婚約者が代わりました
「──え?」
「だから、卿は『是非妻として迎えたいので、前向きに検討してくれ』とのことだ」
父の言葉に私は、自身の耳が正常に機能しているかを疑った。
最悪の顔合わせだった……と思いきや、何故かフェルナンド卿は婚約に乗り気だと言う。
あの後──
「──あっ……すまない、大丈夫か? ティアレット嬢。 失礼」
「ふぇっ……」
そう言ってフェルナンド卿は私を持ち上げ、椅子に座らせた。
流石騎士だけある。力持ちだ。
……でも、その後会話は続かず。
単文の遣り取りを、数回交わしただけになった。
フェルナンド卿は最後に『自分は不器用で気の利いた会話が得意ではない』などと謝ってくださったが、信じてはいなかった。
何故なら私は私で、フェルナンド卿が怒っていないようなのには安心したものの、脛は痛いわ、「ふえ」ってなんだよもう恥ずかしい……とかで話は浮かばないわと、散々だったからだ。
(なにがお気に召したのかしら……)
田舎者丸出しの泥臭さが良かったのかもしれない。
卿が仰るように不器用で無口な方なら、シンパシーを感じてくれたのかも。
全く解せぬが、あれだけ醜態を晒したにも関わらず、それでも婚約に前向きだというのなら、こんなに有難いことはない。
これは『包容力』という点に於いて、ルルーシュ様以上の逸材なのではないだろうか。
「で、どうするんだ? 」
「も、勿論有難く……お受け致します」
「うむ」
私の返事に、父は満足気に頷いた。
女は度胸である。
──というか望まれているのなら否も応もない。大体にして、相手は侯爵家……そもそもが過ぎたる縁談なのだ。
一応選ばせて貰った形ではあるが、お会いし『是非に』と言われてしまったのなら断れるようなものではない。
それにもう見合いとかしたくない。
今回、わかっていたが再確認した。
わざわざ伯爵家まで来させたのに編み物に熱中していた挙句、脚をぶつけ、気の利いた言葉のひとつも返せなかったのだ。
フェルナンド卿に凄まじい包容力があったから良かったものの……とんでもない話だ。
上手くいったのは、謎でしかない。
むしろ奇跡と言える。
この奇跡を逃してはいけない。
(そうだわ、ルルーシュ様とは違い、一から関係を構築しなければならないんだから……)
無垢だった子供の頃とは違い、色々知っている分マイナスからのスタートだ。
おんぶにだっこだったルルーシュ様の時とは違い、私も歩み寄る努力をしなければならない。
それに悩んでも仕方ない……というか悩み始めるとキリがない。人の、特に貴族の言葉の裏を探るのは、私には向いていないのだから。
(とりあえず編み物を完成させてしまおう)
そういえば話すきっかけにするつもりだったのに、狼狽えすぎてスッカリ忘れていた。
ルルーシュ様から、フェルナンド卿とは仲が良いと聞いている。次にお会いする時までに完成させ、今度こそ会話を弾ませたい。
……共通の話題など他に思い浮かばないし。
──しかし、
「お嬢様……いくら兄弟仲が良くても、 ルルーシュ様は元婚約者。 下品な言い方をすればお嬢様の『昔の男』ですよ? 彼の方とのことをフェルナンド卿にお話されるのは、如何なものかと」
侍女のユミルはそう私に苦言を呈す。
「そう? そうかしら……」
「それよりも、フェルナンド卿のためになにかを作ったら良いのでは」
「なるほど……それなら話題にできるわね! ありがとう、ユミル!!」
ユミルは口許を緩め微かに笑うと、まるで神託でも降りたみたいに荘厳な感じでこう言った。
「お嬢様、ユミルはお嬢様が幸せなご結婚をなさることを、切に願っております」
『幸せな結婚』……
──ってなんだろう。
正直なところ、あまり考えたことがなかった。
ルルーシュ様とは物心ついた時から婚約者だったし、彼は兎に角優しかった。
齢17となり『あ~そろそろ結婚するんだろ~な~』と思っていたが、それがあまりに当たり前過ぎて、今までの延長線上ぐらいにしか捉えてなかったような気がする。
(フェルナンド卿と結婚……)
ルルーシュ様との生活は漠然と、今までと大差ないという想像ができるが、フェルナンド卿との生活の想像が全くできない。
「あらやだ……なんだか不安になってきたわ……」
「……ええ?!」
ルルーシュ様はなんでもできたし、察してくださったから、不安なときは『いいよ、無理しなくて』と優しく言ってくれた。
(でも、フェルナンド卿にそれを求めてはいけないわね……)
フェルナンド卿のことはまだよくわからないけれど、ルルーシュ様のことは知っている。
ルルーシュ様とフェルナンド卿のことを話したことはあまりないが、それを思い出してみることにした。
──ひとつ、私にだけポロッと話してくれたことがある。
実はルルーシュ様は、フェルナンド卿が騎士になることをずっと嫌がっていた。
『弟は心根の優しい男だから』と。
卿は騎士から次期侯爵として領地に戻られたばかり。色々不安もあるだろう。
そして彼の言葉が真実で、それ故に私を選んでくださったなら、やはり共感を覚えたのだと思う。
ルルーシュ様の『心根が優しい』という評価とも一致する。
ならむしろ私が頑張らなければならないのでは……
(そもそも歩み寄るって、変わるってことじゃない? ……変わらなきゃダメよね?)
無理だし嫌だ……とは思えど、仮に今回も駄目になった場合を考えてみるとそうも言ってられない……ような気もする。
試しに駄目だった場合の未来を想像してみた。
(無心でやる作業は平気なわけだし、修道院とか…………いやぁぁぁ! 規律の厳しい、共同で生活する場なんて……!! 食は細いし内容には拘りのない方だけど、他人に心を削られる想像しかできないわァァァ!!!!)
(孤児院で働く…………無理ィィィ!! 子供には舐められるタイプなのよぉぉぉ!!)
──そうも言ってられないと確信した。
そして再びフェルナンド卿がいらっしゃる日、私は思い余って猫を召喚してしまった。
多分、100匹くらい。