フェルナンド視点⑬
⑬でした……orz
ソファに座り、手袋の入った箱をジャケット下の袋から取り出す。……少しリボンがよれてしまった。
コーディとは違い、彼女が喜んで受け取るのはわかっているのに、緊張から手汗が凄い。
「これ」
「あっ、もしかしてお土産です?」
「うん、まあ……」
「わあ、ありがとうございます! 開けてもよろしいですか?」
「! 勿論だとも!」
『冬祭り』の裏イベントの説明をしなければ、と思いつつ……なかなか舌が上手く回らない。
ティアはリボンを解くと、まるでそれがプレゼントであるかのように嬉しそうに眺めながら丁寧に折り畳む。
(よれた包装用リボンにまで……!)
やっぱり彼女は天使だ。
こんな可愛い人間がいるだろうか。いやいない。(反語)
彼女の仕草ひとつひとつにときめきが止まらず、心音に左胸筋が疼いているのを感じる。
思えばずっとバタバタしていて、贈り物ひとつまともに自分で選べなかった。
こんな姿が見れるなら、グレタが用意した物であっても、自分で渡せば良かった……と少し後悔する。
「──素敵!!」
ティアの目が輝く。
……気に入ってくれたようでホッとした。
落ち着いたスモーキーピンクに染めた豚革に、ラビットファーの縁取り。その周辺は小花と白い鳩の刺繍で彩られている。
彼女のイメージで選んだのだが、そのことも上手く口にできない。喜ぶ姿が天使過ぎる。
人は人知を超えた存在に出会った時、言葉を失うのである。
「でも……何故?」
完全に祭の土産ではないのが丸わかりのそれに、ティアは不思議そうに首を傾げた。いちいち仕草が可愛くて少し照れてしまい、視線を下げる。
一拍置いて息を吸い、再び視線を上げながら俺が
「『冬祭り』は明日、一緒に楽しみたくて……」
そう告げた時
「──」
の、彼女の表情。
説明を続けるつもりが、頭が真っ白になった。
あとはよく覚えていない。
みっともない動きでバタバタしながら、それを誤魔化すような言葉と、辛うじて『おやすみ』と告げて部屋に戻ったくらいしか。
「おかえりなさいませ、フェルナンド様。 お湯の支度は整っております」
トーマは気を利かせて、子爵家に古くからいる慣れた執事を付けてくれており、部屋に戻ると同時に湯の準備が整っていた。
「ご苦労、下がっていい」
「は」
労い退出を命じると、彼は一礼してスッと下がる。
──なるべく誰とも顔を合わせたくない。
掌で顔を覆い、ソファに乱暴に座った。
身体がフワフワしている。耳が熱い。
(なんであんな表情……)
手袋をあげたときも物凄く嬉しそうだったが……
ティアはそれより更に一段階上の表情を見せてくれた。
『冬祭り』を一緒に楽しみたい、そう言っただけなのに。
俺はニックの部屋に走った。
衝動のまま扉を開ける。
──バンッ!
「うわ?! ちょ……ノックくらいしてくださいよ!」
「ニック!! 聞きたいことがある!」
「なんですかイキナリ!」
ニックは風呂から出たばかりらしく、半裸でガウン姿だった。
「その……俺は、もしかして」
「はい?!」
「もしかして……ティアに好かれているのか!?」
「はァ??」
返ってきた言葉は『はァ??』であった。
「──……ふ、やはり勘違いか……」
「えちょっと何言ってんすか?」
部屋に戻ろうとするとニックに両肩を掴まれ、押し込めるようにソファに座らされた。
俺の目の前に、はだけたニックの胸。
……全然嬉しくない。
「なんだ? 迫るなら女性にしろ」
「……ふざけんのも大概にしてください」
「気にしないで帰せば良かったかな」などと独り言ちながら、ニックは自分が飲むつもりだったと思われる水を差し出した。
「とりあえずこれ飲んで落ち着け」と上からの物言いで。
甚だ不敬であるが、飲んだ。
「──で、なんですって? 突然ノックも無しに入ってきて、した質問は」
どうやらニックの『はァ??』は答えではなかったらしかった。
だが、もう一度言うのはちょっと恥ずかしい。
「いや……だからその……」
「モジモジすんのやめてもらっていーすか。 気持ち悪いから」
「ティ……ティアはその……」
「『ティアレット様が自分のことを好きなのか』、でしたっけ?」
「ちゃんと聞いてるじゃないか!!」
「今更気付いたんですか?」
「──」
「……」
「………………え?」
今、なんて言った?
『今更気付いたんですか?』って聞こえた気がするが……
「ちゃんと聞いてるじゃないか」に対する返事?
いや、それでも繋がる……だが、なんかニュアンスがこう
「──ニッ……うグゥッ?!」
もう一度聞こうとしたら、何故かニックの拳がボディに飛んできた。全く予測していなかったので、鳩尾にマトモに入ってしまった。
「なっ……なにをイキナリ……」
悶絶している俺を見下ろして、ニックは平然と言う。
「いえ、また『殴ってくれ』って言われるかと」
「言ってからにしてくれるか……ッ?!」
(──だが、痛い)
どうやらコレは夢ではないらしい。
ティアの表情も、ニックの言葉も。
「もう寝るんでサッサと帰ってください」と言われ、フワフワした足取りで部屋へと戻ると、コーディが部屋に訪ねようとしていたところだった。
彼も上手くいったらしく、はにかみながら「若君のおかげです」などと礼を述べる。
「俺はなにもしていない。 だが積年の想いが報われて良かった」
心からそう思う。
感謝するのはこちらだ。自分と重ねてしまった部分もあり、彼には勇気づけられた。
──その一方で、すっかり手袋のエピソードを語るのを忘れてしまっていたことを、同時に思い出した。
(はァッ!! しかも変な感じで出てきてしまった!)
自分の失態に頭を抱える。
穴があったら入りたい。
──なのに、いつもなら出てきそうな『まあなんて貴族らしからぬ動き……死にかけの蝉みたいだわ! ルルーシュ様とは大違いね!!』……といった感じの悪癖のティアは、全く出てこなかった。




