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「…」
「…」
未だに沈黙が続く。2人とも無言でやたらおいしいケーキを食べ進める。
(いつも1時間ほどらしいから、それまでに話してくれそうな会話があればいいんだけど…。)
時計を見るとあと30分だった。
「あの」
何を話そうか考えていると、まさかのエルノア様から話しかけてくれる。
「は、はい!!!!!」
私の大きな声が響き渡る。
「す、すみません。嬉しすぎて声のボリューム間違えました…」
恥ずかしくて手で顔を隠す。
「フッ」
エルノア様の笑い声が聞こえた気がした。驚いて顔を見るといつもの冷たい顔に戻っている。
(え、幻聴?でも、本当に笑ってくれていたんだとしたら、関係を修復できるかもしれないな)
急に希望が見え始めて、エルノア様の塩対応で死んでいた心が活気を取り戻す。
「君は本当に記憶を失っているようだな。俺のことを覚えていないか?」
「申し訳ございません、全く。ただ…」
「ただ?」
言おうか迷ったけれど、エルノア様は正直な態度を好んでくれる気がした。
「偽っているけど、仲は良くないと聞きました」
「ハハッ!正直だな。誰に聞いたんだ?」
「マルクです」
「あぁ、君の幼馴染の…」
「失礼を承知で聞きますが、なぜ仲が悪いんでしょうか?」
今なら聞けるかもと思ってきいてみたが、エルノア様の表情は再び凍ってしまった。
「…。以前もここでメイドがティーカップを割ってしまったことがあったんだ。その時も君は大丈夫?と聞いたが、今日のように立ち上がってではなく、座って、笑顔で、聞いていた。本気で心配していなさそうだった」
「…そうなんですか?」
「メイドが去ったあと、君も席を外した。心配になって見に行ったんだが、君はメイドを怒鳴りつけていたな」
「え!?!?そんなことがあったんですか!?」
マルクから聞いたユリア像とは全く違う、ユリアらしくないエピソードに驚愕する。
「だが、今日の君は自分のことなど気にせず、本気で心配しているように見えた。君は……、いや、何でもない」
エルノア様が続けて何か言っていたけれど私の耳には何も入っていなかった。
(ユリアがメイドを怒鳴りつけていた?まぁ、怪我していたら危ないし…。でも…)
私はローズのおびえた態度を思い出す。
(ユリアがメイドにひどい態度をとっていたとしたら、あのおびえようも説明がつく)
しかし、マルクは優しくて思いやりがあってユリアは最高と何度も語っていた。嘘をついているようには思えない。
(何この矛盾…。同じ人だとは思えない…)
今考えていても答えは出ない。今は目の前の人に向き合おうと決心する。
「教えていただきありがとうございます。そのようなことがあったとは…、心が痛いです」
「えらく他人事だな」
「申し訳ございません!ただ、今の私の思考とあまりにも違うものですから驚いてしまって…。メイドとは今夜話し合います。私に気付けるチャンスをくださってありがとうございます」
私がそう言うと、冷たい表情が和らいだ気がした。
「君のためではない。私はただ見たものを言ったまでだ」
「それでも、ありがとうございます」
その後はまた会話が無くなった。しかし、最初の時のようなぎすぎすした感じはなく、心地の良い沈黙だった。
あっという間に時間は過ぎてしまい、エルノア様が帰られる時間となった。
「今日は有意義な時間だった。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
「それでは、行こうか」
お茶会の後は玄関で家族そろって見送るのがいつもの習慣らしい。つまり恋人ごっこの始まりだ。部屋を出た瞬間手を差し伸べられる。
「え?」
「?」
エルノア様は何も変なことはないといった表情でこちらを見る。
「何の手ですか?」
「…。いつも手をつないで玄関まで行っていたんだ。ご両親の目があるからね」
(そこまでやる必要ある!?)
恋人ごっこはいつもラブラブ設定らしい。悲しいことに私の得意分野でもあったため、手をつないで玄関まで行く。
「あら、今日も仲が良いわね」
お母様につっこまれる。確かに、これほど嬉しそう顔をされたら、実は不仲です、なんて言えないだろう。
「本日もありがとうございました。ユリアとの時間はいつも楽しく、時間が過ぎるのがあっという間です」
にこやかにエルノア様は言う。
(顔も良いし、俳優いけるね。主演男優賞いけちゃう)
それほどエルノア様の演技は隙がなく、上手だった。私だけが彼の言葉に感情がこもっていないことを気付いているだろう。不仲ということも知っているし、思ってもいないことを言って相手を喜ばせるのは、私が元の世界でやっていたことなので身に覚えがありすぎる。
演技に気が付かないお母様とお父様はにこやかにエルノア様と話を続けている。
「残念ですが、今日は失礼させて頂きます。ユリア。」
初めてエルノア様から私に向けて名前を呼ばれドキッとする。
「は、はい。」
「今日もありがとう。愛しているよ、また今度ね。」
目を見ながらそう言われる。ドキドキ…するかと思ったらエルノア様の感情のない表情を見ると、演技すごいねと感心のほうへ感情がシフトしてしまった。
「ユリア?」
「あ、え、はい?」
「君は言ってくれないの?いつも言ってくれるのに」
(あ、私も両親の前で恋人アピールをしろと…)
「わ、私も愛してます、エルノア様。」
私が言うと恋人アピールに満足したのかさっさと帰って行ってしまった。
(つ、疲れた…)
今日もエネルギー消費が多い、疲れる1日となった。だが、まだ今日を終えることはできない。エルノア様を見送った私は、早速ある人のもとへ向かっていった。
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