-知り合う-
前に読んだところから2、3ページほどをめくったところで、あの人がアーチから出てきた。
確実に、こちらに近づいてきている足取りを感じたため、床のマットがざらざらしているな、なんて思いつつ私は顔を上げてみる。
その人は腕をさすりながら申し訳なさそうに「えーっと」と呟いた。手には特に本を持っていなかった。視線を泳がしながら、サラと髪が揺れた。
私は言葉の先が気になりつつも、言いにくそうにしている様子を見て、なんとなく口走った。
「本、の、場所ですか?」
もう一度、しっかりと目が合った。その人は読み取れない表情と反応を示した。
確実に普段、関わったことのないタイプの人で、コミュニケーションの難しさを感じつついると、
「うん。あの、一緒に探してもらってもいい?・・・ですか?」
その人は軽い口調で話した後に、ぎこちなく敬語を付け足した。
きっと、私が先に敬語で話していたことに、言葉の途中で気づいたためだろう。
すごく話しにくそうだったので、私はすぐに敬語を取って返答した。
「うん。なんの本?」
自分が読む本を人に明かすのはとても躊躇われることだ。
カウンターの前で言いにくそうにしていたのはそのためではないだろうか。
自分の興味のある本を言うということは、少なからず自分の好きを告白すること。
それは私にとって、おそらく他の大半の人にとっても勇気のいることなのではないだろうか。
この人はどうなのだろう。
しかし、あえて私は率直に聞いた。本当ならば「何系の本?」とくらい聞けば、そのジャンルの本棚に連れて行けばいいものだったのだけれど。
単純に何を探しているのか知りたかったのもあり、そして、私の帰宅時間が延びるほど探していた本はなんだったの?という、いたずら心も含めて聞いてみたのだった。
「少年の、漂流記みたいな、シリーズものなんだけど、」
「えっと、『ダレンの漂流記』・・・ではない?」
はっと、彼の顔が明るくなる。
「そうそれ!」
私が窓から見ていたあの笑顔が目の前で溢れた。
光は私の目には到底おさまりきらずに飛んでいく。
こうして顔を向けられると、決して高圧的なものではなくて、周りに染み入るように、人の心をひとつ解くようなものだった。
この人の名前は、同じクラスの高山くんだったっけ。
そんなことも考えながら、嬉しそうに話す高山くんの話を聞いていた。
「あのシリーズ、始めの頃から読んでて。俺文庫で持ってるんだけど、なんとなく図書館とかに単行本で置いてたりしないかなって思って。木梨さんも読んでたりする?」
すごくすごく嬉しそうに話しかけてくる。
これも高山くんの、人の目を惹きつける豊かな表情のせいなのだろうか。
まるで、彼の話を聞くのが自分であることに非常に価値を感じるような、特別なことをしているかのような気分にさせられる。
私の名前まで知ってて、こういうところも好かれるのだろうな。