前編
僕がまだ初等科の新入生だった頃。
侯爵家の長男として今までちやほやされて来て自分よりも高い地位の人間にも会ったことがなかったために自分に近付いて利用してこようとする者が多く、またそんな奴らにそそのかされ傲慢に振る舞っていた時期だった。
その日もそんな奴らにそそのかされ横暴な態度を取ってどうでもよいことにケチをつけていた。
だが、そんな僕でも一人になりたい時があって、そんな時は裏庭の隅にある大きな木の下でひっそりと過ごすのが好きだったが、その日はいつも誰もいないはずの場所に見知らぬ女の子が本を読んでいた。
初等科の水色のワンピースタイプの制服を着て僕と同い年ぐらいなのに年齢に不釣り合いな難しそうな本を読んでいるその子から目を離せなかった。
柔らかそうなピンクの髪に赤に近い濃いピンク色の瞳。まだあどけない頬は薔薇色に輝いて触ってみたい。
そんなことを考えていたのが悪かったのか少女がふいに顔を上げて僕の方を見てぱちくりと目を瞬かせた。
「どなた?」
形のよい唇から零れる声は可愛らしく高く澄んでいてまるで小鳥のようでずっと聞いていたくなるがじっと見つめてくる少女の眼差しにハッとした。
「ここは僕が見つけた場所だ。どこかに行け」
「だから?」
「は?」
「あなたが見つけたからと言って私が動く理由はないわ。もし、ここから動けというのならあなたがどこかに行けばいいだけじゃないの」
「なっ!」
「それにここは学園の敷地よ。どうしてあなたみたいな一生徒に言われてどかなくちゃいけないの?」
「僕は侯爵家の息子だぞ!」
「あら、学園の規則では身分にこだわらないとあったけど期待外れね」
ああ言えばこう言う。その日はチャイムが鳴ってしまってその場を去るしかなくて悔しくて仕方がなかった。
だから次に会った時は絶対に僕の方が偉いことを分からせてやる!
◇◇◇◇◇◇
「何故だ」
次の日からあの時の少女を探しているのに全く見つからない。
いつも一緒にいる奴らにピンク頭の女を探して来るように言い付けても見つからずイライラする。
もしかして学園を辞めてしまったのかと思い中途退学者が居ないかと探させたが、そんな者は居なかった。
もしかしたらこの学園の者ではなかったのかもしれない。そうならば探すのが面倒になってしまう。
最近ではあの少女を探しているせいか、いつもつるんでる奴らからの態度がよそよそしいというか、悪いような気がする。
久しぶりにあいつらに構ってやったのにどうしてあんな反応をするのか分からない。
「構わなさすぎたのか?」
だったら今日1日あいつらの相手をしてやれば喜ぶんじゃないのか?
「はい、みんな~座って! 今日は皆さんに嬉しいお知らせがあるの!」
良い案を思い付いたとうんうんと1人納得していると担任のセシル先生が入って来た。
もう授業かと教科書を出そうとしている時にセシル先生の横にあの日見たっきりのピンク髪の女の子。
「みんなも気になってるわよね彼女はジェシカ・ラン・べ・ベアロさん。名前の通りベアロ国の王女様よ」
「先生、学園では身分は関係なく学べると思っていたのですが違うんでしょうか?」
あの子だ! 王女様だったのか! 確かにそれなら俺に媚びへつらう必要はない。
そのことに少なからずショックを受ける。
侯爵家の長男だと今までちやほやされていたのに自分よりも上の家。それもとびっきり身分の高い家が出て来たんだ。
今まで俺に媚を売って来てた奴らだって下手をすると向こうにつく可能性だってある。
こっそりと俺の取り巻きたちの様子を見るが、姫の登場に驚いてるだけのようにしか見えない。
ざわざわする教室の中、声は決して大きくはなかったのに凛とした彼女の声ははっきりと教室内に響いた。
「いえ、でも、王女様になにかあれば大変なことになりますから……」
「では、先生は私以外の生徒に何があっても見て見ぬふりをするということですね」
その言葉にまたざわりと騒がしくなった。
「いえ、そんなことは……あなたたち静かにして!」
先生とあの子のやり取りで自分たちに何かあったとしても助けてくれないんじゃないかと不安になったからだ。
室内のざわつきを無視して少女は空いていた俺の隣に腰掛けた。
「よろしく」
にこりと笑う姿に一瞬見惚れそうになったが、この間のことを思い出すといい気はしない。
「ふんっ!」
勢いよくそっぽを向く。お前なんかと仲良くするもんか。
「ねえ、まだ教科書がないの見せてもらえる?」
「は?」
今なんて言った? 俺は仲良くするつもりがないと態度ではっきりと示したはずなのに。どうしてこの女は普通に声を掛けて来るんだ?
「こ、断る!」
前に会った時はこの学園の制服を着ていた。あの時に制服を仕立てていたのなら教科書だって用意出来たはずだ。
ざわり
「あらそう」
俺の返事にクラスがざわついたもののこの女はぴくりともせずに平気な顔をしてる。
この余裕綽々のすまし顔をいつか必ず俺の下にして俺の言うことだけを聞くようにしてやる!