フェルナンド視点⑫
「若君……いくら可愛らしいからといって、なんでも買うというのはオススメできません」
「えっ」
女性の好みそうな店で、その都度ティアを想い、ティアの好みそうな物を買って数軒。
コーディにそう諌められた。
「僭越ながら申し上げますと、婚約者様も明日には『冬祭り』を見て回られるのでは? これではその楽しみがなくなってしまいます」
「なるほど……」
確かに彼の言う通りである。
そもそも祭で見て買うから楽しいものであり、ひとつひとつはそう大したものではない。
「それよりも、明日婚約者様を楽しませる為に尽力する……というのはいかがでしょうか」
「どういうことだ?」
「効率よく楽に回れるよう、婚約者様の好みそうな店に目星を付けておくのです」
「ふむ」
「お土産は、市ではなくブティックに入り、ローラン子爵領の豚革を使用した手袋を購入するのをオススメします。 婚約者様が身に付けるのに恥じない、それなりの品も売っておりますし……『冬祭り』には欠かせません」
「『冬祭り』には欠かせない?」
養豚が盛んでもあるローラン子爵領では、豚革加工品も有名だ。
コーディ曰く、寒さが厳しくなる前の『冬祭り』で意中の女性に手袋を渡すことは、『一緒に冬を越えたい』という意味を持つ行為だそう。
『冬祭り』で求婚する地元民も多いらしい。
土産というか、プレゼントだが……その話と共に渡すなら、なかなか粋である。
「コーディが居てくれて良かった。 ……ニックだとこうはいかなかった……」
「まあニック卿はそういうの、鼻で笑いそうですもんね……」
完全に同意だ。
『イベントに頼るとか女々しいですね』などと言いつつ鼻で笑うニックの姿が、容易に想像できる。
休憩できるところなどを考えつつ、店に目星を付けながら軽く一回りした後、ケプトで一番のブティックに入った。
ニックの地元ということもあり、ケプトには領地に戻ってから何度か訪れている。
そのせいか、顔が知られているようだ。
平民のような服を着ているにも関わらず、すぐに個室へと案内された。
『婦人用の豚革の手袋を』と言うと、好みを聞かれるが、そう言われてもいまひとつ表現できない。それにコーディも見たいだろうと思い、とりあえずそれなりの品を並べて貰った。
俺が席を立っても、当然コーディは先に立っていたソファの後ろに立ったままだ。
「コーディ、君も見なさい」
「いえ、私は任務中ですので……自由時間にでも」
「どのみち選ぶのに時間は掛かる、構わないから君も好きに見て、気に入ったのがあれば買えばいい」
「あ、ありがとうございます」
彼は戸惑い気味に礼を言い、暫く手袋の置かれたテーブルの前で、見るでもなくただウロウロしていた。
俺は俺でティアにプレゼントする手袋を選ぶのに真剣で、その後暫くはコーディを気にしてはいなかったが……ようやく決めてから彼を見ると、一双の手袋の前でなにやら悩んでいる様子。
「──なんだ、金額か? なら」
「いえ……」
コーディは俺の方を見て苦笑し、決心したように購入を決めた。
(ああ……なるほど)
「ネルとは付き合っていないのか」
「はは、実はそうなんです。 情けない話ですが、フラれるのが怖くて……」
「君は女性から好かれそうな感じだが。 それにネルとは仲が良いだろう?」
「まあ……幼馴染ですから。 でもネルは男女関係なく、小柄で細いのが好みなんです」
コーディは長身の逞しい青年だ。
こざっぱりした短めの髪に温厚で優しい性格そのままの顔。
「男嫌いなんでライバルは少ないのですが、それだけに逆に躊躇してしまって」
幼馴染の友人という立場を捨てたくはない──それで、一歩踏み込めずにいたらしい。
とても共感できる。
「若君のおかげで決心がつきました」と笑いながら、ラッピングされたプレゼントを大切に抱えた彼に、無責任な応援の言葉など出てこなかった。
(……想いが報われるといいな)
改めて、自分が恵まれた立ち位置にいるのだと感じた。
本来伝えなければいけない想いなど関係なく、ティアは俺から手袋を喜んで受け取ってくれるだろう。
だが何故か、コーディが眩しく感じられた。
子爵邸に戻ると、ティアは湯浴みをしているところで会えなかった。パーティーに出る為、ゆっくり準備をしているそうで、暫く会えそうにない。
俺も軽く準備をすると、トーマに促されて軽く飲みながら世間話に興じた。
流れで少しばかり今日の話になると、トーマは笑う。
「この辺りの女性は気が強いので、男性は気が弱い代わりに鍛えるのが多いんですよ。 ほら、私も」
「ヴァネッサさんは気が強いのか?」
「そりゃあもう。 今も邪魔だと追いやられてしまって。 しっかり者なんで助かってますが……まあ男なんてしょうもないモンです」
そう肩を竦めながらも、幸せそうだ。
トーマがヴァネッサさんを射止める為に東奔西走したのは、巷では有名な話である。
「せめて肉体で『君を守る』と格好をつけたい気持ちなんですよねぇ……兄に言ったら『筋肉で示さず口で言えよ』って言われましたけど」
そしてニックはやはり、昔からニックであった。
「それが言えない男心をわかっていないな」
「そうそう、そうなんですよ~」
「だが筋肉が嫌と言われたら……どうしたらいいだろう? 例えばうちの兄やニックの様な細身がいいと言われたら」
コーディの不安は俺の不安でもあった。
違うのは、俺は彼女の好みを知らないところだが、聞いたところで真実を知ることはおそらくない。
それを知れることと、どちらがいいかは謎だが、どちらも多分やっぱり不安なのだ。ニックは女々しいと言うだろうが。
「ああ……まあ人それぞれ好みはありますけどね……ただこれは、妻に言われたことなんですが──」
トーマが照れつつ話を続けようとしたところで、子爵家の家人が呼びに来た。
そろそろパーティーが始まるようだ。
ホストであるトーマを見送り一旦部屋に戻る。
俺は手袋の入った箱を袋に入れ、ベルトに付けてジャケットの内側に隠すと、ティアを迎えに行った。




