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1つの目標

そのまま年が明けた。年末年始もちょこちょこはミストワールドにログインしたが、FUMIさん達とがっつり遊ぶ時間はなかった。結局家の手伝いの為30日から帰省したのだが、実家のPCが古いせいもあってラグが酷かったからだ。とてもバトルコンテンツには参加出来なさそうだった。固まったり、動作が遅延したりで、自分のストレスもあるし、何よりもパーティーメンバーに迷惑をかけるのは嫌だ。このMMOは結構なスペックを積んだPCがないと、快適に遊べないのが難点かもしれない。今は家庭用ゲーム機等の、他のハードからでも遊べるようにゲーム規模が拡大されているらしいが、私はPCからしか遊んだ事がない。スマホ版が出て、スマホからログインしているプレイヤーもちらほら見るが、出来るコンテンツが限られているらしい。

一つ楽しかったのは、FUMIさん達と一緒に年明けイベントに参加した事くらいだろうか。町中に御餅が振って来て、それを他のプレイヤー達と一緒に拾うイベントだった。くじ引きになっていて、1等はコスチュームの着物だった。後々課金アイテムとして売り出されるのだが、最新コスが無料で手に入るとあって、ライムさんと血眼になって探し回った。残念ながら誰も獲得できなかった。それでもイベントでわいわいと遊べて楽しかった。FUMIさんが、着物が出なかった事を凄く残念がっていたのが、特に。和装コスが好きとは知らなかった。私も好きだから、お揃いで着たいなんて言ったら、どう思うだろう?結構ゲーム内カップルがお揃いや、テイストを合わせたコスを着て楽しんでいるのを、私は密かに羨ましいなと思っていた。双子コーデや一部をお揃いにするカップルコーデが普及しているが、同じ様にゲーム内でリンクコーデやペアルックを着る楽しみ方は、素直に共感が持てる。私もいつかFUMIさんとペアコーデをするだけでなく、彼のアバターに似合いそうなコスを選んだり、ライムさんと双子コーデも、タキさんと4人でテーマコスとかも考えてみたい。女の子はいくつになっても着せ替え人形が好きなのだ。

 お祭りムードも終わって、今日から通常運転。いざ出勤だ。休みに慣れた身体だと、起き上がるのがきつい。目覚ましをかけずに過ごせた連休は最高だったな・・・。毎日ちゃんと電車に乗って出勤している自分偉いぞ~、と励ましながら出勤する。年が明けたと思ったら、3月の年度末に向けて、繁忙期がやってくる。毎日打合せと資料作りに追われながら、自分の担当した箇所のプログラムも作成しなければならない。極力残業しないように効率よく業務を進める。入社したての頃からすると、自分も少しは成長したなと感じる。周りから色々教えてと声をかけられたり、頼りにされる場面が増えたと思う。もちろん仕事が辛い日もあるし、暇さえあればゲームしていたいが、働いている自分も好きになってきた。出来る事が増えて、自分で自分の仕事のペースを調節出来る様になってきたから、仕事も楽しいのだ。

打合せが終わり、会議室の後片付けをしていた時、ひょいと扉から覗きこむ人影。誰かと思って振り返ると、部長がこいこいと手を振って私を呼び出した。今の部の部長は、部下に等しくフランクで、話し方もソフトで人当たりが良く、部全体を静かに見守る守護神の様な存在だ。そして仕事も出来るので、私も上司として信頼している。忙しい職場で、精神を削られる事もあるが、人間関係には本当に恵まれていると思う。

 手早く荷物をまとめ、部長について行くと、別の小さな会議室に入っていく。会議室に着いて、世間話をしながら、暖房入れましょうか、と私が壁のスイッチを触ったりしていると、

「すみません、遅くなりました!」

私のグループをまとめている中村課長がばたばたと駆け込んできた。

「大丈夫、今来た所だよ」

デキる女のような部長の受け答え。部長は妙齢の男性だが。

「そっち側に座ろうか」

部長の指示で、距離を取って3人で座ると、部長が口火を切った。

「佐藤さん、急に呼び出してごめんね。実は、次のこの企画、プロジェクトリーダーをお願いしたいんだ」

机の上に置かれた資料を指さしながら、部長は言った。私は資料を確認した。これ、あの先輩がやっていた企画のリニューアルだ・・・予算規模も結構大きい。始めてのリーダー。勤まるか不安はある。部長は、更に私にリーダーを任せるに至った経緯を話してくれた。自分の頑張りを認めてくれた上司と、私を推薦してくれた中村課長のお陰で、今回抜擢されたとの事。そんな事言われたら、嬉しくない訳がない。挑戦してみようという気力が沸いた。ミストワールドの中で見た、レベルアップのエフェクトを思い出す。リアルでも一つレベルアップした気持ちになる。

「結構厄介そうだけど、やったら絶対もっと力つくから」

課長も一言添えてくれた。

「ありがとうございます!精一杯努めさせて頂きます」

私は一礼した。

「分からない事あったら遠慮なく聞いて良いからな」

中村課長、頼りになりすぎます。こういう一言がありがたい。

 それから、軽く3人で業務の打合せと、面談の様な雑談を交わし、私は会議室を後にした。頬が熱くなる。これから気を引き締めないと。私は廊下の先を見据えた。

 仕事の方は順調だ。



最近、さとーさんのログイン時間が遅い。年が明けて通常業務に戻り、仕事を頑張っているのだろうか。まさかデートじゃないだろうなと時計を見ると、21時を回ろうとしていた。10日の領土戦に向けての準備もあらかた済んだし、今日はギルド内での模擬戦も無い。自分はいつでも遊ぶ準備万端なのだが。肝心のさとーさんが来ない。結局まだ二人きりで通話も出来ていないし。

正月休み中は、自分は実家なので特に里帰りとかもない。家族行事で、元旦の朝から初詣に行ったくらいだ。弟も妹も年頃なのに、友達と遊ぶでもなくよく毎年一緒に行くなと思う。自分にも言えた事だが・・・。その他は特に予定もなく、日ごろの疲れを癒すべくだらだらと食べては寝て、日がな一日中ミストワールドにログインしっぱなしだった。正に寝正月を絵に描いたようだ。ご飯中や風呂に行く間もずっとログインしたまま放置して、いつさとーさんが来てもいいようにしていた。

餅拾いのイベントで、やっとさとーさんとまともに遊べた。さとーさんに着物を着せたかったのだが、くじ運のない自分には叶わない夢で終わった。男キャラだと服の選び甲斐がない。コスチューム選びは女キャラの特権だと思う。和装コスとかいいなと思い始め、密かにさとーさんに課金アイテムでもプレゼントしようかなと思ったのだが、理由が無くていまいち踏み切れない。それに課金アイテムとか、さとーさんは受け取ってくれなさそうだ。服を送る男性をさとーさんはどう思うだろうか。服を贈るのは脱がせたいから、みたいな事をテレビが言っていた気がする・・・え、和装コスが趣味とか気持ち悪いと、冷たい目で見られたら心が死ぬ。でも絶対似合うだろうなー・・・お年玉だとか、日頃お世話になっているし、とか、理由をいくつか考えているうちに、そういえば誕生日はいつだろう?知らない事がまだまだたくさんある事に気が付いて愕然とした。年齢はなかなか聞きづらいが、偶然この間さとーさんの方から話題に挙げてくれて助かった。予想通り自分よりも年下だったが、そこまで離れていなかった事に安心した。あんまり若い子だと自分ももう三十路なのでジェネレーションギャップを感じてしまう。

でも、そういう肩書のような情報だけでも、聞ける情報は全部知りたい。だってまだ趣味も、好きな食べ物も知らない。そういうリアルに直結する話を、チャットだとほとんどしていなかった。いつもゲームの話ばかり。それはそれで楽しいから良いのだけど、ふとした時にさとーさんの存在がすり抜けていくような感覚を覚える。職業はこの間聞いたが、もっと具体的に話したい。仕事の愚痴とか聞きたい。

この間ライムさんに焚き付けられてから、不安に思う事が多く、焦る気持ちが無いわけではない。ため息が出てゲーミングチェアに深くもたれかかった。画面にはいつもの庭園の風景が流れていた。忙しそうにバザーに向かう人の姿をぼんやりと眺める。街角の陰で、いちゃつくペアがいる。今までは気にならなかったペアを、最近は羨ましいと感じる様になった。君たちはどうやってそんな関係になったんですか?きっかけは?思わず街角インタビューしてしまいそうだ。

暇していると、もやもやといらん事を考えそうなので、ギルドの募集にでも乗ろうかと背もたれから起き上がり、PC画面に向き合ったその時。待ちに待っていた通知。

さとーさんがログインしました。

ポップアップが消える前に、すかさず声をかけた。


「おかえり」

ログインした瞬間にFUMIさんからの挨拶。正直疲れた体にしみる。最近「こんばんわ」ではなく、「おかえり」と言ってくれるのがツボだ。

「ただいまー」

「仕事?遅くまでお疲れさま」

「ありがとう~ねえねえ話聞いてくれない?」

誰よりも早く報告したかった。FUMIさんが分かってくれるかどうかは微妙だが、言いたくてしょうがなかった。

「どした?」

「今日さ、プロジェクトリーダーになった!」

「おおー!おめでとう!」

FUMIさんの驚いたような声。珍しいから、本当に驚いてくれたのだと分かる。

「ありがと~リニューアルだし、実働期間3カ月くらいだし、そんなに大きな予算規模じゃないんだけどね、ずっとやってみたかったから嬉しい~!」

「良かったね、リーダーとかかっこいい」

「いあいあwほんと名ばかりで、カッコ良くはないんだけどwこれからちょっと忙しくなるかも」

「そっか、無理はしないように」

「うん、頑張る!」

「リーダーとか凄いな」

褒めてくれたのが直に沁みる。お世辞でも嬉しい。大人って褒められる事全然ないから・・・もっと会社も私の事褒めて伸ばして欲しい。FUMIさんは私に甘すぎる気もするが。

「自分から話しておいて照れるな・・・長期出張とかもないし、一応前のデータベースがあるから、ほんと全然大したことないんだけど」

「関係ないでしょ、リーダーはリーダーなんだし」

「たしかにwずっと先輩みたいになりたいなって、憧れてたから・・・」

「応援しか出来ないけどwなんかあったら話してよw」

「絶対色々愚痴っちゃいそうw」

「歓迎w」

「あはは、ありがとーw」

話している間に、FUMIさんが城壁まで来て黒トラに乗せてくれた。

「日課、俺まだしてないから行かない?」

「やったー行こう~!」

レベル帯が一緒になったので、日課も一緒に出来る。黒トラの上で揺れる自分のキャラを見ているだけで仕事の疲れがふっとぶ気がした。

「良かったらディムコする?」

今日は私から誘ってみた。

「おk~」

チャットからはテンションの高まりは感じられなかったが、すぐにFUMIさんの方から通話がかかってきた。

「聞こえる?」

「うん!」

「おかえり、今日も遅かったね」

やっぱりFUMIさんの生の声でのおかえりは、疲れた頭に砂糖が沁みるみたいに効く。

「ただいま~くたくただよw」

「おめでとうプロジェクトリーダー」

「わああありがとううう」

直接もう一度お祝いの言葉を聞けると思っていなかったので、感激してしまった。

「忙しくなる?」

「そうだねー、しばらくはそこまでじゃないかもしれないけど、納期が年度末辺りだから、それに向けてどんどん忙しくなる感じかな~」

「そっかー、話し聞くくらいしか出来ないけど、頑張って」

「ありがと~きっとめっちゃ愚痴ると思う」

「聞くよ」

直接話すとやっぱり同じ流れになってしまって、チャットと重複してしまう。でもFUMIさんの本当に応援してくれる気持ちが感じられて、今日の疲れはどんどん回復していく。まさにリアルキュア。

「メンバーは頼りになる人ばっかりだけど、オーダーが結構難しい事要求されててw」

「なるほどね」

「予算がカツカツになりそうだから、使い回しと工夫でなんとかしなきゃいけない感じw」

「難しそうだね~そういうアイディア勝負的な?」

「まあねー、何となくアテはついてるんだけど」

「おお、凄いじゃん」

「んー、でもまだまだ考えなきゃなw」

「根詰め過ぎないようにwSEって聞いたけど、プログラムを作るんだよね?」

「そうそう、今回は以前受けたサイトのリニューアルなんだけど、別の取引先で使った案件にちょっと手を加えれば使えそうだし、リソースをデザインとか他の事に回したいんだよね」

「へ~、全然詳しくないけど、ただプログラム作るだけじゃないんだね」

「プログラムも書くんだけど、私の立場は中間管理みたいな方がメインかも」

「仕組みを、目に見える形に出来るのって凄いと思う。尊敬」

「あはは、取っつきにくいかもしれないけど、そんな難しい事じゃないよ~私なんてまだまだ書くの遅いいし」

「自分の知らない分野の話しって面白いな」

「たしかにねー早速聞いてくれてありがとう。まー今は遊ぼう!」

遊ぶ事が何よりも気晴らしになる。今日は、また冥界に素材集めに行く事になり、タキさんとライムさんにも声をかけた。4人集まり冥界へ出発する事になった。

「あ、通話二人も誘わない?」

「あー・・・」

せっかくならと思ってFUMIさんに聞いたが、いつもならすぐに良いよって返って来るところ、今日はなんだか返事が渋い。

「もうちょっと二人きりで喋ってたかったな」

これにはきゅんとし過ぎて、反応に困った。思わず可愛いFUMIさんの反応に笑いが零れた。

「っ、じゃあ一旦パーティー中は2人も誘って、また後で話さない?」

「おk、そうしよう」

私も二人きりで喋りたいと思っていただけに、FUMIさんと同じ思考だった事に心が躍らずにいれるわけがない。でも4人で通話も楽しい。ああ、楽しいが溢れててこんなに素敵な時間が過ごせるのって凄い。

「良かったら通話しよ~いつもの部屋で!」

私はチャットでタキさんとライムさんに向けて伝えた。直ぐに二人も通話に参加してきて、いつも通りのわいわい冥界ツアー。大分慣れて来て、最初に比べると討伐にかかる時間も短縮出来たと思う。

 2周した所で、ライムさんの就寝時間となりパーティーは解散になった。通話も一旦解散したが、すぐにFUMIさんからかかってきた。

「結構がっつり遊んじゃったけど、まだ寝なくて平気?」

「大丈夫よ~私もふーみんと話したかったし」

「お、何でも聞いてw」

「じゃー何から聞こうかなw」

「雑魚討伐クエしながら話さない?」

「あ、いいね~私ほとんど終わってないよw」

「俺もw雑魚クエめんどくさいから後回しになるよねw」

「分かるwじゃあ回復の方が良いかな?」

「何でもいいよ」

「おっけ~じゃあ盗賊は捕縛でちょっと疲れたから僧侶しようかな~」

「おk」

「火力まかせた」

「まかされたw」

 二人でフィールドの雑魚モンスターを討伐するクエストをNPCから受ける。狩場までFUMIさんの黒トラで移動しながら色々喋った。

「今日コンビニで買ったデザートが美味しくてさ、ふーみんは甘いもの好き?」

「うん、食べるよ」

「おおーじゃあ食べてみて!チョコミントのアイスなんだけど」

「あ、チョコミントは無理w」

「えー!」

「あれ歯磨き粉じゃんw」

本当に他愛のない会話だったが、好きな物、苦手な物。家族の話、職場の話。ミストワールドでの出来事。話はいつまでも尽きなかった。作業ゲーも二人で話しながらだと楽しい。チャットだと結構コマンドが忙しいので、通話は偉大だ。

「やっと60匹倒した」

「地味に1体の体力あるから長かったねw」

「報告行こう。乗って」

「ありがと」

 都の近くのメイリアの村に報告するNPCがいるので、そこまでまたドライブ。可愛い家が建ち並ぶ静かな村だ。住宅宅街を抜け、一番大きな村長の家の前に立っている、海魔族のNPCに話しかけるとクエスト達成となった。

「まあまあ経験値貰えるんだね」

「報酬の金額がもうちょい上がればもっとやる気出るんだけどな」

「あはは、それだと他の金策が流行らなくならない?」

「まあね~でもそれは運営が考える事」

「他力本願w」

「そろそろ都に戻ろうか」

「はーい」

時計を見ると1時過ぎだった。FUMIさんが私の定位置まで送り届けてくれた。城壁の上に二人並ぶ。今日はとても良い雰囲気だっただけに名残惜しいが、そろそろ寝ないと本当に明日起きられる気がしない。

「もう寝なきゃだね」

「うん」

「楽しかったよ」

「私も楽しかった~また話そう」

「ぜひぜひ、雑魚クエまだまだ終わってないのあるから、またお願い」

「いいねwぜひこちらこそ」

「じゃあ、おやすみなさい~」

「おやすみ」

通話をオフにした。まだ画面にはFUMIさんのアバターが目の前にいる。綺麗な顔。逞しい身体。こんな人に抱きしめられたいな。頬が熱くなる。何考えてるんだろう、欲求不満なのかも・・・。元彼とも別れてしまったし、もうしばらく誰かと気持ち良く肌を重ねていない。

 なかなか落ちない私に、FUMIさんがモーションでバイバイした。私はFUMIさんを見送るのが嫌で先にゲームからログアウトした。


雑魚討伐クエストは、クエストごとに討伐対象や討伐数が違う。大量にクエスト数がある為、大半のプレイヤーは後回しにしがちである。

何回も同じクエストを受注出来るが、初回報酬のみ報酬金や貰えるアイテムが多目に設定されている。

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