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「聞いたよ、ユリア。記憶喪失なんだってね」
マルクと二人で話すことになった。
マルクは綺麗な赤髪で、センター分けにしている。とても整った顔をしていたが、やわらかい雰囲気も持ち合わせていた。以前はテレビでしかこんな顔見たことない。
風俗の経験で男性経験がないのに謎に男性体制が付いた私はまぶしい容姿に耐えることができた。綺麗な顔をしていてもえげつない性癖や思考をしている男がいることを私は知っている。男は顔プラス性格だ。
「そうなの、急に記憶喪失になっちゃって」
「可愛いユリアが僕のことを覚えてないなんて悲しいな」
「ご、ごめんね」
さらりと「可愛い」と言ったことに驚く。しかし、マルクの可愛いにはいやらしさは感じないため嫌悪感はない。
「いや、責めているわけじゃないんだ!ごめん。言い方が悪かった。身体には異常が無いようで良かったよ。精神的な問題かもって聞いたんだけど、大丈夫?今は身体も心もしんどくない?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
「良かった」
と優しい笑顔を向けられる。顔からにじみ出ているようにマルクは優しく温厚な性格のようであった。プレゼント大量の件で、もしかしてユリアに気があるんじゃ?と思ったが、そういった雰囲気は一切感じない。本当の妹のように思って、心配してくれているのが伝わった。
なんでも聞いて良いとのことだったのでいろいろ聞いた。
まず、私は伯爵令嬢というものらしい。公爵には負けるがまぁまぁ良い爵位。そしてマルクも同じ爵位の伯爵令息。私は16歳でマルクは20歳。住む場所も歳も近く、同じ爵位のため月に一度以上は顔を合わすほど仲良かったらしい。マルクはとても頭が良く、勉強を教えてもらっていたとか。
「ありがとう。思い出せないけど、なんとかわかってきた」
「なら良かった。でも、思い出そうと焦らなくていいからね」
「ありがとう」
(マルクは優しいな)
そしてこんな良い人に良くしてもらっているユリアも良い子なんだろう。
(異世界ものは悪女に転生した時点で詰みみたいな状況の時もあるからユリアが良い子で良かった。私だったら絶対挽回できずに死亡エンドだもん)
「良ければ他にも話を聞けたら嬉しいんだけど。そうしているうちに思い出すかもしれないし」
「そうだな…。あっ、そうだ。二日もらっても良いか?そしてユリアの話をしたり過去行った場所に一緒に行ったりしてみよう。丁度休暇中で暇していたんだ」
ローズによるとユリアとマルクはよく外出していたらしい。話が聞けるうえに家の外へ出られる、これ以上ない良い案だと思い私は承諾した。
* * *
1日目は貴族街の市場へ行くことになった。マルク行き先を全部決めてくれている。マルクは馬車で自宅まで迎えに来てくれた。
「今日も可愛いね、ユリア。その服もすごく似合ってるよ」
マルクはすらすらと口説き文句のようなセリフを言ってきた。こういうことを言われるのは苦手だけれど、マルクからはやはり下心は見えないため嫌悪感はない。
「ありがとう。ローズが用意してくれたの。ローズにも伝えておくね」
「ローズ…ってユリアのメイドだっけ?彼女が準備していたんだね、初めて聞いたな」
(ユリア、ローズのこと話したことないの?こんなに良くしてくれているのに)
まだ転生して一日が経っただけだが、ローズに関してだけは違和感がある。
(昨日の遠慮がちなおびえた態度も気になるし、ユリアがマルクにローズのこと話したことがないことも気になる…。2人だけの間に何かあったのかな?)
疑問は募るばかりだが、今考えていても答えは出ないので人生初の馬車での外出を楽しむことにした。
「ユリア、お手をどうぞ」
「え!?あ、えぇ…」
マルクは馬車に乗る際にエスコートしてくれた。男性はエスコートするものだと知識ではわかっていても、非常に照れくさい。
馬車の座席はふわふわしていて座り心地が良かった。
馬車が動き出す。
(うわぁ。本当に異国に来たみたい…。私が知ってる世界とは全然違うな)
初めての外の世界が面白くてずっと外を見てしまう。
「ふふ、今日は外に興味があるみたいだね?」
「あ、うん。面白くて」
「...へぇ。その様子だと外の街並みも覚えてないみたいだね?」
マルクの探るような視線にドキっとしてつい目をそらしてしまう。
「そうみたい。だからマルクが外へ連れ出してくれて今日はすごく嬉しいな」
なんとか返答をする。
「そっか。それは良かった」
マルクは納得したのか再び笑顔を見せてくれた。しかし、いつものような温かさがないような気がして怖い。
(もしかしたらこの人は私がユリアではないと気づいてる…?いや、まさかね。普通の人は知人が中身だけ入れ替わってるなんて思わないよね?この世界は魔法は無いし)
そんな一抹の不安を残したまま馬車は目的地まで進む。
街の様子の記憶もないと知ったマルクは、その後の移動中は街の説明やユリアとの昔話をたくさんしてくれた。話題が尽きることなく、情報収集にもなったため助かった。
そうこう話しているうちに1時間ほどで目的地へついた。
「ここはね、僕とユリアがよく来てた洋服店なんだ。とりあえず入ってみよう」
(あぁ。あの大量の服の購買元がここなんだね…)
店内へ入ると、キラキラとした可愛いドレスから、自宅のクローゼットで見たような普段着まで幅広い商品があった。チラッとそばにあった服の値段を見てみると、300000ルラとあった。
(え!?たっか!!!?)
ルラは円と同じ価値である。つまりそのまま30万…。生活費や学費を稼ぐのに必死で、安い服で済ましていた私にとって50万の普段着など意味がわからない。
(そんな高いもの30着ほどもプレゼントしてくれていたの!?というか、普段着でこの値段なら、あそこにあるキラキラしたドレスたちは一体いくらなの…?)
考えるだけでめまいがした。
「今日は好きなものを選んでいいよ。僕がプレゼントするから」
「ええ!?!?いいよ!こんな高いもの!」
あまりの恐れ多さに精髄反射で否定してしまう。
「良いんだよ、いつもプレゼントしてるし。同じことをしたら思い出すかもしれないでしょ?」
マルクは有無を言わせない圧をかけてきたので、1着だけ普段着を選び買ってもらった。値段は怖いから見なかった。
「ありがとう。マルク…」
「これぐらいいいんだよ。さ、次はカフェに行くよ」
マルクは上機嫌で次の目的地を目指した。
(貴族の金銭感覚こわ…)
そう思いながら再び馬車に揺られた。
次は30分ほどで目的地へ着いた。今まで行ったことのないような、おしゃれで可愛らしいカフェ。実はこういうのに憧れていた。
「今日は全部僕のおごりだからね。遠慮はなし」
「じゃあ、このカフェラテ1杯で」
「それだけで足りるの?お腹空いてない?」
(だってカフェラテだけで2000ルラとかするし!)
「普段どれぐらい食べてた?」
ユリアの行動の正解がわからない私はもう素直に聞くことにした。
「いつもは紅茶にショートケーキだよ。カフェラテを頼むなんて初めてだな」
(そんなの聞いてないー!!)
内心すごく焦っているが、動揺を見せたら負けだ。
「カフェラテも美味しそうかなって。飲んでみたくなったの。あとショートケーキもお願い」
マルクはたまに探るようなことを言う。そのたびにドキッとしてしまう。私の記憶喪失なんていう陳腐な嘘がバレているんじゃないかって。
私はマルクと話すのが怖くなっていて、高級すぎるカフェラテもケーキも味わうことができなかった。
「今日はありがとう。家まで送ってもらって」
「あぁ、明日も楽しみだな」
(私はもうこれ以上ボロ出したくないから行きたくないけど)
「うん。明日も楽しみ。帰り気をつけてね」
(とりあえず、今日手に入れたユリアの情報を整理してできるだけユリアらしい行動を心がけよう)
マルクはユリアと仲が良いからこそたくさん話を聞けるが、だからこそマルクが気が付く違和感もある。それが心配だ。
(明日は大丈夫…。失敗しない…)
そう唱えながらふかふかのベッドで眠りについた。
お読みいただきありがとうございます。本日20時にも投稿予定です。よろしくお願いします!