気になる個人情報
初めて通話をしてから3日程、忙しい日々が続いた。急に降ってきた業務に翻弄された一週間だった。あれがない、これが足りない、時間が足りない。そして今日は仕事納め。泣いても笑っても明日からは年末年始の休暇で、色々とストップする。その前にある程度片づけておきたいと、各部署必死に最後の追い込みにかかっていた。実はこのどたばた感は嫌いじゃなかったりする。
私の仕事は、受注の段階で納期が決まっている事がほとんどなのだが、そもそもが緊急の案件だった。こういった急なオーダーには弱いなと思う。でも忙しいお陰で、彼氏と分かれた喪失感と向き合う時間が無くて、少しだけありがたい。
残業が続いたせいで、夜2時間程度遊ぶのがやっとだった。22時近くに帰ってきてすぐにPCの電源をON。女とは思えない早さでシャワーを済ませ、ご飯食べながら日課をして、終わった頃には眠さが限界で落ちる。ギルドのお手伝いを少しするくらいで、あまり人とも遊べない。身体の疲労も結構溜まっているので、睡眠時間を確保したい所なのだが、ゲームにオンラインする事が何よりのストレス解消なので、両立が難しい。
ギルドチャットで仕事が忙しいと愚痴ったら、Soraさんを始めみんなが慰めてくれた。タキさんからも「ちゃんと飯は食えよ」とチャットが来た。相変わらず優しい彼の言葉が心に沁みた。「あなたは私の母ですか?w」そう返しておいた。
せっかく通話しながら遊んで盛り上がった所なのに、今週はFUMIさんともライムさんともあまり絡めなかった。領土戦が近いから、色々と準備があるのだろう。私がインすると、大概誰かとパーティー中で声をかけづらかった。 FUMIさんの声、聞きたいな・・・。落ち着いた低音でおかえりって言ってもらいたい。チャットと、ほぼ変わらないテンションだけど、やっぱり直接喋る方が会話は多い。4人でわいわいしていると、聞き役に回る事も多いが、チャットと同じ様に色々教えてくれるし…というのは建前で、とにかく声が好きだった。自覚は無かったのだが、私は声フェチなのかもしれない。
明日からは待ちに待った年末休暇。何とか仕事の区切りもついた。実家には31~2日まで帰省しようかな。となれば。今夜からは夜更かしするぞ~!と意気込んでPCの電源を立ち上げた。ログインした途端、フミさんからチャットが飛んできた。
「こん」
「こんばんわ~」
「今仕事から帰って来たの?」
「うん、今週きつかったー」
すぐにチャットをくれた事が嬉しいのに、さっそく泣き言。それに加え相手がFUMIさんだと、甘えたくなってしまう。べたえたされるのが嫌そう、という勝手なイメージから、こういう泣き言とか愚痴とかを言う事を避けてきたが、今週はメンタルの限界だった。
「お疲れ」
「ありがとー遊ばないと死にそうだよ」
「あはは、じゃー遊ばなきゃ。何行きたい?さとーさんの行きたいのに行こう」
「んーやっぱ冥界かな!」
「おk-」
フレンド欄からパティーのお誘いを飛ばそうとしたら、FUMIさんはまだ誰かと組んでいる所だった。もしかして、私が誰かと組む前に確保しようとしてくれた・・・?そんな期待をしてしまう。
「ってふーみん、まだパーティー中じゃん」
「もう終わる」
「うわー難しいフィールドじゃん!集中しないと死ぬよ!」
「全然おkーw」
「えーw」
「ギルドの人達だしwどうにかしてくれるw」
「さすが大手ギルドw」
安心して任せられるパーティーっていいなと思う。自分のギルドは、マスターのSoraさんは飛びぬけて上手いしレベルも高いが、その他は自分と同じくらいのレベル帯の人が数人と、自分よりもレベルの低い人が大半だ。初心者に優しいエンジョイギルドなのに、そこにずっと居座っているせいで、どちらかというと自分の立ち位置が古株になってしまった。FUMIさんやライムさんに比べると全然頼りないけど、これでも後輩達を引っ張って行く側だ。ギルドメンバーみんな仲良しで、居心地はいいのだが。最近ちょっと物足りなさも感じる。
「おまたせ」
FUMIさんからパーティーが飛んできた。
「インしたばっかだけど、大丈夫?」
何の事か分からなくて、チャットを返さずにいると、
「日課とか、やらなくていい?」
「ああね!後でするよ~」
「職人してきてもいいよ。俺も荷物整理してくる」
「じゃあお言葉に甘えて」
そういえば、ログインしてからのルーティーンすらまだだった。ギルドにまだ挨拶をしていなかったし、日課や職人クエストなども忘れていた。FUMIさんと話しているだけで、私の余裕を全部持っていかれる。私の中で、FUMIさんのウェイトがどんどん大きくなっていく。ギルドチャットに切り替えて、挨拶を送る。いつも通りの挨拶が返ってきて、やっぱり居心地がいい。
「ディムコしない?」
「する!」
FUMIさんからのお誘いに、即答してしまった。食い気味に。期待していた言葉をFUMIさんから聞けて、口元がにやつく。いそいそとイヤホンマイクを準備した。
「準備いい?」
「おっけー!」
「かける」
PC画面にFUMIさんからの通話がかかってきた。
「もしもし?」
「おつー」
「お疲れ様です~」
「さとーさん久しぶり」
「忙しくて、毎日日課しか出来てなかった」
「年末だから?」
「そだねー急な案件で」
「そっか、大変だったね」
「ありがと~ふーみんは今日仕事納め?」
「うん、うち大体カレンダー通りだから」
「いいねー」
他愛ない会話が続く。
「今年一年お疲れ様でした~」
「まだ早いw年末は実家帰ったりする?」
「そだね、ちょっと帰ろうかな~」
「実家近いんだ?」
「まあまあかな。電車で1時間くらい」
「そっかー、一人暮らしいいな」
「あ、ふーみん実家なの?」
「そうそう、兄弟多いし俺も家出ようかなw」
実家なのは意外だった。FUMIさんがどんな部屋でゲームしているのか気になる。
「賑やかなのいいね~私一人っ子だから」
「おー箱入り娘だ」
「そんなんじゃないけどw」
「都内実家だと出づらくてさ」
「わかるw家賃かからないの最強w」
「それなwまあ少しは家に入れてるけど」
「えらいw」
「普通だってw」
少しずつFUMIさんの事が見えて来る。チャットだとゲーム内の話ばかりだったけど、通話となるとリアルの話もついついしてしまう。そしてやはり会話が圧倒的にテンポが早いので、距離が詰まる気がする。
「さーて、冥界行く?」
「行きたーい。この間のと合わせて、やっと防具の腕が作れそう」
「いいね、このペースだとすぐに全身揃うな」
「お陰様で!4人だと配分が多くてありがたい」
「たしかに。6人パーティーだと早いけど、いつもの4人が良いよね」
「うんうん。タキとライムちゃんも空いてるかな?」
「ライムはまさに今、先輩に冥界連れまわされてるな・・・」
「領土戦に備えてるのね~」
「もうすぐだからなー」
「いいな~私も連れ回してくれる先輩が欲しいー」
「ソラに頼めばいいじゃん」
「え!ソラさんと知り合い?!」
「ああーなんていうか・・・」
「え、まさかソラさんも元カノとか!?!?」
Soraさんと知り合いと知って興奮してたとはいえ、これは地雷を踏みぬいたかもしれない。FUMIさんの発言が途切れた。
「ソラもって、ライムから聞いたの?」
「あ・・・うん。ライムさんと付き合ってたのは聞いちゃった。ごめんね」
しまった・・・つい、距離が縮んだ気がして気安くなりすぎた。別に口止めされていた訳でもないが、気まずい。ライムさんにも何だか悪い気がする。こういう時チャットじゃないと、自分の思考を話し過ぎてしまうから、気を付けないと。
「いや、別に全然良いんだけど。そっか、今はもうライム普通に友達だから」
「うん、ライムちゃんもそう言ってた」
FUMIさんの口から聞くと、結構クる。FUMIさんと付き合っている訳でもないのに、二人とも私に弁解する。そんな必要ないのに、同じ事を言っているのが、少しおかしかった。
「妹なんだ」
「え・・・?」
唐突で、分からなかった。
「ソラは、実の妹w」
「妹!?」
迷ったように言ったFUMIさんの答えが、私の予想の斜め上で、思わず声が大きくなってしまった。
「本人はまだ、俺とさとーさんが繋がってるって知らないっぽいから、ソラと話す時は知らないフリしといて」
世間は狭すぎる。私は一人っ子なので、兄弟の距離感というものは良く分からない。この歳になって、一緒のゲームで遊ぶっていうのは、相当仲が良い兄弟だと思う。でも人間関係までシェアしている訳ではなさそうだ。
「そっか・・・了解~・・・意外過ぎてびっくりしたー・・・」
驚きと同時に込み上げるこの感情は、安堵だ。FUMIさんの過去の恋愛をもうこれ以上知りたくないし、いらない嫉妬もしたくない。
「まー仲良くしてやってw」
あはは、と笑うFUMIさんの声がお兄ちゃんの声で、きゅんとする。きっと優しいお兄ちゃんなんだろう。
「それはこっちのセリフだよー!いつもお世話になってばかりで」
「ギルマスなんだから当たり前だろ?」
「いあいあ、私ソラさんに育てられたようなもんだよ~バトルの事も、装備とかクエの事とか」
「ソラはそんなバトル上手くないから参考にならないでしょw」
「そんな事ないって!上手だし、ほんと気遣いが凄くて、良いお姉さんだと思ってた」
「さとーさんの方がバトル上手いってw」
「いあいあ、上手くないw買いかぶり過ぎ」
「それに歳はそんな変わらないと思うけど」
これってチャンスだ。FUMIさんの年齢を聞くチャンスが降って来て、一瞬迷うが・・・
「・・・ぶっちゃけ、ふーみんていくつなの?」
この質問はブーメランで私に返って来ると思うが、気になり過ぎて我慢出来なかった。
「ぶっちゃけ29ですよ」
即答で答えてくれたこと驚きつつも、男性ならそんなに気にしないのだろうか。そして思っていたよりも若かった。落ち着いているから30代かなーと想像していたのだが。
「ぶっちゃけてくれてありがとうwそっかーてことはソラさんはもうちょい下なのね~私よりも年上だと思ってた」
「今年24だよ」
「うわ!若い・・・てことは私より2個下ですね・・・しっかりしてるなあ・・・」
「さとーさん26なんだ」
さっきFUMIさんが自分の歳を教えてくれた時に聞き返されない事に安堵していたが、私の個人情報も明かさないと不平等な気がして、私は素直に打ち明けた。FUMIさんよりも自分が若いという事実が確定したから、打ち明けてもいいという気になった。もし、FUMIさんよりも自分が年上だったら絶対言いづらかっただろう。
「そうだよー別に隠してたわけじゃないけど・・・言っちゃったw」
「俺が言ったからって別に気にしなくて良いのにw」
「いやー、そんなんじゃないけど・・・で、予想通り?」
「んー、最初会った時は、反射神経良いからもっと若いかと思ってたけど」
「うわ!予想より老けてて悪かったですね!」
ついつい意地悪な反応をしてしまった。確かにもっと若ったらならこんなに年齢の話で卑屈にはならなかっただろう。
「ちょ、ちゃんと最後まで聞いてwでもいつも冷静だし、仕事忙しそうだから俺と同じくらいかと思ってた、って言おうとしたのにw」
「えーそれ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「ふーん・・・なら許す!」
「よかったーww」
FUMIさんの心底安心したというような声に、思わず笑ってしまった。つられてFUMIさんも笑う。思い切って聞いてみて良かった。歳が近いと安心する。無条件に気を遣わなくても良い。ゲーム内であっても、あまりに年上だと、私は何となく気を遣ってしまう。
「よし、職人クエ終わったよ」
「タキとライム誘うか~」
「ライムちゃん空きそう?」
「ん、拉致る」
「ひえw」
「拉致る」って過激な言葉だ。有無を言わさず強引に誘うという意味だが、それは本来の意味から派生して絶対来てくれるという確信があるから出る言葉で、その信頼関係が二人の間でが出来上がっているのだ。少し妬ける。でも、今更FUMIさんとライムさんの間に入ろうなんて思わないし、二人の過去を探ろうという気にもならなかった。ほんの少しだけ、思わない事もない。
話しながらだと日課もあっという間だ。もうちょっとだけ二人で会話していたいような気もしたが、すぐにタキさんがVCとパーティーに参加した。ライムさんはもう少しかかるとの事で、しばし3人でご歓談。というには少し気まずい空気だ。FUMIさんは、私がタキさんから告白された話は全然しらないし、大人なので表立って会話がぎくしゃくする訳ではないが、何となくこの3人は私にとっては居心地が悪かった。
「やばい目がしぱしぱする~、会社でもずっと画面見てるもんなあ」
適当な話題でお茶を濁そうとするが。
「あーSEだっけ?」
タキさんには以前仕事の話を少しした事があった。いきなりリアルの話をぶち込まれる。
「そうそう、ずーっとちっさい文字ばっか見てて、眉間に皺よるw」
「へえ、SEしてるんだ。ブルーライトカットの眼鏡いいよ?」
FUMIさんが答えた。
「ああ~、先輩もしてるな~私も買おうかなー」
「何々、ふーみん眼鏡なの?」
タキさんのナイスなツッコミ。FUMIさんの容姿にまつわる話題には興味津々だ。
「家でゲームする時はね」
やだ、眼鏡なFUMIさんとかエモい。そう思ったが、何とか声に出さずに済んだ。素顔を見たことないのに、眼鏡をしている彼を想像するだけで、何でこんなにきゅんとするんだろう。私って眼鏡の人好きだったっけ?そういえば元彼も家では眼鏡をかけていたっけ。って、コンタクトの人なら誰でもそうかー…。
「タキは最近仕事どうー?」
このままだと、私の眼鏡フェチが暴走しそうで気まずいので、タキさんに仕事の話を振る。矛先を私からタキさんに向けたかったが、これも結構な個人情報だし、FUMIさんはタキさんの職業なんて、今日初耳な話題だろう。
「まーこれからだな~3,4月に向けて不動産業は忙しいから」
「あー新年度に向けて引っ越し多いもんねえ」
「そうそう」
「タキって不動産関係なんだ?」
「そうそう~おうち探しはこちらまで」
「確かに営業向いてそ」
「さすがふーみん見る目あるぅ。これでも営業成績いいんだぞ」
タキさんがお茶らけてみせた。
「さすタキー!」
私は盛り上げようとそのノリの乗るが、心の中ではライムちゃん早く来てと叫ぶ。
「ふーみんはどんな仕事?」
グッジョブ、タキさん。私もまだ聞いた事が無かったので感謝する。
「俺?んー、車のディーラー」
「やだかっこいい」
「タキww」
タキさんの裏声での発言に、FUMIさんが吹き出した。
「やー、車輪が付いた物が好きなのは、男子の遺伝子に組み込まれてると思うんだよねー」
タキさんはどうやら車が好きらしい。大分前の会話だが、たしか新車がどうのって話た気がする。
「なるほど?w」
「車いじれるのとか、男子ならみんな憧れるわー」
「いや、営業寄りよ。カスタマイズ的な事はほぼしないから」
「へえ~」
「俺今MUNI乗ってるんだけどさー・・・」
ギアがどうの、パーツがどうのと二人は話だしたが、車に詳しくないのでタキさん達の会話についていけない。私が心配する程、彼ら2人は気まずさを感じていないのかもしれない。私が自意識過剰だったんだと思う程、車談義で盛り上がっていた。無理やり会話に入る必要もないだろうと、二人の会話に聞き耳は立てつつPCの画面に戻ると、丁度ライムさんから個人チャットが来たところだった。
「ごめーん!今終わったよ!」
「ライムちゃ~ん!待ってたよ!!」
「あとちょっと待ってね~、準備出来たら通話入るね」
「おk-!」
ライムちゃんのチャットに返事する。後ろでは相変わらず二人の車談義が聞こえていたのだが、
「さとーさん、ライムとチャット?」
急にFUMIさんが私に話を戻したので、どきっとした。
「あ、ごめん、キーボードうるさかった?最近ゲーミングキーボード買い換えたら結構音するんだよね」
「いあ、音は全然煩くない。大丈夫」
「へえ~いいじゃん!」
「ライムちゃんから、今終わったって来たよ」
「了解~」
「もう4人でいいよね?」
タキさんがメンバーの確認をした。
「俺はおっけー」
「私もおk。まったり行こー!」
ライムさんが通話に参加した。
「お待たせ~!」
「よし、揃ったな」
「行こう」
それぞれ、ワープポイントへワープした。
ライムさんが参加してからは通話でも安心感があって、この日は久しぶりに思いっきり笑えた気がした。
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