ケプトには到着しました
──鼓笛隊。
って言うか『小太鼓隊』である。
『笛』どこいった。
猫の小太鼓隊が見える。
とても盛り上がっている。
小太鼓をドコドコ叩きながら、『にゃんたらにゃんたらにゃんにゃんにゃん♪』などと歌っている上に『にゃ~、どっこいにゃ~。 どっこいにゃ~』という謎の合いの手が入る始末。
繋いだフェル様の手がひんやりしていて気持ちいい。
その端正なお顔をぼんやり眺めながら逞しい腕に寄りかかるという大胆不敵な行為に出ていた私は、そうねこれが恋なのね~的な気持ちにフワフワと浮かされていたが……
(あ……これ、多分熱が出てるわ)
浮かされていたのは恋にではなく、おそらく熱。胸のドコドコも身体のフワフワも、熱のせいであった。
「ティ、ティア……?」
「フェル様……少しこうしていても? 実は楽しみにし過ぎて、昨夜はあまり眠れなかったのです……」
「そうか、気にせず寄りかかってくれ」
熱があるとバレては、せっかくのお出かけが台無し……幸い熱のせいか、羞恥心はどっかに消えている。私は甘えるフリをしてやり過ごすことにした。
──だがアッサリバレた。
というか、自己申告した。
着いたらケプトの街は馬車内から見ても大賑わいで、元々人混みに慣れていない私にはとても耐えられそうになかった。
無理してもお荷物になるだけなので、ここは潔く諦めるよりない。
トーマ卿ご夫妻に挨拶だけして、お部屋に案内してもらうとすぐに横にならせてもらうことにした。
お医者様の診断はなんと『知恵熱』。
浮かれ過ぎた自覚があるだけに、乾いた笑いしか出ない。
「どうせ薬を飲んで寝てるだけなので、せっかくだから観に行ってきてください……」
「だが」
「いえ、寝ている姿を晒すのも恥ずかしいですから。 ユミルも……知恵熱だからすぐ下がるわ」
ユミルには猫を被り、うんと優しい声で言う。これは『行かねば猫を被り続けるぞ』という脅しである。
「ユミル嬢、私にお任せ下さい」
「ネルさん?」
「私はここの出身ですので、『冬祭り』は飽きる程参加してますし」
「いえ、ネルも」
「是非! ティアレット様のお側でお世話したく!!」
……何故かネルには異常に好かれていると感じる。
「うん……じゃあ宜しく。 ですから他の方は」
キラキラしたネルの瞳と勢いに負け、ネルには残って貰うことになった。
これ以上は逆に私の負担になると思ったようで、ユミルはすんなり行くと決めたが、まだ私を気にするフェル様には『素敵なお土産を期待しています』と言うことでご納得いただいた。
(ふぅぐぅぅ……)
それなりに大人の対応をした後で、布団の中で声を殺しつつも、子供のように泣いた。
なんだよ知恵熱って……
基本的に緊張しいで人混みが嫌いな私だが、今までこんなことはなかったのに。
むしろ珍しく楽しみにしていたのが良くなかったのだろうか。解せぬ。
「ティアレット様、大丈夫です。 『冬祭り』は一週間続きますから。 滞在を少し延ばせばいいだけです!」
「ネル……」
「眠れないようでしたらネルがお側におりますから、少しお話しましょう? お林檎でも剥きますね」
そう言いながら甲斐甲斐しく私の世話を焼くネル。騎士服を脱いだ彼女は、普通のナイスバディなお姉さんだ。
……林檎を剥くのが果物ナイフでなく、短剣なだけで。
そこは果物ナイフでいいんじゃないかな?
「ネルは行かなくていいの?」
「私は散々参加した『冬祭り』なんかより、ティアレット様のお側がいいです……」
モジモジしながら頬を赤らめるネル。
何故そんな顔をする……
一口大に切った林檎を食べさせてくれるのに前屈みになると、ネルのたわわな胸が嫌でも目に付く。
そんな顔してこんな風に距離を詰められては、女の私でもドキドキしてしまう。
「……ティアレット様、こんなものは所詮脂肪の塊です」
「ひゃあ! 見てたのわかった?! ご、ごめんなさい、羨ましくて」
「胸など飾りです! エロい人にはそれがわからんのです!!」
「どういうこと??」
その後もなんだかよくわからないことを力説してくれたが、後半は胸が大きい側の怒りの吐露であった。
『胸が大きいと相手は自分の顔など見ない』とか、『さりげなさを装い接触しようとする』とか、『太っていた頃は豚だのなんだの言っていたくせに痩せたら胸とか、死ねばいいのにっていうかもげろ』……などなど。
大きければ大きいで大変そうであり、ネルはそのせいで男性が嫌いな様子。
「ティアレット様はそのままが素敵です!」
「えぇ……」
そこからネルの自分語りが始まった。
「私は子供の頃、縦にも横にも大きく……性格もここの女性に多いキツい性格でして。 当時の渾名は『女グリーン・ジャイアント』でした」
『グリーン・ジャイアント』とは緑色の巨人である。諸説あるが、豊穣の神様だ。
そしてここの女性の気が強い、というのはよく耳にする。そういえば、ローラン夫人もここには幼い頃から長くいたらしい。
話を戻すとなんでもネルには、とても愛くるしい幼馴染がいたそう。
それが私に似た感じの子だったようだ。
「細身で色が白く、抱きしめたら折れてしまいそうに繊細なのに、芯が強く努力家で……私のような無骨な者……不敬を承知で言いますと、若君も然り。 ティアレット様のような嫋やかな方こそ、庇護欲が刺激されて堪らないのです」
「えぇぇ……?」
フェル様はともかく現にネルは、その子が『カッコいい』と言うからと、その子を守るために騎士になると決めたそうだ。
「ふふ、もし私にネルのような幼馴染がいたら、きっと男の子よりネルを好きになってしまったわね。 その子とは今も?」
「その子は……」
そこでネルは悲しげに微笑み、遠い目で宙を見た。
「もう記憶の中だけの存在です」
「あ……」
(亡くなったのかしら……)
だから私のことをあんな目で見ていたのだろう。記憶の幼馴染と重ねて──
「ティアレット様。 少し失礼しますね」
そう言うと私のおでこにネルは、すっと掌を当てた。
「お熱は下がったようですね。 これなら明日は『冬祭り』に参加できるでしょう。 眠れそうですか?」
「うん、ありがとう。 ネル」
それから二時間ほど後、トーマ卿の奥様である、ヴァネッサ夫人がタオルと湯を自ら持ってやってきた。
「ティアレット様、具合はいかがですか?」
いきなり気を使わせてしまったことを謝罪し礼を言うと、「『冬祭り』の最中は倒れる人も多いので、なんてことございません」と冗談めかして返された。
確かにこの土地の女性は皆、ハキハキしていて明るい印象だ。
「もう皆様も戻ってこられるでしょう。 ティアレット様のお食事はいかがしますか? お部屋にお運び致しょうか」
「今夜はどういう予定です?」
「庭を一部解放し、市民も含めて小規模なパーティーでも……と」
「ああ、では少し顔を出した方が宜しいですね。 挨拶時くらいには行けるよう、用意致します」
「ご無理なさらないでくださいね」と優しく言われるが、甘えてばかりもいられない。
あの夜フェル様は『君に相応しい男になりたいんだ』と言ってくれた。
なんでそんな風に思ってくれてるかわからないし、とんでもない勘違いだと思う。
確かにフェル様は急ごしらえの次期当主で領主だけど、長い間侯爵家嫡男の婚約者だった筈の私の方がよっぽど、侯爵家の嫁として相応しくないのだから。
そもそもがただの政略結婚だ。
だから、別にそれでも構わなかった。
でも今は、フェル様の隣に立つのに相応しくなりたいのだ。
体型は無理でもせめて、もう少し。




