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「痴話喧嘩終わった?……て、小松ちゃん何してんの」
「違いますからもうほんと勘弁してくださいすみませんでした生きててすみませんほんと」
「どうしたの?」
「知らん。さっきからこうだ」
二人が怪訝に思っても仕方ない。
ラグラスの答えは、ボディに重い一発を頂戴したくらいに効いた。そりゃあもう瀕死ですよ。
告白されるのは慣れている。ただし、相手は女の子ばかりだった。
男の子に告白されたのは幼稚園の時だったか。近所の公園で仲良くなった男の子に、大きくなったら結婚しようね、と。子供らしい、ほほえましい約束をしたのだが、父親は激怒してたっけ。公園でその子と会うことは無くなった。それどころか、他にも居た仲の良い男の子たちは、遠巻きに私をみるようになり、公園には兄のどちらかが付き添うようになった。きっと父親が何かやらかしたに違いない。
墓穴を掘った私は、ラグラスに二度目の告白をされてしまったのだけど。
というかですよ。あんなあっさりと頷かないでほしい。本当に好きなのだとしても、もっとこう駆け引きというか、勘違いするなーとか言ってほしかったよ。
思い出しても恥ずかしい!奇声を上げるほどに。他に誰もいなくて良かった、ほんと!
実を言うと「私のどこが好きなの!?」という、私としては至極当然な問いを突き付けようかとしていたのだが、それはもうただのバカップルのやり取りでしかないと思い止まった。この男なら間違いなく真顔で答える。痛い目に会うに違いない。
打ちのめされた私はそのまま部屋の隅にうずくまり、ぶつぶつと念仏を唱えていた。神様仏様木村様。どうぞこの男前をあっちの星に追い返して下さい。魂はちょっと無理だけど、向こう一週間分、いや、一月分のお菓子くらいは捧げますから。
私は意を決して立ち上がった。そうして、ソファに悠々と腰掛けているラグラスにビシリ!と指を向ける。
「とにかく帰れ!悪霊退散!」
「悪霊とは何だ?」
「ええーい!良いから帰れー!迷惑だー!私の平穏な休日を帰せー!」
「お前が来るならば、帰ってやろう」
「だから!私にはこっちでの生活があるの!ニートのラグラスと違って忙しいの!明後日締め切りのレポートあるんだから帰りなさいっ」
「いやだ」
ぐぐぐぐ。何て我が儘な男だ。これが可愛い女の子なら、仕方ないなぁ、と思えるのに、図体のでかい子供のような男が相手では苛立つばかりである。
頼みの綱である木村さんと言えば、私のニート発言がツボに入ったらしく、ニートって、と何度も呟いては笑っていた。そうだよね、木村さんがなんとか出来たのならラグラスはここには居ないよね。
その姿に私は決意した。頼れるのは自分だけなのだ!
「分かった。レポート提出すれば翌日は休みだから、そしたら行こう!だから今日はとにかく帰れ」
「よく分からんが、それまでここにおる」
「おまいはぁあ!だから、何処に居るつもりなの!言っとくけど、私たちの部屋は男子禁制だからね!入れないからね!」
「そうなのか?」
「え?ああ、そうよ。女子寮だから、家族であろうと入れる事は出来ないわ」
「さあ、だから帰れ!」
彼は鼻息荒く言った私をじっと見た後、木村さんに視線を移動させた。
「こちらにも宿はあるのだろう?」
「は?」
「宿を取る。こちらの通貨を貸せ」
貸せというか出せと言わんばかりの彼に、ああ、自分で稼いだ事のない育ちの良い坊ちゃまって感じだなぁと感心する。いや、がき大将か?…なんて感想抱いている場合ではない。
「無理に決まってんでしょ!ホテルに泊まるだなんてとんでもないわよ」
「そうだよラグラス、絶対行くから、あっちで待ってなって」
「知った事か。待つなど性に合わん」
こいつ!何て自己中心的な男だ!
ぎりり、と三竦み状態をしばし続ける。蛇と蛙とナメクジ、だっけ?この場合、私がナメクジだろうか。
「分かったわよ…知り合いになんとかしてもらうから。それくらいは待ちなさい」
深々と嘆息した後、木村さんは携帯を取り出した。
あのね、木村さんが甘やかすからいけないんじゃないかな?!この我が儘は木村さんのせいじゃない?!
喉まで来ている言葉を何とか留めてぎりぎりと歯噛みする。ここでそれを口にしても何の意味も無い。それどころか話が進まないだろう。
いつの間にか目の前に移動していたラグラスに手を引かれ、ソファに…いや、ラグラスの膝に横抱きに座らされた。腹が立つくらいに綺麗な顔は至近距離にある。何だこの体勢。な、殴ってやろうか…
ぴくりと引き攣らせた頬を撫でる手を掴み、ぽいと放れば、その手はそのまま腰に回される。
「セクハラ」
「なんだそれは」
「いいから下ろしてよ」
「大人しくしていろ」
「恥ずかしいの!なにこのラブラブバカップル体勢。心外なんだけど」
意味が分からん、と呟いた後も、腰に回した手を緩めようとしない。木村さんは呆れたように肩を竦めていた。
うおおお、恥ずかしい!憤死する!
「あ、お疲れ様。ちょっと出て来れる?え、無理?それじゃ困るんだって。本社に居る?じゃあ今から行くわ。ギリアにも時間頂戴って言っておいて」
ほぼ一方的の会話を終わらせると、木村さんは行くわよ、と部屋を出た。そこでラグラスの魔の手から逃れた私は、急いで後を追う。
「さっきの誰ですか?」
「私の兄弟に付いてる秘書。事情も知ってるから大丈夫」
「木村さん兄弟居たの?!」
「ええ。今から会うのと、もう死んでしまってるけどライオンとコモドドラゴンが一人ずつ。あれ、一頭って言うべき?」
「動物?!」
「ええ。生命力に惚れたらしいわ。母体がグラジオラスじゃないと、グラジオラスは産まれないから、孕ませたのは完全に親の趣味なんだけどね」
「へぇ…でも、生命力ならゴキ…」
「言わないで!虫全般苦手だけど、アレは死ぬほど嫌いなんだから!」
悲鳴にも近い声を上げた木村さんは、名を口にするのも悍ましいとばかりに肩を抱いた。
そんなに嫌いなんだ…そのうち、害虫駆除と称して虫という虫を駆除してしまいそうな勢いである。
会計を済ませて外に出れば、辺りは夕暮れに染まっていた。
「胃が気持ち悪いな」
ちらりとラグラスを見遣ると、綺麗な眉を寄せ不快そうに表情を歪めていた。
「そっかな?こんな高層ビルのエレベーターなんて私も初めてだけど、浮遊感とかほとんどしないよ」
流石、日本一と言われる企業の本社ビルだ。
役員室や社長室があるフロア直通だというエレベーターは、普通のそれよりずっと豪華で、ふかふかのベンチソファまで設えてある。
ごくごく一般市民の私だが、学校柄、社長令嬢などとも親しくしていた。豪邸や社長室にお邪魔する事も何度かあったが、それとは格が違う。
一般市民から見ればお金持ちなんてみんな同じだけど、お金持ちにもレベルがあるんだなぁ。
ゆっくりと停止し、重厚な扉が開いた。
「わぁあ…ば、場違い!」
「え?」
ロビーも、その奥にあった一般社員には利用出来ないエレベーターも、そりゃあ立派でしたけども!
一歩踏み出した床にはふかっとしたカーペットが引いてあり、ゆっくりと靴が沈み込んだ。壁に飾ってある絵画は億単位の値段が着いていそうである。流石役員フロア。急に自分の存在が場違いにしか見れなくなり、心許なくなった。
ちらり、とラグラスを見るが彼は全く動じた風もない。
ですよね、小市民は私だけですもんね…
木村さんもずかずかと何時ものように進んでいくので慌てて後を追った。
「香奈恵さん」
機嫌の悪そうな、と声だけで分かる、低音で響く誰かの名前。聞き覚えがあるなぁと思ったら、木村さんの名前だった。
振り返ると上等な男の人が無愛想にこちらを見ている。高そうなスーツを隙無く着こなしたその人は、三十代後半くらいだろうか。背はラグラスよりは低いが百八十近くあるだろう。細身の、どこか苦労している感が漂う、ちょっと陰のあるイイ男だ。
この人が木村さんが言っていた秘書さんだろう。秘書といえば美人秘書だが、この人敏腕秘書っぽい。
「ギリアの時間取れた?」
「十分だけですよ」
ええ、と笑顔で頷いた木村さんに、秘書さんは深々と溜息を吐き出した。その表情から、今まで彼女に振り回されたであろう苦労を察する事が出来た。
頑張れ!苦労人!




