表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/47

【ユミルとニック】ユミル視点①


ケプトの冬祭りからひと月。


実家から三通の釣書が届いた。

そのうちのひとつはローラン子爵家から。

勿論私宛であり、相手はニック卿である。




それには特に驚かなかった。

何故ならおそらく送ったその日に「送っといたから」とニック卿に宣言されていたのだ。

今更驚きようがない。


「どうするユミル、見合いする?」

「必要性を感じません」


毎日会っているのに、見合いもへったくれもない、と言うとニック卿は「まあね」と笑う。



ケプトで口説かれてから、私もそれなりに考えてきた。

あの時彼が口にしたように、双方にとって非常に好条件の相手であるのは間違いない。


ニック卿はチャラいにしても合理的な人であり、なによりローラン家の嫡男だ。

言動から誤解は受けやすいが、主への忠誠心は高い。ただ女を口説くのに家を出してはこないし、条件の一致が好ましいのも充分に理解出来た。

だから「送っといた」と言われたことにも特に驚く理由はない。


だがその時、私はちょっと驚いてしまった。

それをニック卿は不思議がったが、私自身も不思議だった。



「でも俺は見合いしたいかな」

「?」

「見合いに意味はないけど、着飾った君と外で会える。 お得だ」

「……ニック卿」


でもその理由がわかった。


「──って、喋れば喋る程インチキ臭くなりますね……」

「失敬だな。 俺は概ね正直に生きている」


あの時、女性として口説かれていたからである。

そして今も毎日、顔を合わせる度に口説かれている。


それが私を微妙な気持ちにさせているのだ。




ニック卿のなにが嫌かと聞かれたら、嫌な理由などない。確かに好条件だ。

なのに、踏み切れないでいた。


お嬢様の結婚を期に、私も身の振り方を考えなければならないのだから、婚約するなら早い方が望ましい。

このまま彼を選ばなければ、おそらく知らない相手と結婚することになる。

物心ついてからの人生の、およそ半分を捧げたお嬢様の元を離れて。


(……どうするかなんて、決まったようなものなのに)


悩む……というよりも、正体の見えないなにかに囚われているような感じでもどかしい。


「ニック卿、見合いはともかく……お時間を作れますか?」

「──勿論!」


ちょっと驚いたような表情を一瞬見せて、彼は子供のような顔で笑う。可愛い。


そもそも顔が可愛い。弟君もそうだが、トーマ卿は顔だけ可愛いのがちょっと浮いている。あと日焼けしてそれなりに黒い。

ニック卿はというと、白い。とても白い。

しかも小柄で華奢。短めに整えられ、中分けにした髪は直毛で、サラサラしている。


「休みはいつ? 今のところ予定は合わせられる」

「……別に隙間時間でも」

「いや、デートしたいし。 可愛い格好してきてよ、見たい」

「しません! ……いえッ、デー……出かけないのではなくっ」

「服? あ、じゃあ贈るわ」

「おくっ……?」


「ドレスじゃなくて悪いけど」と笑うと、予定を決めないまま足早に去っていく。

忙しい人なのだ。

そして多分、予定は調べてしまうのだろう。




──そういうところが嫌だ。


実のところなにもかも彼のペースなのに、こちらの意見も聞いた風なのが嫌だ。

あまつさえ『忙しいのに引き留めてしまった』ような罪悪感を抱かねばならないのも嫌だ。


ニック卿の顔は可愛いが、決して好みではない。どちらかと言うと私は、逞しい男性が好みだ。


なのに執務中の真面目な顔とか、サラッと前髪が垂れるのとか、裏がありそうな鉄壁の営業スマイルとかを、気付いたら見てしまっているのも嫌だ。


時折あどけない顔で笑うのも嫌だ。




「──ユミル?」

「はい、お嬢様」

「最近なんだか時折ぼうっとしてる」

「……気を付けます」

「あっ……そんなんじゃないのよ?! 仕事はちゃんとやってくれているわ! ただ……なんていうか……」


お嬢様に「ツッコミのキレがない」と言われた。……私のお役目とは。


「なにか悩みがあるなら相談してね!」

「……なんかお嬢様、嬉しそうですね?」

「だってユミルの相談に乗るとか……いつも逆じゃないの!」


お嬢様は目を輝かせ、鼻息荒くそう言う。

「わかりました」と言いつつも、相談する気はない。


お嬢様に相談などしたら『まあ! ユミル、それは恋よ!!(ドヤァ)』……みたいなことを言われるのは目に見えている。


それに私だって理解はしている。

おそらく私はニック卿が〇〇(※具体的単語は出したくない)なのだろう。


(そもそもそれがイラつくという話なのよ……!)


ペースを乱されている感が凄い。


確かに口説いているのはニック卿の方だが、その実彼は、今までとなんら変わりはない。


一方私はというと、鈍感なお嬢様にまで見抜かれるという体たらくである。


きっと彼は慣れていて、私は慣れていない。……そういうことだ。


完全にてのひらの上みたいなものなのに、最終的判断をこちらに委ねてくるのも気に入らない。



きっとどちらでも、彼は変わらないのに。



(ならもっと、()()()()()してくれた方が……余程いいじゃないの)


全ての仕事を終え、宛てがわれた私室へ戻る。

次期当主婚約者の侍女である私には、それなりの個室が用意されており、待遇も別格。


来たばかりは逆に居心地が悪かった。

ニック卿といると、それを思い出す。


部屋にはニック卿からの贈り物が届いていた。


開けてみると、上品なワンピース。

シンプルだが豪華なレースの襟と背中に連なった飾りボタンが美しい。

勿論既製品(プレタ)だが、いい生地だ。

色味は私の黒髪が映える、ボルドーよりやや鮮やかな、ワインレッド。


嫌になるほど仕事が早く、的確。




そして約束の休日。

私はニック卿に会うため、それを着て街へと出掛けた。

やはり微妙な気持ちになりながら。


趣味ではないが、嫌いじゃない(ソレ)は……自分で選ぶ物より私に似合っているように感じて。




待ち合わせの公園。


「わざわざありがとうございます」


若干の嫌味を込め、そう挨拶をする私をニック卿が眺めるように視線を注いだ。


「……いいね、(ソレ)。 似合ってる」


だからなんでそんな嬉しそうな顔をするんだ。やめて欲しい。


「ニック卿のお見立てが上手なのでしょう」


素っ気なくそう答えると、アッサリ「まあね」と笑う。


「君のことを考えて、似合いそうなのを選んだつもり」

「……!」


なんでそういう一言が、息をするように出てくるのか。


だが、実際そうなのだろう。

それが人より長けているニック卿には、()()()()()()()()()というだけで。


「予約してある」と連れて行かれた素敵なお店も、彼がこの街を熟知しているからで、これを『見合い』と考えているなら別に特別な事でもない。


食事中にはその返事のタイミングなく、気の利いた会話をされた。それをもどかしいと感じてしまっていたが、事は荒立てたくない。

店を出て、歩きながらさりげなくそちらの話にもっていくことにした。


だって、返事は決まっている。


「ニック卿……」


『これ以上のお気遣いは不要です』


そう言おうとした時。




「他とは見合い、しないの?」


唐突に質問された。


「他にも来てただろ、釣書」

「……なんで知っているんです?」

「ウチ宛の物は全て俺が仕分けてるから。 君宛ての釣書の入ってた封書、どう考えても一冊だけの感じじゃなかったし」

「…………」


当然実家には断る旨の手紙は送っている。

釣書なんて開けてすらいない。


勿論それは、ニック卿との婚約を()()()()()()でいたから──


私は恥ずかしさと悔しさで俯いた。




しかしニック卿は、そこに別の理由を当てはめたようだった。


「まだ結婚の意思はない……そんな感じ?」

「?! ──っ……」


この人は私を幾つだと思っているのか。


そんなわけないだろう、と言おうと思いつつも、寸前で迷いが生じ、言葉にはならなかった。


答えられずにいると、ニック卿の小さく溜息のような吐息。


「……まあ、良かったんじゃない?」

「……え」

「比較対象や選択肢があった方が。 一生の問題だ、ちゃんと考えて決めた方がいい」


そう言って、笑う。


嫌だ。



──そんな風に余裕だから、私は答える機会を失ってしまったじゃないの。



「……お嬢様のお輿入れまでは、なにも」

「ああ、なるほど」


本当に言おうとしていた返事も『お嬢様』を理由にしようとしていたが、出た言葉は嘘になってしまった。


お嬢様と離れ難いのは事実だ。

ただ、私がニック卿を選ぶのはそればかりが理由ではない。

ニック卿も、もしかしたらそうかもしれないが……その比重は、私とは大きく異なるだろう。

培ってきたものや責任の重みが違いすぎる。


それが悔しくて、悔しいと思うことも悔しかった。


私の役目など代わりはいくらでもきく──

そこへの純粋な虚しさと、駄目になっても替えが利くのは、お嬢様にとってだけじゃないことが。




あれこれしてくれるのは彼の方なのに、何故かいつも、自分ばかり惹かれている気持ちになる。


それがとても嫌だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヨッ!待ってました! ヽ( ̄▽ ̄)ノ
[良い点] ユミルとニックのその後が気になってたので、ありがたい! 男の立場からすると、そんなに深く考えないで素直に愛を受け取ってほしいのですが……。 自分はツンツン女子の良さがあまり分かってなか…
[良い点]  お~、ユミルがちゃんと恋する乙女だ!  自分の恋心を自覚したせいで、ニックの余裕のある態度が気になったり。実際は、ニックは余裕じゃなくてユミルの心情を慮って押しつけにならないようにして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ