閑話・ニック視点
ケプトには着いたが、ティアレット様が熱を出した。
『自分のことは構わずに、祭を楽しめ』とのこと。
ごねている主をよそに、侍女であるユミルは何故かアッサリ従った。
「いいんですか?」
「あれは行かないと拗ねて、淑女ぶって悪化するやつです」
「ああ……」
流石、伊達に長いこと彼女の侍女ではない。
妥当な判断だ。
(それに比べて)
見ると、我が主はまだごねていた。
猫被りお嬢様は、尚も一緒にいたがる主に土産をねだり、言いくるめるという技を見せた。
なかなか成長している。
(だがそれはそれで、面倒なことになりそうな予感……)
おかげで説得はしないで済んだが……
きっとこの後は、女子供の好きそうな店を、ひたすら案内せねばならないのだろう。
そう覚悟を決めた俺だったが──
「では若君、私が祭のご案内を致しましょう」
子爵邸から祭へ向かう馬車を降りてすぐ、代わりにその役目を申し出てくれたのは、護衛騎士のコーディ。
彼もここケプト出身で、確かネルとは幼馴染の男だ。
彼は照れながら『私もネルにプレゼントしたいので』などと宣った。
なんだよそういうことかよ……と若干シラケはしたが、まあ助かるといえば助かるのでよしとした。
俺は奴らとは違い、筋肉には自信がないのである。
自分の女ならまだしも、人の女のプレゼントの為に歩き疲れて筋肉痛とか、勘弁願いたい。
「そうか、宜しく頼む! ではニックはユミル嬢を案内してくれ」
「はいは~い」
適当に手を振り、足早に市へと出向くふたりを見送る。
そんな俺の背中に刺さる、ユミルの声。
「……別に案内してくださらなくても結構ですよ?」
相変わらず可愛くない女だ……そう思いながらも、敢えてクソ丁寧に対応する。
「ユミル嬢、私では不満かもしれませんが、是非ケプトの『冬祭り』を楽しんでいただきたく……」
しかし彼女は「どうぞ他の方と」と素っ気なく言うと、さっさと歩き出した。紳士的に差し出した手が虚しい。
(クッソ、マジ可愛くねぇ!)
俺だって地元民ではある。誘って応じてくれそうな娘のひとりやふたり、心当たりはないでもない。
だが命を受けている以上、放置して何かあっても困るのだ。
俺が好きではないにせよ、あまりに考えなしなユミルの態度を不愉快に思いながらも、彼女の少し離れた場所から後を追った。だが──
「!」
祭で賑わう商店街や市には目もくれず、馬車の停車した場所から一番近い喫茶店に、すぐ入るユミル。
(…………あぁ)
多分、祭には来たけれど、内心ティアレット様が心配なのだ。
本当に案内する必要はなかったらしい。
……元々祭を楽しむ気などないから。
口調が可愛くないのはいつもなので、そう思うと途端に不愉快さは消えた。
給仕の女性に珈琲を頼み、いつでも出れるようユミルと二人分の会計を予め終えておく。
そして彼女の隣に座り、声を掛けた。
「やあ」
「……ニック卿」
瞠目した後、ちょっとバツの悪そうな顔を逸らす。
「少し時間を潰して、帰るつもり?」
「ええ。 ちゃんと言付けは頼みますので、ご迷惑は──」
「迷惑だよ。 俺は主の命に背くことになるし、君もそうだ」
暫くユミルは黙っていたが、やがて小さな声で「すみません」と謝罪した。
「私が軽率でした」
「素直でよろしい」
俺がそう言うと、彼女はムッとしたようで眉根を僅かに寄せる。
……いつもの表情である。
なんだか笑ってしまった。
「……なんですか?!」
「いや、うん……ごめん」
(不覚にもちょっと可愛いとか)
そんな風に思ってしまったのは、秘密だ。
「──ほらいこう、ユミル嬢」
珈琲を飲み干すと、席を立ちユミルに手を差し出す。
「え」
「ティアレット様のことだから、ちゃんと遊んどかないと聞いてくるかもよ? それに俺も案内させてもらわないと、困っちゃうんだけど?」
「……わかりました」
しぶしぶユミルは俺の手を取った。
相変わらず可愛げのない態度だが、ほんのり頬が赤いことに気付く。
「さっきから馴れ馴れしいです……口調とか、いつもと違うし」
憎まれ口を叩くも、いつもの勢いがない。
(なにこの慣れてない感じ……)
こんなの、不貞腐れていても可愛いだけだ。
もともと可愛くないのは態度だけだった彼女の態度が可愛く見えたら、もう可愛いしか残らないじゃないか。
「振る舞いや口調は時と場所によって相応しく変えるものだよ、ユミル」
「……っ!?」
「俺もニックでいい」
「よ、呼びませんよっ!」
「俺は『ユミル』って呼ぶけどね?」
「許してません!」
いつもなら荒らげない声をちょっと荒らげちゃってるのとか。
手を握ると真っ赤になってるのとか。
許してないなどと言いつつも、呼び捨てにしてもちゃんと答えるあたりが可愛い。
久しぶりの『冬祭り』は思いの外楽しかった。
さりげなく手を恋人繋ぎにしたら、流石に調子に乗りすぎていたらしく、足を思い切り踏まれたけど……まあ、それもそれなりにいい思い出になりそうではある。




