ちょっと先の約束
「えへへーどう?」
湯浴みをしてからも、嬉しすぎて手袋をはめたり眺めたりを繰り返す私に、ユミルは言った。
「お嬢様にとてもよくお似合いですが、その格好では似合いません」
その格好とは寝間着。
『はよ寝ろ』という含みを持たせた言葉である。
最終的に含みではなく、「またお熱が出ますよ」と子供を窘めるように言われる始末。
「ユミルの話も聞きたいのだけれど?」
「楽しませて頂きましたよ……それより、お嬢様。 『冬祭り』に異性に手袋を贈るのは、特別な意味を持つらしいですよ」
──『特別な意味』。
その内容を知って私は歓喜に打ち震えた。
どこまでフェル様は私を喜ばす気だろうか。
(何か私もお返ししたいわ……)
しかし、首になにか巻くのはムズ痒くてダメなタイプであるフェル様に、マフラーはプレゼントできない。
そんなことを呟きながら、じゃあ私も手袋にすべきだろうか、しかし毛糸では……などと思った時だった。
「お嬢様……それ、御本人に確認されました?」
「えっ」
「その割にフェルナンド卿は、ハイネックのお召し物が多いような。 今日もそうじゃありませんでした?」
「そういえば……!」
あれ?
じゃあ別にフェル様は『首になにか巻く(以下略)』ではないのかしら??
「──はっ! じゃあこうしてはいられないわ!!」
私は荷物の中から編みかけのマフラーを取り出し、急遽完成させることにした。
これは『フェル様はマフラーが好きではなさそうだ』と思い、途中でやめてしまったものである。
いい毛糸を使い、凝った編み方で丁寧に編んだので解くには勿体なく、誰かにあげるか自分で使うかで悩み、放置したままだったのだ。
編み方が凝っているので、場所が変わって眠れない場合の為に、ここに持ってくるに至っていた。
……なんて幸運!!
「一晩で仕上げるわ!」
「えっ? ですが眠らないと……」
「昼間眠ったから大丈夫よ!!」
「…………」
ユミルは「せめて暖かくしてください」と消した暖炉の火を再びつける。
「先に寝て」と言ったが、彼女は『本を読む』という理由をつけて、付き合ってくれた。
申し訳ないな、と思いつつもやめる気はなく……ユミルも頑固なので、寝る気はない様子。
なので存分に甘えさせて貰い、時折彼女の差し入れる夜食や飲み物で休憩を取りながら、マフラーを仕上げた。
──結果、
「うう……」
「だから言ったじゃないですか……」
また熱が出た。
根を詰めすぎたらしい。
ユミルは何度か寝させようと声を掛けてくれたのだけれど、『もう少し』と言い続けた私。
編み物を編むのは人より速い方だが、いつもより丁寧にやりすぎたのか、三倍くらいの時間を要してしまった。
とはいえマフラー一本である。
すぐ寝れていれば問題はなかった。だが色々考えていたら眠れなくなってしまい、結局殆ど眠ることができなかったのだ。
「病弱なわけじゃないのにぃ……」
「……元々体力がないのがいけないのでしょうね。 まだ体力トレーニングは始めたばかりですし、今後に期待しましょう」
「せっかく『祭を楽しもう』って言ってくれたのにぃ……」
一通りユミルに泣き言を言うも、外面は保ちたい。
幸い昨日とは違い、微熱程度だ。
淑女猫被りはするのである。
フェル様の『もう一泊』案は丁寧にお断りし、トーマ卿夫妻には熱のことを伏せて、お世話になった礼を告げた。
「せっかく誘ってくださったのに、台無しにしてしまい、申し訳ありません」
フェル様には、馬車の中で改めて謝った。
昨夜は少しばかりハイになっていたのだろう。自身の体調管理の甘さに、悲しい気持ちになる。
「そんな顔をしないでくれ。 俺は……こうしてふたりでいれて楽しかった」
「でも、馬車でも眠ってしまいましたし……」
「うん……俺はそれも……い、いやっそうだな、それなら空気だけでも味わって帰ろう」
微熱だし少しだけ見ていこう、とフェル様に誘われ、『冬祭り』もほんの少しだけ見ていくことになった。
馬車は停めたまま、フェル様は停車場近くの可愛い雑貨やお菓子のお店が並んだところに、案内してくれた。
おかげであまり負担はない。
「少しは楽しめそうか? 辛かったらすぐ言ってくれ」
「……予め調べてくださったのですか?」
「ああ……まあ」と小声でフェル様が顔を逸らすと、飴細工屋さんの店主が代わりに「そうですよ!」と威勢よく答えてくれた。
「お嬢様、こちらをどうぞ! 昨日ご注文頂いておりました!!」
そう言って取り出したのは、天使の飴細工。
中に食用花が入っている。
「可愛い!」
「ちょっと凝っているでしょう? 時間が掛かるので、事前予約頂かないと作れないやつです」
「そうなんですか……!」
昨日予約しておいてくれたらしい。
フェル様はお礼を言わせる隙も与えず、「あちらも見よう」と他の店を勧める。
照れているのがわかってくすぐったい。
飴細工を大事に持ちながら、他の店で侍女達へのお土産をいくつか購入しただけで『冬祭り』は終わってしまったが……もう充分過ぎる程充分だった。
「身体は大丈夫か?」
「ええ! 楽しかったです! 飴細工も、ありがとうございます……でも」
『食べてしまうのが勿体ない』と言うと、フェル様が笑う。
その笑顔を見ると嬉しい反面、罪悪感がすごい。
充分過ぎるくらい幸福感は与えて貰ったが、こんなことならもう少し早く体力トレーニングを始めておくべきだった。
せっかく調べてまでくれていたのに、『冬祭り』をふたりで楽しめなかったのはやはり心残りだ。
なによりフェル様の時間を無駄にしてしまった。
そのことを謝ると、フェル様は何故か嬉しそうな顔。少し照れたように頭をかきながら、こちらを見てはにかんだ
「来年の楽しみが増えた」
「え」
照れながらもエスコートするように手を差し出す。
「君さえ良ければ……来年また一緒に」
「──はい!」
掌を重ねると、そのまま握った。
なんてこの人は、私を喜ばすのが上手いんだろう。
なんとか私も彼を喜ばせたくて……まずはビックリさせたくて、窓の外を指さした。
「──あっ、フェル様アレ!」
「なんだ?」
窓の外に目を向けた隙に、膝掛けに忍ばせて持ち込んでいたマフラーをそっと肩に掛ける。
「! これは……」
「フェル様に……あの、あまりマフラーお好きでないのなら、無理にとは」
サプライズっぽくしてみたものの、ちょっと恥ずかしい。
それでも『少し驚いたあと、喜んでくれる』という構図を期待していたのだが──
「……ティアの手製?」
「ええまあ……」
「……こんな……」
「えっ」
「こんな貴重なもの……俺が貰っていいのか?」
──何故か驚愕した表情で、そう尋ねられた。
これは……予想外である。
「えっと? あの……フェル様の為に作りました……」
改めて説明すると『フェル様の為に』とか、なんだか恥ずかしい。
それに『貴重なもの』ってなんだ……私は別に『伝説の職人』とかではない。
「……俺の為に?」
「は、はい……」
「……ティアが?」
「……ッはい!」
その後もしげしげと肩に掛けたマフラーを手に取り、眺めながら「くさりもようになっている……」とか、「にじゅうになっている……」とか、なんだかたどたどしい口調で見たままの感想を述べていた。
……なんの辱めだろうか。
「──もうッ! いいから巻いてください!!」
耐えきれなくなって、無理矢理巻いた。




