悩みごとは尽きないのだ
『冬祭り』を境により一層距離を縮めていった私達だが、問題がひとつ。
「あ、ご機嫌よう。 ルルーシュ様」
「やぁ、ティアレット嬢」
いつまで経ってもフェル様は、私をルルーシュ様に会わせようとはしなかった。
ルルーシュ様は邸にこっそり来ているようだが、その頻度は多く……いくら鈍い私とはいえ、そりゃ気付く──と言いたいところだが実は図書室に行く時にばったり出会したのである。
それ以来、たまにこうしてばったり会ったときは、フェル様にバレない程度にちょっとお話をしている。
バレてもやましいところがあるのはむしろ、フェル様の方。バレない程度で切り上げるのは、こちらの優しさだ。
聞くとケプトにいく少し前ぐらいからこちらに来ていたそうで、一部家人以外は気付いても知らぬフリをしていたらしい。
ばったり会わなければ、もしかしたら気付かないままだったかもしれないが……そもそも自由にさせて貰っている私と『ばったり会わない』、と考えているあたりが温い。
もしかして──
「私は『動かない子』と思われているのかしら?!」
「えっそこ?」
「だって私、以前に比べてかなり能動的になったと思いませんか?! ショックです!」
「ああうん、その自覚が芽生えて良かったかな?」
図書室で軽く立ち話をしていると、ネスト女史がやってきて応接室を勧めてくれた。
「本日フェルナンド卿は出てらっしゃいますし、たまにはゆっくりお話なさったら宜しいのでは? 侍女様もおりますからふたりきりではありませんが、気になるようでしたら私もご一緒しますし」
「そうだねぇ。 ティアレット嬢が良ければ」
「おふたりがお忙しいのでなければ是非!」
フェル様には悪いが、本人には聞けないこともある。
それなりに気の置けない仲であるルルーシュ様に、それらのことを聞いてみたかった。
14の時に王都へと発ったフェル様とルルーシュ様は、10代の後半殆ど会うことがなかったものの、手紙での遣り取りは密に行っていたらしかった。
「そのあたりから隣国との仲がきな臭かったからね……なるべくなら戦に参戦などして欲しくなかったけど、あの頃のフェルナンドはそうもいかない立場だったから」
「あぁ……」
そして数年後現実に戦は起こり、既に騎士となっていたフェル様はいち早く参戦した。
大きな戦になれば、貴族である我々は国を守る義務がある。一般兵士の募集は勿論、貴族の家からは騎士として誰かしらが参戦するか、支援金や物資を納めなければならない。
実際起こった戦はごく一部の地域で留まり、その時ですら私達の生活に直接的な影響を及ぼすことはなかったものの、それは外交に携わった方達と、フェル様のように前線で戦ってくれていた騎士達のおかげだ。
──そんな国の功労者であるフェル様のことだが、私が聞きたいのは非常に俗物的なことであった。
「その……フェル様の当時の恋人とか……」
「ふふ、気になる?」
「あらあら」
クスクスとさも微笑ましい、というような笑いを向けながらも、ネスト女史は「私はあちらで執務を」と室内の机へと卒無く移動する。
「まあいたこともあったみたいだけど、長く続かなかったみたいだね」
「……ふぅん、どんな女性だったのかしら」
「おっと、悋気かな? 言っとくが大分昔の話だから……凱旋してからはなにもないみたいだよ。 君も聞いてるはずだ」
「そうですけど、信じられなくて……だって、絶対モテた筈だわ」
「アレは気軽に誰かと付き合えるタイプじゃない」
私の悋気からの懸念をルルーシュ様はそうバッサリと断じ、更に続けた。
「まあフェルナンドは、相手がいない状態で真剣に誰かに好かれたら、簡単に好きになってしまいそうな感じではあるけれど。 凱旋後は一廉の騎士……モテたから逆に、誰が自分に本気かわからなかったんじゃないかな」
そう言われるとそんな気はする。
だが、まだ納得いかないような顔をしていたのか、ルルーシュ様からの駄目押し的な一言。
「ねぇ、ティア? 私があんなことをしたのに、侯爵家がちゃんと調べないでフェルナンドを勧めると思う?」
「……確かに」
「つまりはそういうことさ」
ふふっとルルーシュ様は笑って、それからは私の悋気をひたすらからかわれた。
「私にはヤキモチなど妬かなかったのに」と笑うルルーシュ様だが、彼も勿論モテた。
『病弱』という私の噂もあり、隙あらばとって代わろうとして玉砕したご令嬢の話は、それなりに耳にしている。
あの頃の私は恋を知らなかったが、今振り返ってもルルーシュ様は、完全に私を女性として見てはいなかった。
「ルルーシュ様を射止めた女性にも、いずれお会いしたいわ。 どんな方です?」
「う~ん……そうだねぇ」
「……?」
ルルーシュ様はよく上手く濁したり流したりする人だ。この時もルルーシュ様は曖昧に流し、「まあそのうちね」と話を切り上げる。
だが、付き合いが長い私はそれに、ほんの少しばかり違和感を感じた。
「ルルーシュ様……」
もう少しルルーシュ様の恋人について、突っ込んで聞いてみようか──しかしそれは、扉のノック音に遮られた。
「お嬢様、フェルナンド卿が戻られたそうです」
「おっと、それじゃ私は失礼するよ」
「あ……」
(気になることが増えてしまった……)
そう思いつつも、暖炉に消えるルルーシュ様を軽く見送ったあとで、ネスト女史に礼を言い私もその場を辞した。
聞いてもらったことで幾分スッキリして、入口ホールに向かう。
ルルーシュ様から聞いたところで、やっぱりフェル様の女性遍歴が気にはなる。
そして聞いたらヤキモチを妬くのだろう。
ならば聞かないのが正しいのに、知りたいというこの矛盾……ッ!
自分がこんな面倒な女とは思わなんだ。
(でもルルーシュ様の言うことは、流石に説得力があったわ~)
気になるのは消えなくとも、『気になる』という気持ちを聞いてもらい、論理的に窘められるとやはり違う。
話す相手はユミルがいるが、どうしたって彼女は私側の人間であり、しかも昔のフェル様なんて知らないのだから。
(ルルーシュ様もフェル様も、もっと悩みを話してくれればいいのに……男の方ってそれでは気持ちが楽にならないのかしら?)
そんなことを思っていた私だったが、この直後にそんな思いなど吹っ飛んだ。
「フェル様、お帰りなさいま──」
それどころじゃない事態が起きたのである。
なんと、フェル様は女性を伴っていた。
しかも、ナイスバディで美人の。




