心の中でだけ
「──ティア!!」
「!」
名を呼ばれ振り向くと、諸悪の根源であるフェル様が走っているのが見える。
こちらに気付き、更なる速さで駆け寄ってきた。
「フェルさま──!!」
私も彼に駆け寄ると
「ティ……」
──ドーンッ!
「ぐふゥっ?!」
頭突きさながらに前のめりの、強烈な体当たりを喰らわす。
いくら小柄な私と言えども、助走をつけての渾身の体当たりは、無防備だったフェル様の腹部にそれなりの威力を発揮。
彼は飛び込んだ私を庇いつつ、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「ええ……」
漏れ聞こえる、ジゼル卿の困惑した声。
やってやった感が凄い。
ジゼル卿にももう一度『私も騎士になれますかしら?』と、盛大なドヤ顔で尋ねてやろうかと思い、立ち上がろうとした。
その時──
「ひゃっ?!」
フェル様に肩を掴まれ、そのまま彼の胸へ倒される。
「フェルさ」
「好きだ」
「!」
私は驚いて彼の顔を見た。
今まで態度では散々示されてきたが、いつだってフェル様はハッキリと『好き』だの『愛している』だのと口にしたことはなかったから。
「……騎士には」
「戻らない」
逆に信じられなくてわざと発した心無い言葉だが、全て口にするより先に答えが返ってきた。
身体にかかる、フェル様の腕の力。
「愛している」
初めて情熱的に好意を口にしてくれた。
そんなフェル様だったが──
「……捨てないでくれ!」
(なんか情けないこと言い出したわ!?)
「俺は駄目な男だが、君が好きだ! 大好きなんだ!」
「っていうかフェル様痛い痛い! 大体いつまで転がってるつもりですか?!」
ぎゅうぎゅうされて最初は嬉しかったが、加減ってモノがある。そしてこの人、背中が痛くないのだろうか。
少し腕の力を弱めるも、拘束したまま身体を起こして立ち上がり、私を立たせるとなんと、その場で土下座をした。
「一生一緒にいてください!!」
「うわぁ」
ハッキリ言って、滅茶苦茶格好悪い。
色々台無しである。
(もう少しやりようがあったのでは……)
なんて不器用な人だろうか。
でも……それが愛しい。
形振り構わないで私を必要としている。
今までは格好つけていたのだ。
おそらくそれも、私に好かれる為に。
(だからルルーシュ様のことも隠していたのね……)
凄く腑に落ちた。
他の諸々も、そうだったのだろう。
勿論、それが全てではないだろうけど──
それでも。
こうして今、格好悪い姿を晒しているのは、確実に私の為だ。
「……まだ婚約中ですよ? ちょっとそれは早いのではないかしら」
「もう君を伯爵家になど戻さないから関係ない! 戻ると言うなら全力で阻止する!! どうか見捨てないでくれ!! 君がいなければ生きていけないッ! ……死ぬぞ?!」
額を地面に擦りつけ懇願するフェル様。
懇願しているようだが、言っていることは脅しである。
……大分錯乱している。
今までも時折おかしかったが、流石にここまでみっともない姿はなかった。
(そう……追い込まれるとこうなるのね)
「──とんでもない人を好きになってしまったわ」
「……え」
そう言いつつ、口角が上がるのを止められない。
そういえば私だって、ちゃんと『好き』と口には出していなかった。私も大概だ。
そして私だって、結構ダメな子の部類だ。
なにしろ当初の理想は『旦那様任せのインチキ侯爵夫人』である。
フェル様とでは『旦那様任せのインチキ侯爵夫人』としての、安穏とした未来は望めそうにないけれど……
(いいわ、頑張るから)
今は、それも悪くないと思っている。
随分私も変わったものだ──そう思いながら、決意を新たに手を差し出した。
「ティア……」
力なく呼ぶその声に、微笑んで応える。
フェル様はまだ情けない顔のまま、私を見上げながら手を取った。
重なる、てのひら。
なんだか結婚式のような気分。
心の中でだけだが『婚約』はもう終わりで、これを機にそんなつもりでいればいいや、と思った。
(だってこの人、私がいなくなったら死ぬらしいし)
先の言葉を思い出し、少し笑う。
『健やかなるときも、病めるときも』
そんな文言を思い浮かべながら。
共に手を取り──
──まずは、ジゼル卿への謝罪からである。
★客人(※しかも公女)放ったらかし──!!




