後編
「ねえ、アラン。今日は久しぶりにあなたに会った時の夢を見たわ」
「あの時の……」
あの頃の自分は血気盛んで今思い出すと穴があったら入りたいくらいだ。
あの後ジェシカ王女を何とか俺のパシリにしてやろう計画は早々に頓挫された。
王女に無礼な態度を取って父に呼び出されて殴られたが、それでも辞めずにどうにかして嫌がらせをしてやろうと思ったのに気が付けばこのジェシカ王女にいいように転がされいつの間にか下僕のような扱いになってしまった。
あの時一緒に行動していたはずの取り巻きは1人残らず離れていき俺の元に残ったのはこの我が儘王女だけ。
一体どうしてという気持ちもなくはなかったが、俺の取り巻きたちが親の汚職や自身の行いで身を滅ぼして行ったのを見ると自分ももしかしたらああなっていたかもしれないと思うとそんな奴らとの関係を切るきっかけになったジェシカ王女のことを憎み切れない。
父は他国の王族とはいえ、王族のお気に入りとなった俺のことは将来を期待しているとか言い出してきたのは笑ってしまった。
だって、数年前は王族に喧嘩を売った馬鹿者と罵っていたのにこの変わりよう。笑うなっていう方が難しい。
「今日は卒業式だからじゃないのか?」
「そうね。思ったよりも早かったわ」
俺たちは今日この学園を卒業し晴れて貴族の一員として認められる。
卒業したらジェシカ王女は国に戻るのだろうか? ふと、そういえば彼女の進路を聞いていなかった気がすることに気付いた。
王族だから戻るだろうと勝手な思い込みがあったのかもしれない。
「ジェシカ王女、卒業したら」
「アランそろそろ卒業式が始まるわ」
「あ、ああ……」
タイミングが悪かった。
先生たちが会場に集まるように叫んでいる。
出席番号は離れているからジェシカの姿は見えるけど会話は出来ないくらいの距離になる。
話しが出来るのは卒業式が終わってクラスで先生の話しを聞いてからだな。
長すぎるが仕方ない。
「じゃあ、また後で」
「そうね」
にこやかに笑うジェシカに声を掛けて列に並ぶ。
これでこの学園ともお別れか。
もしかしたらジェシカとも今日でお別れなのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
そう思っていた時期が俺にもありました。
「何でだよ!!」
「アランってば何をそんなに騒いでいるの?」
首を傾げるジェシカは可愛い。可愛いが今は違う。
「何で俺はベアロ国に居るんだ?!」
「私が連れて来たから?」
「そこだよ。俺は帰って」
「あら、だめよ。アランは私の隣に居なくては」
びっくりしてジェシカの顔を見ると王女の顔は至って真面目だ。
「それにあなたのお父様の了承は取ってあるの」
ジェシカが目配せをすると侍女が紙を持って来たのでそれを覗き込むと見慣れた父の筆跡で俺がジェシカと婚約していると書いてあった。
「婚約? いつ?」
「学園で初めて会った時からアランのことが欲しかったの。それであなたに内緒でしちゃったの」
「しちゃったって……」
俺がジェシカになびかなかったら、ジェシカにあの時嫌ってしまったらどうするつもりだったんだと言いたいことは沢山あるが、それよりもだ。
「俺に惚れてたってことか?」
口角が上がりそうになるのを我慢して尋ねるとジェシカはふてくされたように頷いた。
「……そうよ。でも、私はこんな性格だから嫌われたかもと思ったけど、あなたってばいつもぷりぷり怒りながらでも一緒に居てくれたでしょ。だからいいかなって」
「俺の許可もなく?」
「あなたのお父様は二つ返事で了承なさってくれたわよ」
もしかしたらあの手のひら返しはジェシカとの婚約が来たからだった可能性もある。
あの狸め。狸なのは腹だけにしてろよ。
「それで」
「何だ?」
「今さらだけどあなたの返事を聞かせよ」
返事か。
父への罵声をひとしきり胸中で吐き出したい気持ちはあるものの、目の前でどうなのよと睨んでくるが時折不安そうに瞳がかげったりと忙しい。
焦らしてやりたいような気もするが──
「俺も愛してるよ」