1
「はい、終了」
ペンを置き、プリントを前へ渡す。これで前期のテストは全て終了した。頑張って勉強したため単位は十分にとれたであろう。
私は頑張って良い大学へ入学した。そして、このまま良い会社に勤める必要がある。
(これもすべて私のため、あいつらから逃げるため)
ほぼ働き詰めの私は遊ぶ暇などない。そのため友人など作る暇はなく、この夏もお金を稼ぐために毎日働く予定だ。
なぜこんなに必死に働いているかというと、両親からの金銭的援助が一切ないからだ。私の両親は子供にお金を使うことが嫌いで、小さいころからずっと我慢の生活だった。世間体だけは気にするので、娘に学校は行ってほしいのか高校までの学費は払ってもらえていた。しかし、高校生時代バイト禁止の校則にも関わらず働くのを強制され月に5万は家にお金を入れていた。
『大学からは全部自分でお金出せ。親のすねかじってないで、お前もそろそろ自立しろよ』
高校三年の秋、父にそう言われたときは頭が真っ白になった。学費だけは今まで同様払ってもらえると思っていた。しかし、両親は大学生になるとさらに自由にバイトができると考えたのか、両親はバカ高い大学費用を出す気はさらさらなかった。
(そんなに私にお金をかけたくないのなら、子供なんて生まなきゃよかったのに)
人生で何度もそう思った。
奨学金を利用しても学費・生活費を賄うには少なすぎる。しかも、その上大学生になったら自立のため家へ8万入れることを要求されていた。
(何が自立のため?耳あたりの良い言葉を言っているけど、私から搾取したいだけじゃない)
一度高校生の時に家へ渡すお金を渋ってみたら、父に殴られてお金を出すまで家から閉め出された。今は安全のために従うしかないのだ。
どう考えたって普通のバイトではやっていけない。私は風俗で働くことを決意した。
男性経験の無い私が風俗で働くのは大変だった。
(キスとか、触れ合うとか…初めては全部好きな人が良いって思ってたんだけどな)
しかし、生活のほうが大事なのでそんな思いは捨てた。心はすり減っていき、やがて苦しい思いも消え、何も感じなくなった。お金はたまった。2年間働き詰めだったこともあり、必要なお金はこの夏で貯まりそうになっていた。
この夏で風俗はやめよう。やっとこの生活から抜け出せる。この夏さえ頑張れば。
* * *
今日もバイトを終えて家に帰る。玄関を開けると母が立っていた。私を出迎えるなんてしたことがない母。嫌な予感がする。
「おかえり、ゆりの帰りをまってたの」
「…ただいま」
「ところでさぁ、家へのお金もっと出せるでしょ?これからは月10万、15万でもいけそうだよねぇ」
(は?何を言っているの!?今だって大学生にはおかしい金額を請求しているのに。意味が分からない)
私の怒りをくみ取ったのか、母はニヤッとしてあるものを突き付けた。
「え…なんで!?私の通帳…」
「なんか、部屋を掃除してたら出てきたんだよねぇ。隠してるつもりだった?てかさぁ、これだけ金たまってんならもっと出せるだろ?てか自主的にだせよ。今まで育ててやったんだからさぁ!」
掃除なんて嘘だ。部屋を漁ったんだろう。そこまでする母親に気持ち悪さを感じる。私は急いで通帳を母から奪い取る。
「おい!!ふざけんなよ!」
私は母に捕まる前にダッシュで自分の部屋に閉じこもった。
「おい!!でてこいよ!!」
母の怒鳴り声がドア越しに聞こえる。
「今まで育ててもらった恩を忘れたのか!」
「お前みたいなクソは親孝行でもしないともっとクソになるよ!」
「お前は昔からそうだ!親への感謝ってものがない!!」
ドアをバンバンと叩かれる。私は聞きたくなくて耳を防ぎながらしゃがみ込む。
(もう嫌だ…。しんどい。全てが気持ち悪い)
母の怒号が飛び交う中ピコンと音がする。携帯の通知だ。『悪役令嬢は○○○○』の最新話が更新されました、とある。
(あ、今日更新日か)
それは私が大好きな異世界転生漫画の最新話更新通知だった。私はどんな辛い状況でも最終的には絶対に幸せになれる異世界ものが大好きだ。
(いいな。空想の世界は。私も異世界へ行けたら良いのに。そしたら幸せになれるはずなのに)
母は未だに怒鳴り続けているが、無視し続けていたら疲れて止めるだろう。
(そんなことより幸せな気持ちになれる漫画を…)
現実逃避のために漫画を読もうとスマホに手を伸ばす。するとその瞬間、スマホの画面がピカッと光った。そのまばゆさにのみこまれ、私はいつしか意識を失っていた。