婚約者に逃げられました(笑)
それからジゼル卿──ジル様に謝罪し、三人でお酒を飲んだ。ふたりの仲はやっぱり良かったが……それはなんとか我慢した。
いい時間になったところで、彼女を部屋まで送る。
「ティア」
ジル様は途中から、私に愛称で呼び合う許可を求めてきた。
そこには親しみもあるだろうが、これからへの彼女なりの気遣いだと思う。
婚約者と次期当主が代わった私達は、王都に行けば、なにかと噂になる身だ。
婚姻の時だけのつもりでそれは覚悟していたけれど、この先ちゃんとするのを考えたなら、彼女が私に良くしてくれるのはいくつかの良くない噂の払拭だけでなく、後ろ盾にもなるだろう。
「──珈琲、ごめんね」
「ああ……ふふ、いいんです」
「アレを出された時……負けた、と思った」
「……」
「馬鹿みたいだよね、最初から同じ舞台に立つ気もなかった癖に」
ジル様は最初から最後まで、ジゼル卿だった。
彼女がそれを、望んでいたから。
それでも、既に騎士への復帰を断られていた中で、その立場に葛藤するくらいには、この女性はフェル様のことを好きだったのだ。
「……私には、貴女の想いは想像できません」
「わかる、と安易に言わないのは好ましい」
『運命の出会い』とか言うが、『運命』なんてものがあるとしたら、それはとても理不尽で、意地悪だ。
少なくとも、彼女とフェル様のそれは。
想いの強さは全てじゃない。
タイミングとか、状況とか……ままならない沢山のなかで、選択を余儀なくされる。
悩んで選んだところで、それが正解かもわからない。
「撤回させてくれないか」
ジル様はそう言うと「君は誰よりフェルナンドに相応しい」と告げて美しく笑った。
──彼女がもっと嫌な女なら良かったのに。
「フェル様、お覚悟を」
「ティァ……──!!!?」
私はその夜、丈の短い寝間着を着て、ふたりの寝室へと行った。
部屋に入ると、また土下座せんばかりの勢いで振り向いたフェル様は、言葉を失ったまま、私の脚に釘付けになっている。
……ちょっと恥かしい。
(でも、だって……ジル様がああ言ったんだもの!!)
『あんなみっともない姿、彼が見せるのは君だけなんだろうね』
あれを羨ましいと思えるジル様は、まだ油断できない。
……滅茶苦茶フェル様が好きじゃないか!
彼女に覚悟を決められたら、話がややこしくなる。公女でしかも美女。おまけにナイスバディ。加えて一途でフェル様大好きときた。
勝てない。
ぶっちゃけ、想いですらまだ負けていると思う。
「……! ……!!」
我に返ったフェル様は 、なんだか言葉になっていない何かを叫びつつ、私を素早く毛布でぐるぐる巻きにした。
「……嫌ですか?」
「嫌なわけない……ッが、駄目だ!! なんでこんな? まだ俺の気持ちが信じられないなら……」
「いえ、私の方が」
「それは……俺を好きではないと……」
「好きです」
私の告白に彼は固まってしまった。
毛布にぐるぐる巻きにされて言う言葉でもない気はするけれど。
「でも、もっと好きになりたいんです」
確かに私はフェル様が好きだ。
だがそれは、まだ負けている。
ジル様にも、多分、フェル様にも。
絶対にもっと好きになれる自信はある。
共に過ごす時間や日々を介してしか得られないものもあるだろう。
だが、物理的接触でならきっと、今すぐ増やせる。
「……ティア」
「もっと好きになりますから。 もっと好きになって貰えるように、努力──」
そのあとは、唇を塞がれてしまったので、続けられなかった。
そしてフェル様は強引に私を──
──ぐるぐる巻きのまま自室へ戻した。
随分だと思う。
しかもユミルがいるにも関わらず、隣の部屋から延々と『如何に自分が私を好きか』を事細かに聞かせてくれた。
こちらが恥ずかしくなって『すみませんでしたもうやめてください』と謝るまで。
フェル様の気配が消えた後で、生温かい目で見ていたユミルに愚痴を言う。
「私だって覚悟を決めたのに……婚約者に逃げられた私だけど、こんなことでこんなふうに、また婚約者に逃げられるとは思ってもみなかったわ……」
「……お嬢様、顔が笑っています」
「あら」
ユミルは「大事にされてますね」と優しく言う。
実は、私もそう思う。
焦る気持ちはあるが、ここは彼の意見を尊重することにした。
それからは、フェル様が鍛錬を行う姿を前以上に見掛けるようになった。
多分ジゼル卿に触発されたのだろう。
ちょっと悔しい。
悔しいものの、寒いのに上半身裸で──しかも何故か同様に、無理矢理上半身裸にされた騎士の男性や、時にはニック卿を相手に汗を流すお姿は眼福ではある。
ただ、それがあまりに頻繁なので、もしかしたら男性が好きなのかと疑ってしまった。
大体何故、上半身裸なのか。
さり気なく問い質すも、答えてくれず。
結婚してからは滅多にやらなくなったが、結局フェル様は、鍛錬の理由を教えてくれなかった。
結婚当日──
「──」
「──」
「──ちょっとおふたりとも……見惚れて黙る時間が長いって言ってんでしょうが! 褒めるなら褒める!!」
互いに言葉を失った私達に、ニック卿から以前と同じような台詞で怒られ、急かされた。
「全く……変わりませんね」
呆れた顔をされたが『最初を思えば随分変わった』、と言うと卿は笑っていた。
きっと今日を境にまた、どんどん変わっていく。
『健やかなるとき』は穏やかに、『病めるとき』は努力をしながら。
ご高覧ありがとうございました!
完結ですが、なにか書くかもしれません。
ニックとユミルとか、ネルとコーディとか。
ルルーシュの話は長いと思うので、書いても別だと思います。




