1-9
「小松ちゃんに手を出すなんて何考えてんのよ?!」
「お前には関係ないだろう」
「あるわよ!彼女はこの星の人間じゃないの!こっちに来た事を向こうの人間に知られても彼女の身が危ないのに!そもそも、ここの存在を地球の人間に知られたら、資源目当てにやって来るわよ?!」
「全て、お前が招いた事だろう」
「あああああああんたはぁ!だからって、何故リスクの高い小松ちゃんを妻になんて言い出すのよ!」
「面白いからだ」
「この馬鹿王子!」
「煩い。この雌雄同体!」
ぎゃんぎゃんと。
私の耳元で喚き続ける二人に、私は機能停止を余儀なくされた。
頭、痛い。
もう、何でも良いから何処か行って下さい…
戻って来た木村さんは、昨日の経緯をメイドちゃんから聞いたらしく、帰って来るなりここに飛び込んで来た。まさか、同じベッドに、とは思ってなかったらしく、あんぐりとした後に悲鳴を上げた。
そしてそのまま、二人で口論となって今だ続いている。
もお、勘弁して下さい。泣きそうです。
ベッドに膝を抱えて丸くなったまま、私は二人の口論を聞き流していた。というか、頭痛が酷くて内容なんてさっぱりだ。
のそ、と手を伸ばして、届く範囲をごそごそと探ると、どちらかの服を掴む事が出来たので、それを弱々しくも精一杯引っ張る。
「ん?どうしたの?」
気付いたのは木村さんだ。私がもう一度引くと、彼女は側に寄ってくれる。
「頭、痛い。話、違うとこでやって下さい」
弱々しい声に驚いたのだろう彼女は、声の調子を抑え、がらりと様子を変えた。
「どうしたの?薬いる?」
「いる」
「装置直してきたからすぐに戻れるけどどうする?」
「…動けません」
「分かった。直ぐ戻るからね」
そりゃ部屋に戻って一人になりたいが、動けるような状態ではない。
木村さんは軽い足音を響かせて廊下を駆けて行った。
「大丈夫か?」
「じゃない」
「水は飲めるか?」
「…飲む」
グラスに水を注ぐ爽やかな音。彼に支えられて身体を起こすと、グラスを差し出してくれた。
ああ、喉を流れていく冷たい水が心地よい。美味しいなぁ。
「ありがと」
二口ほど飲んでグラスを渡すと再び俯せになる。彼は私の頭をゆるゆると撫で、子供にするように、ぽんぽんとやった。
…彼が見た目通りの年齢だったら甘やかされていると感じたろうが、年下だと知った今では、無駄に子供扱い、恋人を甘やかしているようにしか思えない。
そもそも同年代の男が、これだけ落ち着き払っているのがおかしい。うちの弟はこんな気を使えないぞ。帝王学とかそういうのを叩き込まれたと成果だとかいうのだろうか。
ぐるぐると回る思考。だがどれも、まともには纏まらずに霧散していく。
「なんなのよ。いちゃつかないでよ」
扉が開いたと思ったら、木村さんの呆れた声が飛んできた。いや、どこをどう見たらいちゃついてんですか。
「気持ち悪くはない?」
「はい」
「じゃあ、鎮痛剤だけで大丈夫ね」
再びラグラスに起こして貰うと、木村さんは白い錠剤を私の口に運んだ。じわり、と広がる独特の苦味に顔をしかめると、飲めと言わんばかりに唇にグラスが押し付けられる。
「すぐ効くからね」
その自信満々な言葉に危機感、というか、物凄い不安を覚える。飲み下した錠剤を吐き出したくなるほどに。
「…木村さんが作ったとか言う?」
「あら。よく分かったわね。製薬会社に居た時に開発したの」
出回ってる医薬品より効くんだから、と胸を張った木村さん。
色々と突っ込む所はあるが、これだけは聞いておかねば。
「副作用…とかは?」
「丈夫そうなご近所さんに市販薬のパッケージに入れてどうぞ、って配ってみたけど、全然!」
「お、鬼か」
「え、なに?」
にこにこと全く悪びれた様子もない。これは、本当に悪いだなんて思ってない顔だ。何て自己中心な生き物。
き、木村さんって、こんな人だったんだ…
我が身の心配が無いわけではないけど、木村さんの元ご近所さんが無事だと信じてみる。頭痛も和らいできた気がするし。
「小松ちゃんはラグラスと結婚したいの?」
唐突な話題転換に私はむせた。
「ちょ、待って。まずね、きっと誤解してると思うから言っておくけど、やってないからね」
何もないからとは言えない。濃いキスをされた上に、首筋には歯型が残っちゃってるかもしれないし。
「ラグラス。女同士の話があるから出てって」
私が扉を指差すと彼は僅かに眉を寄せたが、黙って出て行ってくれた。
さて、と。念の為、指輪を外しておく。
「私、結婚するつもりも、彼と付き合うつもりもありません」
きっぱりと宣言しておく。ラグラスの気まぐれで木村さんの恋敵になるつもりは毛頭ない。
「でも、あれは言い出したら聞かないわよ」
「だから、今だけ言わせておけば良いんですよ。頭痛が引いたらすぐ帰って、こっちにもう来なければ良いんだし」
「…狡いわね」
「じゃあどうしろと?」
木村さんは、いやまあ、と頬を掻いて頷いた。
そもそも。私がここに居ること自体が、木村さんにとって迷惑な話だろう。
「でもいいの?あんな美形、地球には居ないでしょ」
最初は抱き着いてたじゃない、と言う木村さんに私は首を横に振った。
「私、美形って好みじゃなくて。最初は珍しいから触っておこうと思ったけで、ほら、芸能人だーーみたいなノリですよ。それより木村さんこそ、私に取られたら困るでしょう?」
「ううん。私、種が欲しいだけだから」
きっぱりと言う木村さん。感覚が私と違い過ぎて理解不能だけど…それで良いならもう。木村さんたち…えーと…なんとか星人って、恋人とか夫婦とか、そういう概念はないのかな。子孫さえ残せればそれでいいのかも。
「小松ちゃんが採取してくれたら楽ね」
「…謹んで断りします」
木村さんと話しているうちに頭痛はすっかりと引いた。恐ろしいほど効く木村印。怖いことは考えない考えない。
帰り支度の為、セージさんが持ってきてくれた私の部屋着は、クリーニングにでも出したかのように皺一つなくぴしりと折り畳まれており、分不相応だ!と言ってやりたかった。セットで五千円ほどの下着まで丁寧に畳まれていたものだから、申し訳なさすぎて寧ろ泣ける。
それらを着込みながら目茶苦茶な一日半を反芻していたら、木村さんに聞きたい事を思い出した。
「なんでここに武器を持ち込んだんですか?」
「ふえ?」
食欲が湧きそうにない青い果物を口にしていた木村さんは、きょとんと睫毛をしばたたかせ、首を傾げた。
何故そんな事を聞くのか、と言いたげに。
「あの頃ね、まぁ酷い国だったのよ。国王も貴族も遣りたい放題、逆らえば殺される。皆、怯え暮らしていた。そんな中、ロベリアだけは違ったのよねぇ」
恋する乙女のようになった木村さん。ぽんやりとその頃を思い出しているようだった。
「彼の領地は国境沿いで、国王の圧政も弱かったのよ。自分の領民は守る事が出来ても、他の国民は守れない。近隣の領主は、国王と側近たちに怯えて何も出来なかった。立ち上がろうにも立ち上がれなかったのよ」
「市民は立ち上がらなかった?」
「無理無理。食べる事もままならないのに、そんな余裕なんてどこにもないわよ。だからね、私が武器を与えたの。この星には火薬もないから用意するのが大変だったわよ」
「で、そのせいで軍事国家になったと」
「扱える人間はごく一部。他の国に流出したら、それこそ大戦になっちゃうからね」
「なぜ、そんなに肩入れしたんですか」
「あのね!ロベリアはね!ラグラスの何倍もいい男だったのよ!容姿はラグラスより男っぽい感じで、頭脳もなにもかもが素晴らしかった!何としてでも種が欲しかったの」
「結局、あんたの欲望だけかぁ!」
「うん!」
ああもう。そんなキラキラと瞳を輝かせて…
悪気が全くない分、この人、心底質が悪いぞ。
「ラグラスが可哀相になってきた」
「え、なぁに?」
「…何でもないです」
結局、木村さんの「種が欲しい・子孫を残したい」という基本的欲求にラグラスは振り回されているのだ。
「でも。それだけ助力したのに、種も貰えなかったんですか?」
「それだけは言わないで…」
がっくりと肩を落とした木村さんも被害者なのかも知れない。
酷い男だ、初代国王。