にゃんにゃんパニック
自身の想像に危機感を煽られた私は、猫を総動員してお外に出る決意をした。
だが、ここは所詮田舎である。
私如きが着飾ってもたかが知れているように、伯爵領のオサレなデートスポットなど、華やかな王都に慣れ親しんでいるフェルナンド卿には鼻で笑われるに違いない。
なので敢えて、長閑な風景がゆっくり眺められる場所にお誘いすることにした。
敢えて、である。
決して『人混みが嫌だから街には出たくない』とかではない。
そう、そんなことでは無いのだ。
フェルナンド卿は飾り気のないシンプルなジャケットで現れた。健康的に日焼けした肌に似合い、上品でこざっぱりとしている。
流石は都会人、これが『気負わないお洒落』とか言うやつか。
私を馬車へエスコートしようとして、卿は何故か急に立ち止まると「失礼」と言って、私をまるで姫のように抱えて馬車に乗り込んだ。
「あっ……あの?」
「……段差が危険だ」
「はぁ……」
あまりにぶっきらぼうに言われ、羞恥よりも困惑が勝った。
心配症なのだろうか。
それとも王都の騎士って、婚約者には皆こうなのかな?
「ティアレット嬢が嫌ならば今後は無理にこんなことはしないと誓う。 ……だが、大切な身体になにかあってはと思うと、気が気ではない」
「!?」
なんか意外にも……好かれている!?
…………の、かしら?!
(なななな何故!?)
横抱きにされたこと自体よりも、私はそのことに動揺した。
今回の猫総動員淑女デート後ならまだしも、前回までの私には、欠片も好かれる要素が思い浮かばない。
強いて挙げるなら言動が関係ない部分になるだろうが……そこも謎だ。
まず、私は垢抜けない。
社交をしない私が流行りに敏いわけが無いのだから、当然だろう。
今日は頑張ったが王都の女性に勝てるわけはないし、そもそも前提が前回までの話だ。
前回もそれなりにキチンとはしたが、猫を被る気がなかった私の垢抜け度は大変低い。
容姿も平々凡々。
体型に大人の女性の色気はない。寸詰まりで胸も尻も薄い。
顔だってルルーシュ様こそ『ティアは器量良し』と言ってくれてはいたが、実際の私の容姿は『良くも悪くも十人並』というのが正しい評価である。自己評価が低いわけでもなんでもない。紛れもない事実なのだ。
なんならルルーシュ様の方が美人なのは間違いない。
王都の女性と比べるまでもなく、そこらの美人をとっ捕まえてきたって負ける自信がある。
「フェルナンド卿、私そんなにか弱くありませんわ」
動揺はしたが、なるべく淑女らしい嫋やかな笑みを浮かべ、やんわりとお断りする。
猫を総動員召喚していなければ、前回のようにアワアワするしかなかっただろう。
「俺のような武骨な男に触れられるのは、不快だろうか?」
なんか切ない感じの目で見られている気がするのは、自意識過剰だろうか。
しかし、相手は王都からの刺客……刺客?
「そんなこと……」
(だめだ私、明らかに狼狽えている……)
考えてみれば今までこういう相手はルルーシュ様であり、彼がこんな目を向けたことなど一度もなかった。
いや、そもそもルルーシュ様は私を横抱きにはしない。そして失礼ながら『もしかしたらできないのでは』、と思うくらいには線の細いかただ。
一方、目の前のフェルナンド卿はとても男性的。
どちらが魅力的かは好みにもよるだろうが、ふたりともモテそうな感じで──
(──はぁぁぁぁ! 絶対今余計なことを考えた!!)
今、私は、男性とふたりきり。
一旦意識し出すと、急激に緊張がせり上がってくる。
「フェルナンド卿は女性を揶揄うのがお上手ですのね」
淑女らしくやんわりと流すも、既にいっぱいいっぱい。
今の私には猫だけが頼りだというのに、既に何匹か逃げたのを感じる。
まだ行きがけの馬車内なのに、早過ぎる。
「……揶揄ってなどいないし、誰にでも言う訳でも無い。 本音を言えば、馬車の揺れも気になる。 障りはないか?」
「──ッ」
馬車の揺れ……まで?!
……本気だ。
本気で心配されている。
脳内で、強風と共に猫が『にゃ~ん』と剥がれていく。
代わりにやってきた鼓笛隊が小太鼓を心臓の辺りでドコドコドコドコ叩き、私は呆気なく語彙を失った。
「…………ありません」
「そうか」
失った語彙の代わりに『揶揄ってなどいないし、誰にでも言う訳でも無い』というフェルナンド卿の言葉が、鼓笛隊の小太鼓音とともに頭に過る。
(考えてみれば相手は婚約者じゃないの……好意を向けられたことに戸惑う必要なんて……)
そう自分に言い聞かせても、本心ではこの状況自体信じられず、小太鼓は激しさを増す。
慣れていないのだ。
男性からの好意にも、物理的接触にも。
「ですが、横抱きは結構です!」
「そう……か」
思いの外強い口調に、フェルナンド卿は少し怯んだご様子。
だが私自身、自分の口調に驚き、慌てていた。
「あっ……その、不快、とかではなく……」
言い訳をしようにも、言葉にしたせいで抱き上げられたことが否応なく思い出される。妙に恥ずかしくなってしまって、一気に体温が上がって声が出ない。
「──ティアレット嬢?」
「…………」
「?」
「…………はッ……恥ずかしいので!!!!」
すてばちにそう言い放つと、真っ赤になっているであろう顔を両手で覆い隠した。
「──そ、そうか……スマン」
小さな声でそう答えるフェルナンド卿に、私も小さな声で「いえ」とだけ返す。
(フェルナンド卿の表情が見られない……)
子供だと呆れているだろうか。
折角気を使ったのに、と思っているかもしれない。
いつまで経っても耳が熱く、顔を上げられそうにない。
沈黙の中、ガタゴト揺れる馬車の音と、心音だけがやたらと煩く響く。
少しだけ落ち着いて、フェルナンド卿を指の隙間からチラリと覗き見ると……
「?!」
卿もまた赤い顔をしてそっぽを向いていた。
再び上がる、体温。
(……猫ォ──────ッ!!!!)
脳内で猫を呼び出すも、返事はない。
どこに消えたのにゃんこたん……
王都の騎士の婚約者に対する姿勢をもっと勉強しておくべきだったのだろうか。
田舎娘には刺激が強過ぎる。