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うちの家族は、私から見ても変わってると思う。
ごく普通の中流家庭だというのに、私立の女子校に幼稚園から通っていた私は、周りの子たちからすると浮いている存在だった。
別に仲間外れにされるとか馬鹿にされるとか、そういう事は全くなかったが、どこどこの社長令嬢や、一般家庭でも教育熱心な両親の娘さんに比べると、成績も中の上程度、ピアノやバレエなんかにはからっきし興味ない私は、のほほんと一人場違いに見えただろう。
本当はお金も掛からない公立で良いと言ったのだけど、何故、女子校に通っていたかといえば、父親たっての願いだったから。
所謂、草食系男子の父親。実年齢は四十過ぎだというのに、大きな眼とふわふわのくせ毛とが愛らしく、実年齢通りに見られた事は一度もない。二十代でも通ってしまう事があるくらいだ。ぽやぽやとした空気も一因だろうと思う。
父親似だと言われる私と並んで歩けば、兄弟にしか見られない。
その父親が、可愛い娘に虫が付くのを嫌がって、女子校に入れていたというのに。
お父さん、ごめんなさい。あなたがしっかり護ってきた娘の唇は、ゲイの男前に奪われました。
あ、ゲイじゃなくて両刀だったのか。
ラグラスの鳩尾に拳を埋めたまま、そんな事を考えていた私は、ふっ、と自嘲気味に笑ってから拳を戻した。
苦しそうに身体をくの字に折ったままの彼を見下ろして、捨て台詞を残す。
「その綺麗な顔に免じて、ボディだけにしといてあげるよ」
「お、まえは…本当に……」
私の鳩尾を喰らって喋れるなんて、中々やるなラグラス。あれ?私なんか悪役っぽくない?
空手有段者の警察官である長兄からは護身術を、格闘技好きの次兄からはムエタイを習っている私。痴漢撃退にはかなりの自信があるというのに、そんなに直ぐ復活されると困る。幾度も遭遇した痴漢どもは、一撃で撃沈して警察送りにしてやったのに。
もう一発いっておくかと一瞬思ったが、捨て台詞を残した後に追撃なんて格好悪い。
「まぁ、いい。これで俺が同性愛者ではないと証明出来ただろう」
「…なんだって?」
今、なんつった?!
轟々と起き上がる怒りに、私は頬を引き攣らせた。
まさかこの男、自分がノーマルだと主張するためだけに、この私の唇を奪ったというのか!
いくら男前でも、この星では王子様だとしても。
やっていいことと悪い事がある!
「酷いっ!」
わぁ!と、大袈裟に声を上げてしゃがみ込んだ。
こういう時は、悲しかった事を思い出すんだよね。子供の頃から一緒だった柴犬のたろが天寿を全うしたのは、昨年の秋だった。たろが死んでから僅か一月でチワワの子犬を買ってきた母親とは、愛情に差があるんだから!
う、うううう。
たろぉおおおおお!
「わ、わたし、初めてだったのに」
精一杯声を震わせて涙を零す。たろ…うううう。
「酷い……」
初めては好きな人が良かった、なんて事は言わない。
というか、実は初めてではないのだ。
中等部辺りから、何故だか分からないが女の子たちにモテるようになった私。背が伸びはじめたせいか、母親譲りの男っぽい性格のせいか分からないが、あい先輩、あい、と寄ってくる女の子たちは可愛かった。流石に「お姉様」は勘弁してもらったが。
友達に連れられて入部した演劇部では男役ばかりだったなぁ。可愛いカッコイイで分ければ、だれもが可愛い部類に入れてくれる顔立ちなのに。
高等部一年の文化祭で白雪姫の王子役をやらされ、超美少女の白雪姫にファーストキスを奪われた私は、なんで男として産まれなかったのだろうと涙したものだよ。
父親譲りのふわふわくせっ毛の隙間から彼を盗み見ると、物凄く狼狽してこちらを見下ろす蒼い双眸が眼に入った。
んふふ。私の唇を弄んだ罪は重いんだからね!まだまだ虐めてやる!
頬に出来た幾筋かの跡。潤んだ瞳を強調するため、私は瞼を落としてからゆっくりと押し上げた。そうして、じっとラグラスを見上げる。
彼は私の表情にぎょっとし、双眸を更に大きく見開いた。
「私の国ではね、結婚式で誓いのキスをするんだよ。一生を添い遂げる人に、神に捧げるために、大事に護ってるんだよ」
大嘘だ。
などと言う人間がここには居ないのだから、好き勝手言わせて貰おう。精一杯悲しそうに見えるよう、噛み締めた唇を震わせて視線を落とした。
「私にはもう…幸せな結婚は、出来ないん…だ……」
声音を震わせて再び膝を抱え込む。小さく肩を震わせるのも忘れない。
さあ、演劇部を怒らせると怖いんだぞ!(男役ばかりだったけどとか言わない)
さあ、どうする?!
「……分かった」
うぁお!危ない危ない、寝るトコだったよ。
数分の沈黙の後(あまりに黙りこくっているものだから、うとうとしてしまってた!)彼は零す様にそう言った。
ほう!慰謝料でも払う気になったか?でも、こっちの通貨を貰っても仕方ないんだよなぁ。地球でも価値があるような宝石とか金とかってあるのかな?
そんな事を考えていると彼が正面に座り込んだ。
「立ってくれぬか?」
「え、なんで?」
「いいから立て」
むう。何と俺様だ。
渋々と立ち上がると、彼は片膝を付いて私の手を取った。騎士が姫に傅くようだ、とぼんやりと彼を見下ろす。自分を見下ろしていた人間を逆に見下ろすというのは、ちょっと気分が良い。
「責任をとる」
「ふえ?」
えーと、責任をとって慰謝料、ってことだよね?
怖いくらい真剣な光を点した蒼い双眸に、まさか、と血の気が引いた。
これはあれだ。騙してはいけないタイプの人間だ!
手の甲に唇を落とした瞬間、私は全てを悟ってしまった。
「お前を妻に迎えよう」
おおおおお!冗談が通じない、超純粋な人間だぁ!
今時は幼稚園児でも疑うような事を、さらっと信じてしまった。君はオレオレ詐欺に簡単に引っ掛かるぞ!
「そ、そんなの無理だよ」
「何が無理だというのだ」
「えーと、ほら。ラグラス王子様じゃん」
「国に戻るつもりはない。戻ったとしても、血筋など気にせぬ。誰にも口を出させはせぬ」
「わ、私、この星の人間じゃないし、き、木村さんが許すはずないし!」
「あれには関係ないだろう」
ちょっとお!こんな展開聞いてないぃ!ムリムリムリ!
思考回路が壊れた。停止なんてもんじゃないよこれ。なんも浮かばない。脳みそパーンだよ!責任とって欲しいとかじゃなくてさ、慰謝料が欲しいとかでもなくて、ただ、仕返ししてやろうと思っただけだったのに。
っていうかさ。
「ラグラス、綺麗過ぎて好みじゃない」
あ、パーンってなり過ぎて、思わず言っちゃった。
ラグラスは完全に凍り付いている。
いや、そうだよね。これだけ完璧に綺麗な顔してて、好みじゃないとか言われたことないよね。傷付けちゃったかなぁ。
いやいやいや!元はと言えば、ラグラスが私の唇を奪うからいけないんじゃないか!私が罪悪感を感じる必要ない…よね?
「何て罰当たりなのお!」
「うお?!」
突然の叫びに、私はびくりと身体を震わせた。
すっかりと存在を忘れていたメイドちゃんは、大声で叫んだ後、洗濯物をカゴごと放り出してわなわなと震えている。
「アベル様の求婚を断るなんて、神への冒涜よ!あなた、世の女全てを敵に回したわ!」
「ええええー!?それは嫌だ!困る!」
私としてはこのメイドちゃんに嫌われるのも痛いのに!
女の子とは護り慈しむべき存在だ、と言われ続けて育てられた私。その信念を叩き込んだのは尊敬する母親だ。
だからと言って、ラグラスと結婚するなんてありえない。色々とまあ、ありえないよ!
今更冗談でした、なんてのはこの空気で言えるはずがない。
「どどどどうしよう!」
「お前…俺に聞くのか」
「だだだだだだって!女の子に嫌われるなんて、ありえないよー」
「……お前こそ、そっち系か?」
「そういう汚れた眼で見ない!プラトニック!プラトニックなんだよ?!私にとって、女の子とは愛でるものなんだよっ!」
恋愛対象なんかになるものか!女の子を汚すなんて、想像もしたくない!
「私の大事な女の子を汚す男なんか罰当たれぇ!」
「お前、産まれてくる性別を間違えたのだな」
「うん!心底そう思う!」
きっぱりと言い切った私を、冷やかな眼差しが貫いていた。