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「ん…うぅ…」
何かふわふわした触り心地がする。気持ちいい。もうずっとこのまま深い眠りについていたい。
「お嬢様、お目覚めになりましたか?」
見知らぬ声がする。
(え?何?お嬢様?)
重たい瞼を開けると知らない人が立っていた。
「え?うわぁぁぁぁ!!!びっくりした!誰!?」
「どうされたんですか?ローズですよ」
(いや、え?だから誰?不審者?)
とりあえず、状況を整理する。メイド姿をしたローズと名乗る女性、ふかふかなベッド、やけに広くて豪華な部屋。私は触り心地の良いネグリジェを着ている。肌も白くて綺麗。私の最後の記憶は、母親に追い詰められて、私も異世界行きたいなんて思いながら漫画を読もうと…。
「え、えええええ!?」
(ま、まさか…。本当に異世界に来ちゃった!?)
どうしたのかと戸惑っているローズをよそに、私は鏡らしきキラキラしたものの前に猛ダッシュする。
そこには自分ではない人がいた。
(ほ、本当に異世界に来たの!?)
顔をバシバシ叩く。
(痛い。すごく痛い…。夢じゃないの?)
これまでの奇行を見かねたローズが声をかける。
「ユリア様、大丈夫ですか?」
どうやら私はユリアという名前らしい。もし、本当にこれが異世界転移なら、そのなかでも私に全く知識がない異世界に飛ばされたみたいだ。目の前の人がローズという名前、私はユリア、ということしか今は知識がない。
(えぇっと、こういうときは)
「ごめんなさい、私記憶がないみたいで」
(とりあえず鉄板の記憶喪失でどうにかなるでしょう!)
「えぇ!?私のこともお覚えではないですか?」
「ごめんなさい。全く、何もかもわからないようで…」
(これが最善策のはず…)
ローズはしばらく考え込んだ後、旦那様と奥様に話してきますと言い、部屋を出た。
(良かった。なんとかごまかせた)
私はもう一度鏡を見る。
そこにはヴァイオレット色の綺麗な長い髪、金色の美しい瞳、たれ目で可愛らしい顔、スタイルが抜群に良い女性がいた。外見の系統は本来の私と少し似ている。
以前は男性受けに身なりを振り切っていた。パンダ目で薄化粧に見えるメイク、暗めの茶色の髪をうち巻きにふんわりと、スタイルはある程度肉付き良いように。男受けだけのための外見を私は好きになれず、鏡を見るたびに嫌になった。
「どうせなら、ピンク髪でスレンダー、すこしつり目の強い美女に転生したかったなぁ」
前世より少し可愛くなった顔と大きくなった胸を見ながらつぶやく。
胸が小さめの女性の前で言えば怒られるかもしれないが、大きい胸は本当に不要なのだ。服は似合うものが限られるし、いつどこでも男性に下心のある好奇の目で見られる。風俗で働くうえでは役に立ったが、それ以上のデメリットが多すぎた。おかげさまで自分に下心があるとわかる男性は苦手になっていた。だから、一般的に男受けしない派手髪スレンダー強め美女に私は憧れがあるのだ。
鏡とにらめっこしているとコンコンとノックがされる。はい、と答えると先ほどのローズさんと男女2人、そして白衣の男性が入ってきた。
「ユリア、私たちのこともわからない?」
綺麗な女性に問われる。
「すみません。わからないです」
「そう」
女性は悲しそうな顔をする。
「私はあなたの母よ。こちらはお父様ね」
これまたかっこいい男性を指して言う。親、という言葉で自分の両親を思い出し、ずきりと胸が痛む。
「急に記憶がなくなるなんて怖いわね。心配だわ。どこか打ったのかもしれないからお医者様を呼んだの。診断してもらいなさい」
どうやら白衣の男性は専属のお医者様らしい。一通りの診断を受けた。
「どうやら外傷はないようです。ただ、精神的なストレスから記憶をなくすということもございます。一度ゆっくりおやすみになったほうが良いかと」
そう言った後、医者は去っていった。
「とりあえず外傷は無くてよかったわ」
「心配をかけてしまってごめんなさい…」
「心配ぐらいさせてくれ。可愛い娘なんだから」
「そうよ、心配や不安なことがあったらすぐに何でも言うのよ」
親という存在にこんなに優しく接されたことがなかったため、私は泣きそうになる。
(温かいご両親…。羨ましい)
「今日はマルクが来る予定だったけど断ったほうが良さそうね」
(マルク…?いったい誰だろう)
?の顔をしているとお母様は説明してくれた。
「あぁ、マルクっていうのはユリアの幼馴染なの。仲が良くてあなたのお兄さんのような存在よ。今日は遊びに来る予定だったけど、ユリアはまだ混乱しているだろうし断りましょうか」
(幼馴染で仲が良いってことはユリアについて詳しいってことよね?この世界についての知識が全くないから、何もしないより知るために行動を起こしたほうが良さそう)
「会ってみても良いですか?」
「大丈夫?無理することないのよ?」
「大丈夫です。何か思い出すかもしれないですし」
「わかったわ。マルクには私から説明しておくわね」
親だからもっと気軽に話してね、と優しい笑顔でお母様は言った後、部屋を出ていった。マルクは数時間後に来る予定らしい。
(異世界…。この世界では幸せになれるかも…!)
あの両親から、現実から逃れることができたことが本当に嬉しい。これからの異世界生活に胸が躍る。
「ではユリア様、お着替えなど準備致しますね。改めまして私はメイドのローズです。ユリア様の一番のメイドとして仕えさせて頂いております」
ローズは可愛らしく、優しい雰囲気を持った女性だった。ただ一つ気になることがあった。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ?」
メイドと言ってもユリアの一番のメイドである。ここまでかしこまる必要はないと思った。それに怯えているようにも見える。
「いえ、そんなわけには。」
ローズは俯き、遠慮がちに言う。
(関係性があまり良くなかったのかな?)
両親の態度からして、ユリアが問題児である可能性は低いだろう。しかし、性格が悪くない人同士でも、合う合わないはあるのだ。
「それじゃあ、私はもっと砕けても良いと思っている、と言うことだけ伝えておくね。無理に変える必要はないからローズの好きなようにしてね」
「…ありがとうございます」
遠慮がちだったけど、笑顔で返してくれた。
(一緒にいる時間も長いだろうし、仲良くできたらいいな)
「そういえば、私とマルクってどんな関係だった?」
「奥様がおっしゃっていたように仲が良く、本当のご兄妹のようでした。マルク様は本当にユリア様を可愛がっていらっしゃっていて、お出かけされたり、プレゼントをお贈りされたりすることが多かったですね。ここのお洋服やアクセサリーは全部マルク様からのプレゼントですよ」
「え!?これ全部…?」
30着以上ある高そうな洋服やキラキラしたアクセサリーを指されて言われる。
(え…。愛が重くない?これが普通?)
「本日はどのお洋服にされますか?」
様々な形や色の洋服がある。洋服の数には驚いたが、今まで着たことのないふりふりした洋服に心が躍る。
(いつもは節約重視で安物の服しか着られなかったけど、実はこういう可愛らしい洋服大好きなんだよね。だから嬉しい!)
洋服を吟味した結果、薄いブルーの生地でレースのついた可愛らしい洋服にすることにした。髪色にも合っていて可愛い。ヘアセットやメイクもしてもらうのはそわそわしたが、これもまた可愛らしい姿に胸がときめいた。
「ローズはヘアセットもメイクもとても上手だね。凄く可愛い!」
「ありがとうございます…!」
ローズは相変わらず遠慮がちだけど怯えた様子はなく、笑顔で接してくれるようになった。
(それにしても、さっき「以前の私より少し可愛い」って言ったけど訂正する。ユリア、めちゃくちゃ可愛い。)
数時間後、マルクが到着した。マルクと呼ばれる男性は、それはもうとてもとても格好良く、美しい顔をしていた。
(異世界パワー、すごいなぁ。)
そう思いながら私はマルクを迎え入れるのであった。
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