閑話・ユミル視点
読まなくても差し障りはないやつ。
筆が乗ったので差し込んでしまいます。
「──手袋を贈る風習、ですか」
流れでニック卿と『冬祭り』を回ることになって暫く。
別行動をしていたフェルナンド卿とコーディさんが、何故かブティックに入っていくのを見掛けた。
広場のベンチでニック卿は私に、その理由を教えてくれた。休憩がてら、露店で買ってきてくれたホットチョコレートを飲みながら。
「素敵ですね」と私が無難な返事をすると、彼はニヤッと笑った。
「そう? じゃ、買ってあげるよ」
「……は?」
そんな飴玉でも与えるような気軽さで言われても、全く素敵ではない。
──むしろ不愉快である。
「ユミルは何色が好き?」
「いえ、要りません」
生憎そういう冗談……或いは軽口やその場のノリでプレゼントされて、喜ぶタイプではない。
可愛くないと言うなら、言えばいいのだ。
少し気を許して手など繋いでしまったことを恥じながら、この後どうしようかと考えた。
なんだかとてもイライラするが、一緒にいなければならない。
「怒ってるの? ユミル」
「……馴れ馴れしいです」
「俺はつまらんイベントに合わせて適当なことを言うのは性にあわないんだ」
開き直ったような言葉。
口調はいつもよりぞんざいだが、サラッと抑揚のない調子はいつものまま。
そのなにも動じてない感じに益々イラッとし、少し頭に血が上るのを感じた。
「──なら……!」
「でも、いいタイミングには乗る」
振り向いた私と彼の視線が合う。
脚を組んで顎に手を当てたまま彼は真面目な顔でこちらを見ていた。
少し溜息混じりに笑うと、顎に当てていた手をはずしひらひらとさせた。
「……それだけさ。 俺は別にいつでも口説けるけど、君が『素敵だ』って言うなら、手袋を買ってあげるのは当然だろ?」
「……!?」
「わかる? 今、真面目に口説いてるの」
「っおかしいんじゃないですか?」
「なんで?」
なんで?
そんなこと聞かれても、困る。
声を荒らげたことも含め、動揺を隠しきれない。
「突然だから?」
「……ええ、まあ……それも」
この人と私の仲など、今までさして考えたこともない。完全に主の婚約者を介してのただの『腐れ縁』だ。強いて言うならむしろ、仲は悪いぐらいじゃないかと思う。
「そうだね。 確かに突然だよなぁ……」
再び顎に手を当てると、私に言うでもなく、独り言のように彼は言った。
なんなんだろう、この人。
前から思ってたけど、調子が良くてチャラい。
尊敬するグレタ・ローランの息子とは思えない。
「考えてみてよ、ユミル。 俺の主と君の主を。 君ん家子爵家だし、互いにピッタリな条件じゃない?」
「えっ……」
しかし彼は更に突然、リアルなことを言ってきた
「俺も今日気付いたんだけど。 君が可愛いことにも」
「……からかってるんですか?!」
「いや、真面目な話をしているところさ」
「信じられません!」
「いいよ」
「は??」
「いいよ、ゆっくりで」
「──」
『互いにピッタリな条件』
『可愛い』
『真面目な話』
ニック卿の言葉がぐるぐる回る。
言葉は通じているのに、意味が入ってこない。
今まで自分は割と冷静な方であると思っていたのに、私は今、明らかに混乱していた。
「──うん」
一人勝手に納得したようにそう言って立ち上がると、ニック卿は「そろそろ行こうか」と、こちらに手を差し出す。
「今は『冬祭り』を楽しもう?」
そう言って、微笑んだ。
何一つ考えがまとまらないまま、何故か惰性で手を取ってしまう。
「ここにこうしていても仕方ないし」と取ってつけたような適当な理由が脳内に過ぎる。
だが、それに身を任せたかたちだ。
数歩進んだところで「あ、」と思い出したように口に出した彼は、私の顔を覗き込むようにして言った。
「言っとくけど、『可愛いことに気付いた』方が先だから。 条件より」
……やっぱりこの人チャラい!
そう思って睨みつけると「俺は誤解される前に、口に出していくタイプなんだ」と続けた。
いつものようにシレッとした調子で。
暫くして、実家にローラン子爵家から釣書が届くのだが……
それはまた別の話。




