フェルナンド視点④
折角『ゆっくり距離を縮めても平気』だとわかったというのに、やらかしたせいでそうも言えない状況に追い込まれた。
……自身の悪癖が憎い。
今日からポジティブ思考になるよう、努力すべきだろうか。──いや無理だ。
既に俺の脳内ではティアが『まあ! 半年後に式ですって……!? こちらの気持ちを慮るフリをして、なんて酷い方!』と言っているさまがありありと思い浮かんでいる。
せめて贈り物とか手紙とかを頻繁に届ければ良かったのだが、物品は『自分で選びたい』と思うも時間が無く、手紙は上手く気の利いた言葉が紡げなかった。
こんなことなら家人に任せてでもなにかしらすべきだったのだ……と後悔しても、もう遅い。
今度は怖くて贈ることができないでいる。
もだもだと悩んでいるうちに、想像上のティアの俺への気持ちもより悪い方向へと進んでいく。
やがてティア(想像)が嫌悪感を顕に『ルルーシュ様に捧げるつもりだった清い身体が、あんな横抱き筋肉自慢に穢されてしまうだなんて耐えられないわ!』と咽び泣くようになった頃、ベッカー伯爵家から一通の手紙が届いた。
封を切ってみるといつものシンプルな便箋ではなく、押花の入った華やかなもの。
(──ティアだ!)
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親愛なる婚約者、フェルナンド卿
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『親愛なる婚約者』!(嬉)
……だが、愛称ではない!!(凹)
歓喜と不安で視線を胡乱に彷徨わせると、乳母の息子で幼馴染でもある従者の、ニックと目が合った。
「……早く読んだら如何ですか」
「読み進めるのが怖い!」
「読み上げて差し上げましょうか」
「嫌だ! ティアからの手紙だぞ?! 俺が一番に読むに決まっている!!」
従者のくせに「くそうぜえ」などと呟くニックの不敬を無視し、震える手が粗忽にも手紙を破ったりしないよう、慎重に読み進める。
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結婚式が半年後と知り、驚きました。
なるべく早くの婚姻を卿がご希望なさっていたことを、私は存じ上げなかったのです。
望んでくださったことはとても光栄で嬉しく思っておりますが、まだ私達はあまりにも互いを知らなさ過ぎる……そうは思いませんか?
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「…………!!」
『そんな無茶苦茶なことを仰るなんて最低です。私の身体が目当てなのですね?なんて気持ちの悪い人でしょう、見損ないました。婚約を解消してください。』
という文面が書かれている……気がする。
絶望の淵が見えた気がして涙目になる。
──しかし、続く内容は思いがけないものだった。
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つきましては、限られた時間でお互いの理解と親睦を深めたく思うのですが、如何でしょうか。
ですが、お忙しい卿の邪魔をしたくはありません。
もしよろしければ、花嫁修行としてそちらに赴く私を迎え入れてくださいませんか?
お返事お待ちしております。
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「──────」
侯爵家に来る……だと?
理解と親睦を深めに?
「……ニック」
「はい」
「スマンが読み上げてくれないか? どうも目の調子が悪い気がする」
「はあ、大丈夫ですか?」
ニックは男にしてはハイトーンボイスな方だが、当然ながら鈴の音を転がす様に可憐なティアの声とは掛け離れており、しかも淡々と読み上げるだけ。
だからこそ俺は、文面を見誤っていないことを漸く理解することができ、歓喜に打ち震えた。
(…………はっ! もしや、夢なのでは?)
「ニック」
「はあ」
「俺を殴ってくれ」
「……夢じゃありませんよ?」
「いいから!」
「ええ……」
なかなか殴ってくれないニックだったが、『サクサク公務を進めてくれるなら』という条件付きで殴ってくれた。
ドン引きしてたくせに、容赦なく拳で。
『顔はよくないから』とボディーへのフルスイングである。
「……痛い」
「そうでしょうね。 さあ、仕事仕事。 ご令嬢が花嫁修行にいらっしゃるなら、やることは増えましたよ? その指示も出さねばなりません。 だからといって通常の仕事を疎かにしては駄目ですし」
ニックは淡々とそう告げたあと、「仕事のできない男は嫌われますからね」と駄目押し的に言ってきた。
俺の机には山のように積まれた書類……ウンザリするよりない光景だが、わざわざ親許を離れ慣れない環境に来てくれるという天使に比べたら、こんなモノどうということはない。
即手紙をしたため、受け入れの手筈の指示を出す。全て俺がやりたいところだが、ここは侍女長に任せた方が良いだろう。
侍女長のグレタ・ローラン夫人は、ニックの母であり、俺と兄の乳母だった女性だ。
王宮で騎士として働いていたこともある彼女は、なんでも卒無くこなす凄い人。グレタに任せておけば安心……ということにして、仕事をするしかなかった。
実際贈り物でもやらかしてしまっている俺である。
迎え入れの準備を気にしだしたら、多分、他に何も出来なくなる。
折角天使が来てくれるというのに、『仕事が終わらなくて会う時間がとれない』なんてことになっては困る。
『まあ……やっぱりこの方、脳筋なのだわ。 仕事のできない男なんて最低! わざわざ来たというのに……』
「──とか言われかねませんからね!」
「人の思考を読むな!!」
執事長であるジェレマイアとグレタの息子だけあり、ニックは若いのになんでもできる男だが、幼馴染ということもあり、俺には容赦がない。
だが元々は俺と違い優秀な兄の従者だったのだからそれも仕方の無いことだ。
認めて貰えるまで頑張るしかないだろう。
──式まで半年しかないのだ。
ティアを『使えない身代わり次期侯爵の妻』にさせるわけにはいかない。
幸いなことに社交好きな両親のおかげで、ティアとルルーシュは目立たなかった。
婚約者と次期侯爵が弟に代わったことの周知はされているかもしれないが、その理由は詳らかになってもいない。
騎士として凱旋帰国した際のパレードで目立ったこともあり、今はまだ誤魔化しがきく。
ただ仕事はあまりに多かった。
婚姻を早めたせいで父や家人が『徐々に慣れるように』と気を利かせて処理していたものも、やらなくてはいけなくなったらしい。
自縄自縛というやつだが……それでもこの決断を後悔してはいない。
何故ならそのおかげで、ティアが家に来るのである。
俺は自身の悪癖に、初めて感謝していた。