もうピヨピヨもしてられない
フェル様が、女性を連れてきた。
「フェル様……?」
「──あ……ああ、ただいま」
それだけでなく、フェル様の様子は明らかにおかしい。
いつもならはにかんで「ただいま」と言うのに、気まずそうに目を逸らす。
「そちらの方は?」
「ああ、彼女は──」
胡乱に視線を彷徨わせながら、フェル様は少し後ろに立っている女性に目配せした。
女性は馬に乗ってきたのか、細身のジャケットにガウチョパンツというスポーティな出で立ち。長身でスレンダーなのに、出るところは出ている……ネルのような身体だ。
しかも、物凄い美人。
服も一見質素に見えて、いい生地だ。
おそらく平民ではない。
「やあ、初めまして婚約者殿! 私はジゼル・ウィンダー」
「!」
ウィンダー公爵令嬢……!?
想像していなかった目上の方に、慌てて淑女の礼を取った。
「大変失礼を致しました。 私はベッカー伯爵家が娘、ティアレットにございます。 ようこそ、ジゼル卿」
ウィンダー公爵家四女であるジゼル様は、フェル様と同様に騎士である。彼女は令嬢扱いや家の名前を出されるのを嫌うらしいので、騎士として名前で呼ぶことにした。
彼女に目配せしたのは、フェル様もどう紹介するかで少し悩んだのかもしれない……
そうは思いつつも、心の中では舌打ちしたいくらいには苛立った気持ちでいた。
女性であるジゼル卿は、先の戦では戦地には赴けなかった、と聞いている。仲が良いとも知らなかった。
「ははっ、気楽にしてよ!」
快活にそう言って、彼女は私の手を両手で包むように握り、微笑む。小首を傾げると、全部を後ろに束ねただけの金の髪が、ふわりと揺れた。
睫毛が凄く長い。
エメラルドみたいな瞳。
なにもかもが全体的にキラキラしている。
間近で見ると更に、物凄く綺麗な人で、その迫力に後退りそうになる。
「フェルとは騎士仲間なんだ。 婚約者殿と会えて嬉しいよ」
「……光栄にございます」
私も辛うじて笑顔で返す。
しかし、腹の中はモヤモヤしていた。
(……なんとなく、マウントを取られている気がする)
『気安くしてほしい』という言葉通りに『一介の騎士である』アピールをしてくれている……と取るのが妥当であり、ただのヤキモチで穿った見方をしてはいけない。
──そう自分に言い聞かせた。
彼女の家が公爵家であることを除いても、ジゼル卿はフェル様の大切な騎士仲間であり、客人である。
まだ侯爵家の人間ではないが、婚約者として許されるレベルでもてなすべきだろう。
「グレタ、突然で悪いが客室を」
「畏まりました」
「フェル様、私がジゼル卿を応接室までご案内しても?」
「いや、いい」
「……えっ?」
その温度の冷たさに、おもわず聞き返してしまうという失態。それをなんとか持ち堪えて、ジゼル卿に笑顔を向けた。
「──失礼致しました。 それではごゆっくり」
出過ぎた真似だったことや、フェル様の態度に少なからずショックは受けているが、これ以上醜態は見せれない。
動揺を隠しつつお辞儀をして下がろうとすると、フェル様に腕を取られた。
「?! フェル様……?」
「…………ティア」
フェル様は怖いような悲しげなような、なんとも名状し難い顔で、私の名前を呼ぶ。
しかし、その後に言葉は続かない。
「……ジゼル卿がお待ちです」
耐えきれなくなった私の口から出たのは、気持ちとはうらはらな言葉だった。本当の気持ちは、不敬だがジゼル卿などどうでもいいし、ふたりになどさせたくない。
(と、いうか……)
そこで私はあることに気付いた。
このままだと、ふたりきりになってしまうのでは?
公爵令嬢のくせに、従者を付けてる気配はない。それに『騎士仲間』を強調していた。
フェル様だって『騎士として大切な話があるから人払いを』とか言われたら断らないかもしれない。
「──やはり、私がご案内致しますね!」
「えっ」
四の五の言ってられないので、暴挙とも言える行動に出た。
フェル様に有無など言わせない。
目の前には、高位貴族で騎士仲間でもあるナイスバディ美女。
かたや私は、ツルペタストーンの政略婚約者(※しかも兄の元・婚約者)だ。
持ち物以上の自信など簡単には手に入らないし、それ故にフェル様に向けられた愛情を、全て信じられている訳でもない。
──それでも譲りたくないのなら、ヒロイン気取りで凹んでいる場合に非ず。
(危ない危ない……自信のなさに流されるところだったわ)
スペックで負けているのだから、奪われないように必死になるのは、至極当然なのだ。
私を動かした憤りとともに、改めて自分が今までどれだけ恵まれていたのかを思い、反省した。
さながら餌が落ちてくるのを、ピヨピヨと口を開けて待つ雛鳥の如し。
「フェル様はどうぞ、お着替えになっていらして? お待たせして申し訳ございません、ジゼル卿」
私は武装した猫を被り、出陣する。
多分、今までで一番の淑女の笑みを貼り付けて。




