【ユミルとニック】ユミル視点③
ジゼル卿の接待が終わった後。
「──ユミル、それじゃないわ」
「え」
軽く湯浴みをし、おふたりの寝室へ行くというお嬢様にいつもの寝間着を差し出すと、そう言われた。
そして、
「これよ!」
「お嬢様……ですがこれは」
ふんす、と荒い鼻息をひとつ。
お嬢様が選んだのは、おひとりの時に着ている──おみ脚が出るやつ。
「『物理的距離は心の距離も縮める』──そうでしょう?! ユミル!!」
「……っ?!」
確かに私はそう言った
今、ブーメランとして戻ってくるとは思わなかったが。
(……じゃなくて! 今はそれよりお嬢様のことよ!)
「たっ確かに言いましたが……あの時と今では違うでしょう? フェルナンド卿のお気持ちはお嬢様も……」
「ユミル、それは甘えよ」
「!!」
「ジゼル卿は私よりも、フェル様を強く想われているわ。 フェル様がそれに気付いたら? ジゼル卿は魅力的な方……でも、譲りたくはないの。 私だって、フェル様が好きなんだから!」
「お嬢様……」
お嬢様は、必死だった。
フェルナンド卿はお嬢様に土下座し懇願する程愛し、ジゼル卿は権力を行使するどころか、想いを打ち明ける気などなさそう……と、状況的には明らかに優位なのに。
焚き付けたことはあるが、それはまだ、お嬢様の気持ちが曖昧で、フェルナンド卿が上手く想いを伝えなかったからだ。
こんな事態でなければふたりの婚姻が覆ることもないから、あっても構わなかったが……正直、そこまでの物理的接触は求めていなかった。
そして、おふたりの性格から、『婚姻まではない』と高を括っていた。
お嬢様は脚の出る寝間着に着替え、寝室に向かわれた。
「…………」
──私は、変わられたお嬢様が羨ましかった。
でも、それはとても浅はかな考えだった。
お嬢様はただ、必死なだけ。
それはきっと、簡単なことじゃない。
私が思っているより、もっと、ずっと。
多分、真摯に向き合うっていうのは、そういうことなのだろう。
自分の本当の気持ちに──望みや、それに付随する他人のことに。
(……私は?)
自問自答するまでもなく、向き合ったことなどなかった。私のしていたことは、そんなフリ程度に過ぎない。
言われた通りいい子にしているだけ。
誰かがそれに気付いて、褒めてくれるのをじっと待っている──私はいつまでそんな子供でいる気だったのだろうか。
(私は、どうしたいの?)
きっといつだって、怖かったのだ。
それを考えるのが。
──結果としては、お嬢様の行為は勇み足に終わる。
毛布で包まれ簀巻きのような状態のお嬢様を戻したフェルナンド卿は、隣の部屋から延々と『如何に自分がお嬢様を好きか』を事細かに話した。
「わっ、わかりましたってばぁ~!」
「いや、君はなにもわかっていない! そんな艶かしい脚を晒して……」
「すみませんでしたもうやめてください!!」
「…………」
聞こえないようにしていても、聞こえてしまう。
安心もしたし、微笑ましいとは思ったものの……流石にフェルナンド卿がお嬢様の脚のことをどんな目で見ていたか語り出そうとした時は、心底やめてあげて、と思った。
フェルナンド卿の気配が消えると、お嬢様は私に愚痴り出す。
「私だって覚悟を決めたのに……婚約者に逃げられた私だけど、こんなことでこんなふうに、また婚約者に逃げられるとは思ってもみなかったわ……」
「……お嬢様、顔が笑っています」
「あら」
本懐を遂げることはなかったふたりだが、確実にその距離は縮まっていた。
「大事にされてますね」
そういうと、照れくさそうにはにかむ。
ベッドへと促す。
素直に身体を沈めたお嬢様は、私が離れる間際に呟くように小さく「本当は、怖かった」と本音を吐露した。
「その……行為が、じゃなくて。 拒絶されることやガッカリされることとか……色々」
「……」
「今も怖いの。 ……でも」
「大丈夫です」
『大丈夫』。
それはきっとあまり意味などない、ただの慰めみたいな言葉。
発したのは私だが、そこに意味を齎しているのは私ではない。
お嬢様自身や、フェルナンド卿だ。
「大丈夫です。 お嬢様」
私がそう言うと、お嬢様は微笑み、目を閉じた。
──今、凄くニック卿に会いたい。
込み上げてくるものに従い、衝動のままに彼の部屋へ走った。
後で思い返すととても軽率で羞恥に悶え苦しむが、この時は先のことなど考えていなかった。
ただ、会いたかった。
会って、今の気持ちを聞いて欲しかった。
わかってくれるというよりも、彼なら受け止めてくれる……漠然と、そう感じていたように思う。
「ユミル……」
扉はすぐに開いた。
顔を見たら、もう駄目だった。
「ニック卿、わた、わ……たしっ……」
言葉よりも先に、涙が溢れてきて止められない。
子供みたいに嗚咽を洩らしながら泣き出す私を、抱くように部屋に引き入れつつ、ニック卿は扉を閉めた。
なかなか終わらないな……!?(汗)




