理想的とは程遠くても
この土地の特性上、子爵邸とはいえ貴族が集まることはない。
このパーティーでも気軽な友人として参加した方以外に貴族はいない為、身分がわかる程度に華やかなワンピースドレスで構わないという。
冬前でもう大分寒い。
湯浴みをし化粧をしたあと、ワンピースだけ着てゆっくりお茶を飲みながら、髪を整えて貰う。
ユミルに『冬祭り』の話題を振ると、何故か頬を染め、曖昧な返事。
「──はっ!? だっ……ダメよ! フェル様はっ!」
「ええ?! いえっ違います!」
「そういえばフェル様のお身体にときめいていたじゃない!」
「あれはその……美しいものには素直なだけで、そんな畏れ多い……それに、フェルナンド卿とはご一緒しておりません」
「あら……んん? じゃあどうしていたの?」
「フェルナンド卿はコーディさんに案内されておりました。 さあお嬢様、出来ましたよ。 どうですか?」
「いやうん、髪は良いけれど」
「そろそろお時間ですから」と話を打ち切ってユミルはそそくさと小物を片付ける。
……あやしい。
(コーディがフェル様を。 となるとニック卿かしら? でも今まであまり仲のいい感じじゃなかったのに……)
なにがあったのか、気になる。
しかし、聞く間もなく扉のノック音。
ワンピースと揃いのジャケットとケープを着込み、扉を開けた。
男性の服には女性の服より更に詳しくないが……いつもよりシンプルな服が、フェル様をよりクールな印象に見せているように思う。
こう……シュッとしてキリッとしている。
いや、むしろ……シュッ!として、キリッ!としている。(※語彙)
「……」
「……」
「ちょっと、お二人共……互いに見惚れるのやめて頂けませんか。 褒めるなら褒めてください。 さっさと」
ニック卿の呆れた声に、ギクシャクしながら互いに褒め合い、パーティー会場となる庭へと移動した。
挨拶はなんとかやり過ごしたが、徐々にシュッ!としてキリッ!っとしたフェル様の横に立つのに、私で良かったのか不安になってきた。
ニック卿はああ言ったし、フェル様も褒めてくれたけれど……あまり自信はない。
(だってケプトの女性って、豊満ボディが多いんだもの……!)
しかも皆、フェル様に熱い視線を向けている……ように見える。
平民だからと言って、油断は禁物だ。
事実私は、ルルーシュ様を寝盗られている。(※寝盗られてはいません)
そういえば、昼間の平民のようなお姿も素敵だった。
ユミルが『美しい』と形容した、フェル様の素晴らしい肉体という土台があればこそ……服なんて所詮、布だ。
シュッ!としてキリッ!のフェル様とは違い、私の身体を形容するのは悲しい擬音……
再び『ツルペタストーン』の呪いが発動しそうになり、私はネルを探し、視線を彷徨わせる。
ナイスバディな彼女が私の体型を何故か心から褒め、羨ましがってすらくれたのがなんとなく心の拠り所になっているのだ。
席を設けられている私達と、市民の間にはある程度開きがあり、さりげなくだがしっかりと警備は配置されている。
ネルやコーディは今、一応武器は持って近くにいるものの、侯爵家の騎士服は着用しておらず自由時間に近い。
「……あら?」
なんだかネルとコーディはいい雰囲気である。
「どうしたティア? ……ああ」
「フェル様はご存知だったのですか?」
「いや……というか、ふたりはまだただの幼馴染らしい。 コーディの気持ちは今日たまたま知った」
「幼馴染……?」
『細身で色が白く、抱きしめたら折れてしまいそうに繊細なのに、芯が強く努力家で……』
『もう記憶の中だけの存在です』
──確かに今のコーディは、長身で体格もいい。顔は可愛らしいが、抱きしめたら折れるというより跳ね返りそうである。
(亡くなったのではなかったのね……)
いや、良かったのだけれど……なんかちょっと損したような気分になるのはどうしてだろう。
ふと、フェル様の方を見ると、彼もふたりが気になる様子。
私の視線に気付いたフェル様は苦笑し、「どうしても気になってしまって」と言うと小声で今日のことを話してくれた。
「コーディは幼い頃、小柄で鈍臭かったらしくてね……その頃近所のガキ共から守ってくれたネルに、当時からずっと恋心を抱いていたらしい」
「恋心を……幼い頃からですか?」
「? うん」
今でこそナイスバディなネルだが、幼い頃は縦にも横にも大きく…… 当時の渾名は『女グリーン・ジャイアント』だと語っていた。
そして、体型が変わったことで女性扱いしてくる男性への嫌悪と怒りも。
「コーディとネルは前から親しいのですか? ネルは男性が嫌いみたいでしたが」
「ああ。 幼馴染だからだとコーディが」
体型が変わっても、おそらくコーディだけは変わらなかったのだろう。
「彼はネルに相応しくなりたくて努力をしたが、曰くネルは『細身で小柄な人が好き』らしいんだ。 それを知っているから踏み込めずにいたらしい」
「……」
ネルの体型がどうあれ想いを寄せ努力したコーディ。
もしネルがそのコーディの体型が嫌だったとしたら……なんだか居た堪れない。……身につまされる。
「──フェルナンド様、ティアレット様、楽しんで頂けてますか?」
そこに挨拶回りを終えたトーマ卿ご夫妻がやってきた。
ヴァネッサ夫人は私の身体を気遣ってホットワインを給仕に頼む。
おふたりは挨拶周りで既に結構飲まされたようだが、元々ふたりとも陽気な方なので、あまり違いはわからない。
「──そう言えば、トーマ……先程なにを言おうと?」
「ああ……『自分の見た目が気になるのは、好きなら当然。 お互い様よ!』と」
「ね?」とトーマ卿は夫人に微笑む。
先程の話とは、あのふたりのことだろうか。
私達が彼等を見ていたのに気付いていたらしく、彼女もそちらを眺めて「ふたりなら心配いりません」と笑う。
そして、少しため息混じりに続けた。
「ただ……ネルは気が強い上、姐御肌で。 自分が守っていた相手の成長が些か複雑なんでしょうね」
少しネルの気持ちがわかったような気がする。
彼女は彼女で、体型がどうとかよりも、関係が変わっていくのが怖かったのかもしれない。
「いつだって強いのは、惚れられた側なんだけどねぇ……」と誰に言うでもなくトーマ卿が零すのを聞きながら、私はやってきた給仕からホットワインを受け取った。
(見た目が気になるのはお互い様、か……)
「……おふたりはとてもお似合いですね」
私の言葉に「あら」と笑うと、ヴァネッサ夫人は私とフェル様も似合う、と言ってくれる。
ただの社交辞令だろうと思いつつ、卒無く返すと彼女は少し距離を詰めた。
「若い娘たちは皆、おふたりを憧れの目で見ていますのよ? 王子様とお姫様みたいって」
そう小声で囁いて、妖艶に笑う。
「明日の祭もお楽しみくださいね」と最後まで体調を気遣う含みを持たせた言葉を私に掛けて、ふたりは他の人のところへ移動していった。
(お姫様? 私が?)
平民の方から見るとそんな風に見えるのだろうか。
キャッキャッとはしゃいでいる平民の女の子達も、それぞれよそ行きの服に身を包み、羨ましい程とても可愛らしいのに。
「ティア、そろそろ失礼しよう。 身体に障る」
「あっ……ええ。 あの、ふたりは?」
「場所を移動したみたいだ……多分、告白するんじゃないかな」
「……上手くいくといいですね」
「うん……」
ヴァネッサ夫人はああ言ったけど、フェル様も心配そうだ。
彼もそう思ったようで、ふたりで顔を見合わせて笑う。
部屋に送って貰ったあと、お礼と就寝の挨拶をして下がろうとすると、肩を掴まれた。
「フェル様?」
「……少しだけ、ふたりきりになりたい」




