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背を撫でる優しい手つきにちょっとだけうとっとしてしまったらしい。
気付いた時にはそこに美少女ちゃんは居なくて、私はちょっとだけほっとしてしまった。
「美少女ちゃんは?」
「出て行かせた…飲め」
「ん。ありがとう」
泣き疲れて眠くなるなんて子供みたいだ。
差し出されたコップの水をこくこくと流し込み心地付くと、彼の胸に頬を擦り身を預ける。
「しつれん…」
「本気だったとはな…」
何だその溜息は。
だって、あんな見たことも無い美少女。誰だって恋しちゃうよ。要らない、っていうラグラスが変なんだよ。
「もうちょっと頑張ったら友達になってくれるかなぁ」
「根本的に間違っておると思うがな」
「何で?」
「あれは正妻の座が欲しい。だが、俺はあれと結婚するどころかお前を正妻にするつもりとあらば、お前は邪魔なだけだ。友になどなれる訳がない」
「全部ラグラスのせいじゃない!」
「煩い。そもそも、お前は良くても、あれは同性を受け入れるつもりはなかろう」
「だから友達からって言ってたの!ラグラスのせいで初対面から最悪じゃんかぁ」
ラグラスが私と結婚なんて言わなければ、きっと彼女と良い関係が作れたはずだ!恋愛相手としては駄目かも知れないけど、あんな冷たい眼で見られることは無かっただろう。
「おっちゃんを抱き込んどけば良かった」
「それは意味があるのか」
「あるよう。親に「あの子とは遊ぶな」とか言われちゃうと、子供もいうこと聞かなきゃなんだよ」
「そうなのか?」
そうなの、と答えて私は彼の胸板を押した。ベッドから下りて凝り固まった身体を伸ばす。
「よっし!美少女ちゃん口説いて来よう!」
「諦めろ」
「無理!友達になるまで諦めない!」
諦めの悪さは折り紙着きだかんね!
「アイ」
「はい?」
手を引かれ、再び彼の胸に抱き込まれる。ただのセクハラかと思えば、ラグラスは困ったような笑いを噛み殺したような表情でこちらを見下ろしていた。
触れるだけのキスを落として、くっと肩を揺らして笑う。
「お前は本当に不可思議だな」
「そんな事ないよ。普通、普通」
声を上げて笑い出したラグラスに頬を膨らませた。笑うトコ違う!
「あら、もう御目覚めですの?」
「うん」
おっちゃんとお茶をしていた彼女が意地悪く微笑んだ。その小悪魔的微笑みも可愛くって、私はへらりと笑ってしまう。
先に断っておきますが、と彼女は微笑み濃くした。
「わたくしが貴女に傾倒することはございませんので、早々に諦めるのが賢明かと」
「うっわーきっつい!でも、是非お友達に」
「そうですわね…貴女が、二号さんに引き下がって下さるのなら」
「えー!私なら、美少女ちゃんみたいに可愛い奥さんがいて、二号もって考えられない!美少女ちゃんにどっぷり浸かるよ?!ラグラスの変態!」
「何故そうなる!」
「だってそうじゃんか!美少女ちゃんも私も、なんて、どんだけ精力有り余ってんの?!いっちょ木村さんに分けてあげたら良い」
「とにかく!お前は黙れ!」
いつもより強いラグラスの剣幕に圧され、私はぐっと唇を噛んだ。
嘆息を零した彼は美少女ちゃんへと向き直り、冷ややかに彼女を見下ろす。
「俺が国を出た際に婚約は破棄したはずだが?」
「わたくしが直接受けた訳ではございませんので。わたくしも、叔父も、納得などしておりませんから」
「叔父上」
「何だ」
「貴方はどう思っておるのだ」
「わしは国を出た身だからな。当人同士でどうにかしてくれ」
面倒なと言葉にしないだけでおっちゃんはそう言っている。父親だというのに、なんと投げやりな。
「ともかくだ。俺はお前とは結婚せん」
「こんなに御慕いしておりますのに」
そう言って彼女は双眸を潤ませた。揺れる瞳からこぼれ落ちそうな雫に私はどきりとする。
「ああああ!謝れラグラス!」
「は?!」
「ごめん、ごめん!だから泣かないで!あなたに泣かれると、私心臓が破裂するかもしんない!」
わたわたと慌てる私に視線を移動させた彼女は、ぱちくり瞬きを繰り返し、湛えていた涙を一筋頬に流した。
それのなんと美しいことか!
「ごめん!美少女ちゃん!」
私は彼女の細い肩を抱き込んだ。これ以上、彼女の悲しみを見ていられなかった。
「チッ」
…え?
な、なに?今何か聞こえた気がしたけど…
「貴女に効いても、何の得にもなりませんのよ。脂肪、押し付けないで頂戴」
黒い。彼女から黒いなにかが噴き出している。
慌てて身を剥がして顔を覗き込むと、にっこりと笑顔を造っているくせに彼女の華奢な身体からは黒い空気が噴き出していた。
「わたくし、貴女みたいな人が大嫌いなんですの」
彼女は美しい。それは恐怖を感じるほどに。
「ですから、ご友人にもなれませんわ」
私は喉を詰まらせたらしい。その笑顔に何も言えずごくりと唾を飲み込んだ。
「俺もお前を妻にするつもりも側室にするつもりもない」
ぐいと肩を引かれ、そのまま広い胸に身を預ける形になった。
「そくしつ…側室!はーれむ!」
「ハーレム?」
「側室ってあれよね、王様が囲ってる女の人たちの事よね。後宮というハーレムに住んでて、二号どころか、三号四号と美女たちが居るのよね!」
「ま、まあ、世間一般で言えばな。言っておくが…」
「それってさ!私がラグラスの正妻さんになると、そこで一番偉い人になっちゃって、この美少女ちゃんも私の部下…私の美少女ちゃんになるんだよね!」
「なるか!」
「ならないの?!大奥ではそうだったような!御台所?!」
「…本当にお前は。だからな、他の国がどのような制度をとっているか知らぬが、ロベリアでは側室は許されておらん」
「え?嘘!」
「嘘ではない。後宮の主は確かに妃だが、他に住む者はおらん」
な、何故だ!王様でしょ!妾の一人や二人、ええい、十人くらい持ちなよ!
「旦那様」
「ん、どうした」
この騒動中にも関わらず、動揺一つ見せずに現れたのは壮年のおじさまだった。
腰に剣を下げており、鍛えられた身体は隙が無いように感じる。以前セージさんが言っていた警護の人だろう。
「お客様がお見えでございます」
「今日は騒々しいな。一体誰だ」
「グロリオーサ様でございます」
「何だと!?」
その名に最も反応したのはラグラスだ。
肩に置いた手に力が篭る。それが震えている気がするのは、気のせいではないと思うんだけど。
「まあ!わたくしもご挨拶しなくては」
美少女ちゃんは嬉しそうに腰を上げた。美少女ちゃんも知っている人なのか。
「ご案内しても?」
「ま、待て!アイ、今すぐ帰るのだ!」
「は?な、なんで?」
「良いから…あの人に会ってはならん!」
物凄く動揺しているらしい。わたわたと落ち着きなく私の手を引いた。
何か…ここまでラグラスが嫌がる人って誰だろう。昔の恋人とかなら、美少女ちゃんは喜んで挨拶になど行かないだろうし。
凄い気になる。どんな人か、一目だけでも。
「まあ。何処に行くつもりかしら?」
その声に彼は動きを止めた。綺麗な顔からさっと赤が消えていく。顔色が無茶苦茶悪い!青を通り越して紙のように白いよ!?
「ら、らぐらす?」
「貴女がアイ?」
「はい?」
名を呼ばれてそちらを見る。
私に、雷が落ちた。
キラキラのプラチナブロンドは腰まで流れていて、天然物だというのが信じられないくらいに美しい。
深い海のような、晴れ渡った空のような青色の双眸。
ちらり、と振り返って見遣る。
やっぱり。
何もかもがラグラスに似ている。
纏う雰囲気が若干柔らかくて、なんというか、ラグラスにミルクを入れた…うーん、例え下手だな私。
まあ、まろやかなラグラスだ。
決定的な違いは、緩やかに膨らんだ胸とふっくらとしたお腹--どうやら、彼女、妊婦さんらしい--まあ、女性なのである。
絶世の美女。
「あね、うえ」
喘ぐようなその声に、私は納得して頷いた。
絶世の美女は柔らかく微笑んでいる。
本日二度目の一目惚れに、この世界は美人が多いんだなぁとしみじみと呟いた。
ああ、なんて素晴らしい世界。




