女の戦い!
「お嬢様、晩餐の支度が整ったようです」
「そう、ジゼル卿とフェル様はお部屋に?」
「それが……」
なんと、フェル様はどこぞに消えたらしかった。ジゼル卿放ったらかしで。
……客人よ?一応。
しかも公爵令嬢で、(おそらく)王太子の遣いの。
「誰も見ていないの?」
「そのようです」
(……ルルーシュ様のところね?)
それしか考えられない。
どんだけ疑っているのか、何故私に聞かない……などと怒りつつも、ジゼル卿よりそれが優先事項だったことに、喜ぶ気持ちもある。
「……丁度いいわ」
女同士で片をつけるのに、むしろ好都合だ。
ジゼル卿はフェル様に特別な好意を抱いている。
──と私は思っている。
そしてそうであれば、誤解をしていてもしていなくとも、そこに直接的な因果関係など存在しない。
ローラン夫人に案内されてやってきたジゼル卿は、騎士服に身を包んでいた。
「……フェルナンドは」
「申し訳ございません、ただいま席を外しております。 領主代行としての責任がございます故、何卒御容赦くださいませ」
慇懃無礼な私の煽りに眉根を寄せるも、席に座ると不敵に口角を上げる。
「君がもてなしてくれると?」
「ええ。 卿にとってもきっと、忘れられない一夜になるでしょう」
「はっ……随分な自信だ」
「ふふ、侯爵家の料理長の腕は確かですのよ?」
煽りに乗ってくれて助かった。
部屋で食事を摂る、と言われてしまっては話すことができない。
煽りは最初だけ。まず私は、誠心誠意ジゼル卿をもてなすことに尽力する……そう決めていた。
もてなすといっても突然の客人だ。
料理を豪華にすることは可能でも、メニューの指定をできる程には、私も彼女への知識はない。
料理は料理長に完全にお任せして、私はメニューの説明ができるように内容を叩きこんだ。
料理に助けられながら、ひたすら彼女の話を聞く。幸い知りたいことは山ほどあるので、話を振るのには困らない。
勿論、不快にさせる話を振るつもりなどは無い。
彼女の好きな話と、私の知りたいことは一致している。
大丈夫な筈だ。
「どういうつもり?」
暫く経つと、複雑な面持ちで彼女は聞いた。
話を振った、フェル様との過去のあれこれ──最初はマウントを取ってきたジゼル卿だったが、私の様子に徐々に毒気を抜かれたようだった。
食事はともかくこうも歓待されるとは、思っていなかったのだろう。
「淑女らしく、包んだ言葉の応酬でも始まるかと思っていらっしゃいました?」
「……ハッキリ言うね」
「まだるっこしいのはお嫌い、と。 ──ジゼル卿は大切なお客様です。 気持ちよくお過ごし頂けるようにするのは当然です。 それにとても素敵なお話ばかり……お陰様で私も楽しく過ごさせて頂いております」
そう言って微笑み、お酒のお代わりを勧める。バツの悪そうな顔で「そう」と言いながらも、彼女もそれを快く受けた。
フェル様がいたら、こうはいかなかっただろう。タイミング良くいなくなってくれたと思い、少し笑ってしまった。
私が聞き及んでいる範囲での『ジゼル・ウィンダー』という女性は、良くも悪くも真っ直ぐで頑固な人だ。四女とはいえ、彼女が公女であるにも関わらず騎士を目指したのも、そのひとつと言える。
人伝の評価なんてアテにはならないが、彼女は美貌も経歴も突出している。
知っている限りの事象の裏を考えてみても、為人の評価は概ね正しいだろうと思われた。
それを確かめたかった。
フェル様との過去の思い出話も、聞きたかった。
本来の彼女との矛盾こそ、彼への想いの証だ。
食事が終わる直前、ジゼル卿を散歩に誘った。
夜になると、流石に冷える。ユミルから厚手のストールを手渡され、肩に掛けた。
中庭の煉瓦の小路に、邸の照明に照らされた私達の影が濃く、薄く、四方に伸びる。
当初、彼女の態度によっては、確実に負けるであろうキャットファイト(※猫だけに)も辞さない構えだったが、もうその必要は感じられない。
「ティアレット嬢……楽しい時間をありがとう」
こちらを見ないまま、ジゼル卿はそう言う。
お礼を言われたことで、更に居た堪れない気分で話をしなければならなかった。
「ジゼル卿……御足労頂いて申し訳ございませんが、私には婚約を解消する意思はありません」
「……ひとつだけいいだろうか」
「はい」
「フェルナンドを愛している?」
「──はい」
彼女はため息のように「そう」とだけ返し、こちらを向いて微笑む。舞台のワンシーンや小説の主人公の挿絵なんかよりも、もっとずっと綺麗に。
「フェルナンドには既に断られている」
「……ウィンダー様」
「……やめてくれないか」
「すみません」
「いや謝るな……私が狡い。 卑怯な真似をした」
騎士である自分を利用し、私に判断を迫ったのが卑怯だと言うなら、もっと卑怯な真似もできた筈だ。
そうしなかったのは、多分……
(いや、やめよう)
この女性は隠したいのだ。
だから、騎士服を着て食事に来たのだから。
ここに彼女が来たのは、伝達の為ではなく……フェル様の気持ちを知りたかったから。
そして、私を知りたかったから。
彼女の話の中で感じられた、騎士として認められる為の努力。美貌の公女……女であることの枷の中での苦悩。
そして、認めてくれた相手。
女性であることに枷を感じていた中で、その相手を好きになるのには、葛藤があったのだと思う。
ネルのことがあったから、少しだけ理解できた。
「──はっ?! 何故泣く?!」
「……すびばせん……」
ウッカリ泣いてしまって滅茶苦茶動揺された。
だって、赤の他人ならジゼル卿を応援してあげたい。
流れと消極的な理由からフェル様を選んだ私より、素直になれなかっただけの彼女の方が、遥かに切ないじゃないか。
今の立場でも、もっと私が自分に自信のある人間ならば、『せめてジゼル・ウィンダー嬢として区切りをつければ宜しい!』とか言えた筈だ。きっと。
綺麗に着飾って、女としての素直な気持ちを打ち明けて貰い──『選ぶのは、フェル様なのですから!』とか、堂々と宣ってあげたいところだ。
(でも絶対嫌だ)
だがそれは、自分に自信があったらの話。
(負けるもの!! ……負けたくないもの!)
そんなものはない。
正直負ける気しかしない。
だから、選択肢なんてやらないし、だから、言わない。
立場に乗っかっている私だって、むしろ私の方が……よっぽど卑怯かもしれなかった。
被っていた猫は『にゃ~ん』と剥がれてしまい、涙が止まらない。困惑し理由を聞くジゼル卿に「私も卑怯なので……」と鼻水を啜りながら答える。
先程のジゼル卿とは違い、泣いている姿も様にならない。
……甚だ遺憾である。
「君は……やはりルルーシュ殿と?」
「いや、それは誤解です。 うぐっ……やっぱり誤解されていたぁぁぁ……」
「誤解……『やっぱり』?」
流れで誤解の内容や、そう思うに至った経緯を語っているうちに、段々また腹が立ってきた。
「……そもそもフェル様のせいですよね」
「うんまあ……いや、私も悪いけど……」
「いえ、フェル様が悪いです!」
「フェルナンドはルルーシュ殿へのコンプレックスが酷いから……」
私は狭量にも、ジゼル卿の言葉にカチンときた。
「そんなの私だって知ってますゥ~!」
「えっ?!」
同調して泣いたが、もうマウントは許さない。
共に過ごした時間は短くても、婚約者は私なのだ。
「うんあのゴメン」とジゼル卿(※公女の筈の人)は狼狽えており、私は後で冷静になってから、滅茶苦茶後悔した。
全てフェル様のせいである。




