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婚約者に逃げられました。  作者: 砂臥 環
第四章 婚約の終わり

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女の戦い!


「お嬢様、晩餐の支度が整ったようです」

「そう、ジゼル卿とフェル様はお部屋に?」

「それが……」


なんと、フェル様はどこぞに消えたらしかった。ジゼル卿放ったらかしで。


……客人よ?一応。

しかも公爵令嬢で、(おそらく)王太子の遣いの。


「誰も見ていないの?」

「そのようです」


(……ルルーシュ様のところね?)


それしか考えられない。

どんだけ疑っているのか、何故私に聞かない……などと怒りつつも、ジゼル卿よりそれが優先事項だったことに、喜ぶ気持ちもある。


「……丁度いいわ」


女同士で片をつけるのに、むしろ好都合だ。




ジゼル卿はフェル様に特別な好意を抱いている。

──と私は思っている。

そしてそうであれば、誤解をしていてもしていなくとも、そこに直接的な因果関係など存在しない。


ローラン夫人に案内されてやってきたジゼル卿は、騎士服に身を包んでいた。


「……フェルナンドは」

「申し訳ございません、ただいま席を外しております。 ()()()()()()()()()()がございます故、何卒御容赦くださいませ」


慇懃無礼な私の煽りに眉根を寄せるも、席に座ると不敵に口角を上げる。


「君がもてなしてくれると?」

「ええ。 卿にとってもきっと、忘れられない一夜になるでしょう」

「はっ……随分な自信だ」

「ふふ、侯爵家(ここ)の料理長の腕は確かですのよ?」


煽りに乗ってくれて助かった。

部屋で食事を摂る、と言われてしまっては話すことができない。


煽りは最初だけ。まず私は、()()()()()()()()()()()()()ことに尽力する……そう決めていた。


もてなすといっても突然の客人だ。

料理を豪華にすることは可能でも、メニューの指定をできる程には、私も彼女への知識はない。

料理は料理長に完全にお任せして、私はメニューの説明ができるように内容を叩きこんだ。


料理に助けられながら、ひたすら彼女の話を聞く。幸い知りたいことは山ほどあるので、話を振るのには困らない。

勿論、不快にさせる話を振るつもりなどは無い。

彼女の好きな話と、私の知りたいことは一致している。

大丈夫な筈だ。




「どういうつもり?」


暫く経つと、複雑な面持ちで彼女は聞いた。


話を振った、フェル様との過去のあれこれ──最初はマウントを取ってきたジゼル卿だったが、私の様子に徐々に毒気を抜かれたようだった。


食事はともかくこうも歓待されるとは、思っていなかったのだろう。


「淑女らしく、包んだ言葉の応酬でも始まるかと思っていらっしゃいました?」

「……ハッキリ言うね」

「まだるっこしいのはお嫌い、と。 ──ジゼル卿は大切なお客様です。 気持ちよくお過ごし頂けるようにするのは当然です。 それにとても素敵なお話ばかり……お陰様で私も楽しく過ごさせて頂いております」


そう言って微笑み、お酒のお代わりを勧める。バツの悪そうな顔で「そう」と言いながらも、彼女もそれを快く受けた。


フェル様がいたら、こうはいかなかっただろう。タイミング良くいなくなってくれたと思い、少し笑ってしまった。



私が聞き及んでいる範囲での『ジゼル・ウィンダー』という女性は、良くも悪くも真っ直ぐで頑固な人だ。四女とはいえ、彼女が公女であるにも関わらず騎士を目指したのも、そのひとつと言える。


人伝(ひとづて)の評価なんてアテにはならないが、彼女は美貌も経歴も突出している。

知っている限りの事象の裏を考えてみても、為人(ひととなり)の評価は概ね正しいだろうと思われた。



それを確かめたかった。

フェル様との過去の思い出話も、聞きたかった。


()()()()()()()()()こそ、()()()()()()()だ。




食事が終わる直前、ジゼル卿を散歩に誘った。

夜になると、流石に冷える。ユミルから厚手のストールを手渡され、肩に掛けた。


中庭の煉瓦の小路に、邸の照明に照らされた私達の影が濃く、薄く、四方に伸びる。


当初、彼女の態度によっては、確実に負けるであろうキャットファイト(※猫だけに)も辞さない構えだったが、もうその必要は感じられない。


「ティアレット嬢……楽しい時間をありがとう」


こちらを見ないまま、ジゼル卿はそう言う。


お礼を言われたことで、更に居た堪れない気分で話をしなければならなかった。


「ジゼル卿……御足労頂いて申し訳ございませんが、私には婚約を解消する意思はありません」

「……ひとつだけいいだろうか」

「はい」

「フェルナンドを愛している?」

「──はい」


彼女はため息のように「そう」とだけ返し、こちらを向いて微笑む。舞台のワンシーンや小説の主人公の挿絵なんかよりも、もっとずっと綺麗に。


「フェルナンドには既に断られている」

「……()()()()()()

「……やめてくれないか」

「すみません」

「いや謝るな……私が狡い。 卑怯な真似をした」


騎士である自分を利用し、私に判断を迫ったのが卑怯だと言うなら、もっと卑怯な真似もできた筈だ。

そうしなかったのは、多分……


(いや、やめよう)



この女性(ひと)は隠したいのだ。

だから、騎士服を着て食事に来たのだから。


ここに彼女が来たのは、伝達の為ではなく……フェル様の気持ちを知りたかったから。

そして、私を知りたかったから。



彼女の話の中で感じられた、騎士として認められる為の努力。美貌の公女……女であることの枷の中での苦悩。

そして、認めてくれた相手。


女性であることに枷を感じていた中で、その相手を好きになるのには、葛藤があったのだと思う。

ネルのことがあったから、少しだけ理解できた。




「──はっ?! 何故泣く?!」

「……すびばせん……」


ウッカリ泣いてしまって滅茶苦茶動揺された。


だって、赤の他人ならジゼル卿を応援してあげたい。

流れと消極的な理由からフェル様を選んだ私より、素直になれなかっただけの彼女の方が、遥かに切ないじゃないか。


今の立場でも、もっと私が自分に自信のある人間ならば、『せめてジゼル・ウィンダー嬢として区切りをつければ宜しい!』とか言えた筈だ。きっと。

綺麗に着飾って、女としての素直な気持ちを打ち明けて貰い──『選ぶのは、フェル様なのですから!』とか、堂々と宣ってあげたいところだ。


(でも絶対嫌だ)


だがそれは、自分に自信があったらの話。


(負けるもの!! ……負けたくないもの!)


そんなものはない。

正直負ける気しかしない。


だから、選択肢なんてやらないし、だから、言わない。

立場に乗っかっている私だって、むしろ私の方が……よっぽど卑怯かもしれなかった。




被っていた猫は『にゃ~ん』と剥がれてしまい、涙が止まらない。困惑し理由を聞くジゼル卿に「私も卑怯なので……」と鼻水を啜りながら答える。

先程のジゼル卿とは違い、泣いている姿も様にならない。

……甚だ遺憾である。


「君は……やはりルルーシュ殿と?」

「いや、それは誤解です。 うぐっ……やっぱり誤解されていたぁぁぁ……」

「誤解……『やっぱり』?」


流れで誤解の内容や、そう思うに至った経緯を語っているうちに、段々また腹が立ってきた。


「……そもそもフェル様のせいですよね」

「うんまあ……いや、私も悪いけど……」

「いえ、フェル様が悪いです!」

「フェルナンドはルルーシュ殿へのコンプレックスが酷いから……」


私は狭量にも、ジゼル卿の言葉にカチンときた。


「そんなの私だって知ってますゥ~!」

「えっ?!」


同調して泣いたが、もうマウントは許さない。

共に過ごした時間は短くても、婚約者は私なのだ。


「うんあのゴメン」とジゼル卿(※公女の筈の人)は狼狽えており、私は後で冷静になってから、滅茶苦茶後悔した。


全てフェル様のせいである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 子猫相手であっという間に嫌な女の化けの皮が剥がれて草なんだ そりゃこんな子相手に慣れないキャットファイト出来ないよねえ
[良い点] 危機を前にして目覚めた、正妻の自覚w よくがんばった、ティアレット!
[一言] コーヒーひっかけられたときには、どうなることかとめっちゃハラハラしましたが、ちゃんと仲良くなってるー! ティアレットちゃん、偉いです!
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