ログインすると、所属しているギルドメンバー向けに挨拶をするのが習慣だ。

「こん」

「こんちゃー^^」

「さとーちゃんこんばんは~」

インしている中で、手が空いている人は返事をしてくれる。

一人暮らしの私にとって、この挨拶はおかえりと言われているみたいで、なんだかくすぐったい。ありがたい言葉だ。

帰宅と同時にPCを立ち上げる。ローディング画面を見ながら、コーヒーを淹れる。自分のキャラである「さとー」を選択してログインする。

ログインしたら、まず日課をこなす。私は防具職人のスキルを上げている。1日1回の納品クエストをすると、デイリーボーナスで職人経験値と50000Gが手に入る。加えて普段だと、おおよそ20分程かかる経験値クエストをするのだが、今日はイベント初日。特に約束もないし、後回しにして早くイベントに参加したい。フレンド達が何をしているか、さらっとチェックする。フレンドのメニュー画面に仲間アイコンが出ているのは、今パーテイーを組んでいる事を表している。今いるフィールドと職業も表示されている。

「みんなイベントスペースにいるなあ・・・」

ほとんどのフレンドがパーティーを組んで、既にイベントスペースでクエストを開始していた。頼みのタキさんも誰かと組んでイベントクエストに行っているっぽい。たぶんギルドで募集かけたのかな。完全に出遅れたか・・・あの残業さえなければなとも思うが、今更どうしたって時間は戻らない。初見だからちょっと気後れするが野良で行くか・・・野良というのは掲示板に書き込んでいる人をランダムに誘う制度で、初顔合わせのメンツでパーティーを組んでクエストに出発する。和気あいあいとした楽しさはないが、失敗してもこれっきりの関係だし、と割り切って付き合う事が出来て、私はそんなに嫌いではない。一部パーティー中に相手がギスギスした発言をしたり、失敗した時に責めたりする人がいる為、嫌煙する人も多いのだが。それと同じくらいごく一部には、面白い人もいて、野良で組んだことをきっかけにフレンドになったりすることもある。私にも野良から仲良くなったフレンドも数人だがいる。こういうのって、本当に縁だと思うし、せっかくあった御縁ならしっかり育てたいと思ってしまう。

「イベントクエスト、僧侶で参加希望です。初見で良ければ誘って下さい。」

こんな感じで掲示板に書き込み、誘われるのを待つ。本当は盗賊で行ってみたかったが、僧侶は大体のパーティーに必須職業の為、誘われやすいかなと思い今回は僧侶で応募した。すぐにポップアップ音がして、とある戦士から誘われた。

FUMI・・・?あれ、この人ー・・・何となく見覚えがあったのは、その名前を丁度昨日見たからだ。タキさんと行ったパーティーに参加していた、あの上手な戦士の人だ。パーティーに参加して、待ち合わせ場所に到着し、アバターを見て確信した。紫がかった長めの黒髪が肩の辺りで揺れていて、黒いコートにレア物の大剣を背負っている。この人のおかげで、全然後衛に攻撃が飛んで来なかった為、凄く安定した状態でボスを討伐する事が出来た。鍵雑魚がこっちに来ることを教えてくれたのもこの人だった。目の前の敵を倒しながら、マップ上を確認して動いている雑魚を見分けたのだろう。よくそこまで見てるなと、密かに感心していた。ライムさんも上手かったけど、この人も凄く上手だった・・・!

偶然か意図的だったのか分からないが、上手な人に誘ってもらえてテンションが上がる。初見クエストだけどなんとかなりそうな気さえする。

「よろしくお願いいたします~!」

パーティーメンバーに向けて挨拶をした。直ぐにメンバー6名が集まってダンジョンに向けて出発となった。

ミストワールド最北に新しく出来た、青天城。北の地にあるだけあって雪深く、見ているだけで寒い。冬のイベントを意識しているからだろうが、ここでのクエストには、キャラクターにも温かそうな服を着せたくなる。氷で出来ているような、クリスタルの床。回廊状に交差した道が張り巡らされている。これまでにない滑る仕様で、床の大部分が普段走っているフィールドとは明らかに違う。走るスピードは速いが、止まる時に一瞬ジャンプしないと方向がなかなか変えられないし、滑る飲み込みを意識して止まらないとコースアウトして、下の階層に落ちてしまう。マップは繋がっていて合流は可能だが、仲間と別ルートで行かなければならなくなる。そうすると道中にいる雑魚をほとんどかわし切れないだろうから、ほぼ最初から再スタートとなってしまうだろう。クエストはこのコースを時間内に進み、手に入る素材で新しい武器が作れるというものだった。武器は見た目は綺麗だが性能は50代くらいのレベル帯に向けたもので、私は実践では使え無さそうだったが、更にイベント期間は通常素材に加え、レア素材が追加で入手でき、それを錬金すると新しいデザインの飛行器具、エアロが手に入るとあって、かなりの人が挑戦しているようだった。


「すみません落ちました!」

仲間の一人がコースアウトした。

私は咄嗟にキュアをかけた。2回は届いたが、3回目は対象が遠すぎてかからなかった。中盤まで来たが、スタートからやり直した方が良いだろうか。

「この先E2辺りで合流しよう」

パーティーリーダーのFUMIさんが素早く座標を指定した。上の階と下の階が交わる所だ。続行するつもりか!野良だしやり直すのがセオリーかと思ったが、このまま行くなら、ソロで回復のない戦士はきついはずだ。

「キュア2段階です、持ちこたえて下さい!」

「ありがとう、やってみます!」

キュアはHPが一定時間自動で回復する魔法だ。重ね掛けする事が出来て、3回かかった状態を維持するのが理想だ。この人落ちる・・・!と思った瞬間、続行するかどうか判断するより早く、指が自然と動いていた。キーボードを乱暴にたたく。それでも3回は間に合わなかった。反射神経と詠唱速度がもう少しあれば・・・。

自分もまだ走る操作が覚束ない為、なかなか判断してから行動するのが難しい。果たしてどれくらいこの魔法の効果があることやら・・・。

「キュアナイス!」

他の仲間からお褒めの言葉。社交辞令でも、こういうミスした相手を温かく見守れるパーティーで良かった。なかなか良いパーティーに拾われたものだ。

「落ちたポイント良さそうだし、キュアもかかってる状態だから続行で」

FUMIさんが続行の判断を出した。落ちたのは防御力の高い戦士だった為、普通だと最初からやり直しとなるが、キュアもかけられた為何とか続行出来そうだ。正規ルートを行く私達も先を急いだ。

「雑魚いるけど、このまま引っ張って行こう」

FUMIさんが提案した。

「オレにキュア3重にかけてくれない?」

「了解ーもしかしてその後に続く感じ?」

「タゲ取りながら行くから、オレの後に続いて走って、E3手前でまだついてきてる雑魚はそこで一気に始末しよう」

タゲというのはターゲットのことで、モンスターは最初に近づいた人をターゲットと定め、攻撃を飛ばしてくる。ターゲットになっていない人が攻撃を入れたりすると、敵のターゲットは攻撃を入れた人に移る。通常前衛の人がターゲットを集め、ヒーラーはターゲットを取っている人だけを回復するのが効率的とされている。

FUMIさんは戦士のスキルでターゲットを取って、他の人に攻撃が当たらないようにするつもりらしい。

「範囲攻撃で速攻落とすのか!」

「なるほど~面白そう」

他のパーティーメンバーも作戦を把握したらしく、このまま続行する流れだ。恐らくそうやって雑魚をまとめて倒して、早く落ちた戦士を迎えに行かないと、戦士が他の雑魚に絡まれて耐えられないだろう。

キュアを3重にかけた所で、FUMIさんが走りだした。こんなスリルは久々でドキドキする。初見クエストの醍醐味だ。すかさず、みんな後に続く。固い。重騎士よりは守備力の劣る戦士だが、HPは全然減らない。雑魚モンスターが侵入者に気づき攻撃を飛ばしてくるのでダメージを負うが、キュアのお陰でしばらくはオートで回復する。そもそもここのフィールドの雑魚はそんなに痛くない為、キュアの効果とダメージが拮抗している状態だった。何匹か振り切れた。こちらに攻撃するのを諦め、去っていく。

「スタンかける」

FUMIさんが座標まで到着すると、敵の動きを一時的に止めるスタンスキルを使った。敵が一瞬固まった隙を狙って、仲間達も一気に火力を開放した。私は回復に専念する。

「うおおおごめんなさい!やられました!」

先程落ちた戦士のチャットだ。マップを確認すると、合流ポイント一歩手前の所でキュア切れを起こし、やられてしまったようだ。後1、2回上書き出来ていれば…!

こっちの雑魚が片付いてきたので、私はすかさず単独で蘇生に向かった。この距離なら周りに雑魚もいないし、一人で行っても問題ないだろう。一定時間内に蘇生しないと、マップの最初の所に戻されてしまう。蘇生は他の人が高価な蘇生アイテムを使うか、僧侶の蘇生呪文が無いと出来ない。自分で自分にアイテムを使うことは出来ないのだ。僧侶のみ自分自身にアイテムを使用する事が出来るが、そのアイテムにもクールタイムがあって、何度も連続で使える訳ではない。

いた・・・!倒れている戦士を発見し、駆け寄って蘇生呪文を使っていたその時、いきなり横道から雑魚が湧いてきた。この辺りを巡回していたらしく、マップから見落としていた!

やられる!と思った瞬間、FUMIさんが盾に入ってきてくれた。間一髪の所でこちらの雑魚に気づき、ターゲットを取ってくれたのだ。

「っ!」

思わず声が漏れた。その動きに圧倒されている間もなく、FUMIさんは私に襲い掛かろうとしてくる敵を一掃した。私は雑魚処理をFUMIさんに任せて蘇生集中する。地味にこの呪文長いんだよなー!本陣の回復に走らなきゃと急く気持ちを抑え、FUMIさんに向けて感謝の定型文を打った。

「ありがとうございます!」

落ちていた戦士が生き返った。蘇生が終わり、私はまた回復に専念する。仲間も一人増えて一気に片づける事が出来た。

それからは、無事に正規の道のりを辿り、玉座に憑りついていた氷の亡霊のボスまで到着。ボス自体は少しHPが高いくらいで、そこまで趣向を凝らした攻撃はなく、討伐は簡単で無事に素材を手にいれる事が出来た。

「あれ、少ない?」

「こんなもんですかね?」

「途中の雑魚無視すると報酬減るのかな?」

パーティーの殆どが初見での参加だった為、みんな口々に分析した事を話していた。

すると、いきなりポップアップ音がした。何かと思ったら、FUMIさんからフレンド申請が来ていた。一言いれてから送る人が多いが、この場でそれをすると、じゃあ私もオレもというその場限りのノリで、その後なかなか遊ばない所謂エアフレンドが増えるだろうという配慮がうかがえて、なんだかきゅんとした。個別のチャットはフレンドにならないと出来ないのだ。上手な人からのフレンド申請はとても嬉しい。

すかさず承認したら、フレンドチャットの方で

「よろしく」

とだけ来た。このぶっきらぼうな感じが、周りにあまりいなくて新鮮だ。タキさんを筆頭にギルドメンバーは結構賑やかな人が多い。私自身も野良パーティーじゃなく、気の置けないフレンドとのパーティーだとよくしゃべる方だ。

「フレ申請光栄です!こちらこそよろしくお願いします」

私は明るめに答えた。返事は期待していなかったが、

「この後もう1周行かない?」

勿論答えは一択。

「はい、喜んで!」

「居酒屋かw」

黒づくめの重苦しい見た目と違って、喋ってみると意外と気さくな人かもしれない。思わずツッコミに笑みがこぼれた。

「解散します。ありがとうございました」

パーティーチャットの方でFUMIさんが喋った。今回のパーティーリーダーなので、こういう仕切りもしなければならない。

「ありがとうー^^」

「お疲れ様でした!」

メンバーが口々に挨拶を交わし、解散になった。すかさずポップアップ音。FUMIさんから再パーティーの申請だ。さくっと誘ってくるスマートさ。上手な人という色眼鏡のせいだろうか?

「さいよろー。」

再び、よろしくっていう意味だ。他にまだ人もいないPTで、二人きりなのは緊張するが明るく振舞っていきたい。空気が重くならないように。そしてFUMIさんがどんな感じの人か知りたい。いつになく、これから行く冒険に期

高まっている。

「よろしくお願いします!」

私は定型文でそう答えた。よく使うセリフはいくつか登録しておくことが出来る。私は気になっていた事を訊ねた。

「昨日ご一緒しましたよね?」

「そうそう、昨日のタキのフレンドかなーと思って誘ったw」

「わーwありがとうございます!」

「タキのフレでしょ?」

「ですです~同じギルドで」

「なる。ナイスキュアだった。あれなかったらやり直しだったな」

「続行の判断が早くてびっくりしましたーw」

「まあ行けるかなってw」

「フミさんいたから安心感凄かったですw」

「いや、あのキュアの反射神経凄いわ」

「そんな風に言って頂けて嬉しいです!落ちた本人も大分回復薬飲みながら走ったと思いますけどね・・・」

上手い人にベタ褒めされると素直に嬉しい。このまま二人で雑談しているのも楽しそうだ。

「まーそれは仕方ない」

「今回のマップ、滑るのむずいですもんねー」

「うん、慣れると楽しいね」

「それ!楽しくてハマっちゃいそうですw」

「わかるわ。他誰かいる?」

はっとした。チャットに夢中になっていたが、仕事終わりの貴重な時間でイベントを走らないといけないし、上手な人を捕まえている今がチャンスだ。FUMIさんに聞かれてフレンドメニューを開いた。ちょうどタキさん達のパーティーが解散したっぽい所だった。

「タキ空きましたね」

「聞いてみる」

きっとフレンドチャットで、これから行けるか聞いてくれるのだろう。程なくして、タキさんがメンバーに加わった。

「よろよろーお二人さんフレなってたんだな」

「タキやっほー」

「ついさっき。野良で拾ったw」

「拾われましたw」

「へえ!ふーみんが野良誘うなんて珍しいじゃん」

「まあwさっきはギルドの人もフレもみんな埋まってたから」

「みんなイベントか~今回の面白いし、マジ当たりだよな」

「うん。ギルドの人何人か空いたから声かけてみようと思うけど、構成何がいい?」

FUMIさんがタキさんに尋ねた。恐らく既に何周かダンジョンを巡っているであろうタキさんに、いい職業の組み合わせを聞いたのだ。

「そうだなー壁出来るのと、回復1いればあとは何でも良さそう」

「じゃあ私このまま僧侶で行ってもいい?」

「おっけー!ふーみんに戦士で壁してもらって、さとーが回復で行くならオレは火力に回ろうかー」

タキさんは魔法使いで行くようだ。

「よろしく、じゃあギルドで聞いてみるわ」

「ありがとう~!」

ギルド内のチャットで声をかけているのか、しばらくFUMIさんが動かなくなった。

無言なのも気まずいので、何か喋ろうかと思っていると、タキさんが口を開いた。

「ライムちゃん来れないん?」

「くる」

「やったね~」

「先輩に連れまわされてたっぽいけど、丁度空いたから声かけた」

「タイミングよき!」

3人は元々顔見知りだったようだ。私も昨日フレンドになってもらったから、輪の中に入れて良かった。

「よろしくお願いします~^^」

ポップアップ音がして、ライムさんがパーティーに加わった。

「わーい、昨日ぶりだ~」

「やったー!よろしくね」

あまり把握していなかったのだが、ライムさんとFUMIさんは同じギルドの様だ。ステータスを確認すると、ギルド名が出て来た。ふーん?「テンペスト」っていうギルドなんだ。お洒落な名前だな~。

直ぐに後2人もFUMIさんのギルドメンバーが揃い、再びイベントクエストへ向けて出発となった。一度家に戻り、荷物の整理をしてから青天城前のポイントにワープした。

「ライムさんの服かわいい!!」

昨日のセクシーな鎧姿とは違い、ふわふわの毛皮がついたローブに身を包んだ魔法使いの姿で現れたライムさんに、私は食い気味に話しかけた。服は基本的に裁縫職人から買わないといけない為お金がかかる。私も欲しくなってしまうが金欠だ。

「ありがと~!結構このクエスト回りそうだから作っちゃった♪」

ライムさんがセクシーなポーズを決めた。モーションと言って、色々なポーズをとる事が出来る。中には恋人同士になったカップル向けに手をつないだり、キスしたりする仕草もある。2人でとるモーションも色々あるが、まあ女の子同士でわいわいする時に手を繋いだりしたした事しかない。その他のいちゃいちゃモーションに関しては、私には今の所縁のないシステムだ。

「何となくゲーム内でも冬は冬っぽいコーデしたくなるよねー!」

「わかるーwすぐ服で荷物が溢れちゃうw」

「お~いいじゃーん!もうちょっとスカート短くしてよw」

タキさんが軽くセクハラ発言した。

「わかってないな~このロング丈がいいんでしょ!」

「そうだよ!ロング丈からちらちら覗く美脚!」

「さとーが一番おやじだなw」

そうやってわいわい言いながらクエストスタート。構成はFUMIさん戦士、タキ・ライムさん魔法使い、FUMIさんのギルドの2人が来てくれて召喚士、私僧侶。始まると、何周かしているメンバーは的確に指示を出してくれる。

「この先F5辺りで下の道に落ちよう」

「あえて落ちるの有りなんだ!」

「そっちの方が雑魚多く倒せるんだよ~」

なるほど。回り道にみえて、雑魚を多く倒して報酬を増やす作戦か。滑りながらの操作もみんな上手い。私もようやく慣れてきた。

「よし、落ちる」

FUMIさんに続き、下の道に落ちた。敵の一団の真上だ。魔法使い達が範囲攻撃をぶっ放す。私は範囲回復で敵のダメージからみんなを守る。火力が高いが、防御力の低い魔法使いに攻撃が集中しないように、FUMIさんがターゲットをとった。やっぱこの人上手い。下手したら魔法使いが一気にやられて総崩れになる所だ。

「火力ぶっぱ楽しーw」

「魔法使い久々だけど、楽しいよね~」

「ふーみんがタゲとってくれるお陰だ」

他のパーティーメンバーも同じ事を思っていたらしい。

「このイベント当たりだわー面白い」

「このわちゃわちゃ感好きw」

「滑る仕様も楽しいよね~」

「エアロまで後どれくらい?」

「10周はしなきゃかなw」

「結構ヘビーw」

「1周1時間弱くらい?」

「慣れたら30分くらいで回れるんじゃ?」

「サブの分も頑張ろうと思ってたけどきついなーw」

野良パーティーと違って、チャットしながらだと楽しい。回復役の僧侶は結構忙しいが、スリリングな所も含め楽しくて、あっという間に1周終わった。

「お疲れ様~。」

「おーさっきより報酬多い!」

「まだ行ける人いる?」

時計は既に24時を回っているが、無論ここの返事は

「はーい!」

6人中4人が残った。FUMIさん、ライムさん、タキさん、私。なんだかこのメンバーいい感じ。4人の職業のバランスも壁、火力、回復と取れていて、レベル帯も同じくらいで。行けるダンジョンもこなす役割もそれぞれ分かっていてPTが安定する。このゲームを初めてからもうすぐ1年。これまでにない、高揚感を感じていた。

「よっしゃ行くかー!」

あー、また寝不足だ。


チャットには、エリアにいる全員に聞こえるフリーチャット、フレンド同士でしか出来ないフレンドチャット、パーティーを組んでいる時に参加者だけで会話出来るパーティーチャット、所属しているギルドメンバーだけで出来るギルドチャットの4種類がある。

文字の色を設定することで、混在するチャットの種類を判別出来る。

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