フェルナンド視点⑪
「──兄さん、こちらに通ってくれ。 コッソリ頼む」
「いいよ」
兄は碌に話も聞かないうちに、アッサリ受け入れた。元々『そろそろ手伝いに戻ろうかな』と思っていたとの事。
話してみると兄は、ティアがここに来ていることを知らなかったらしく、図書室に彼女がいたことすら気付いていなかった。
一度、侯爵家の馬車で出掛けていたティアを見たことはあったが、まさか長期滞在しているとは思ってもみなかったそう。
隠し通路を使っていたのは、出ていった手前、家人との接触を極力割けたいという意図もあったようだ。そんなだから、誰かから聞くこともなかったのだと言う。
俺は俺でティアの話をしたのはあの一夜だけで、あの時はふたりの関係性を、俺が問うかたちだった。
その後会ったときは仕事の話のみ。俺が意図的にティアの話をしないようにしていたので、お互い様と言える。
「なんだ、話してくれれば良かったのに。 まあ、ティアレット嬢に会わせたくないと言うくらいだから、私の話など聞いても無駄かもしれんが……彼女は少なくとも、わざわざ花嫁修業に来るような子ではなかった。 むしろ少し会うだけだとしても、こちらに足を運んだことだけで驚いて『変わった』と述べたくらいだぞ?」
「え?」
(もしかして、ティアは……)
「俺の為に身体を治す努力までしてくれていたのか……!」
「ぶはっ!!」
何故か大爆笑された。
解せぬ。……いや
「そうだよな……『俺の為』だなんてそんな」
「いや、うん……なんていうかソコジャナイ感が凄いっていうか」
「??」
兄は笑いながら「なんにせよ上手くいっているようで良かった」と鍵を受け取ると、隠し通路から帰っていった。
そして仕事は順調に減っていった──
──と言いたいところだが、実は、いきなり大幅に減った。
兄は「よくここまで頑張った、私にはできないよ」などと俺を褒めつつ、書類の山に目を通すと、大量に振り分けを行ったのだ。
俺のやってきた仕事の中には、相当数の『本来やらなくてもいい仕事』が含まれていた。
ニックがそれに気付いていてもツッコまなかったのは、『経験として必要と感じた』……という本人の述べた理由の他に、家臣の自分が指示することで俺の自尊心を傷付けないようにしたのだと思う。
それで一番割を食っていたのがニックだと思うと、泣かずにはいられなかった。
「やめてください、男の涙など価値はありません」と憎まれ口を叩きながら、ニックはぶっきらぼうに続ける。
「実際すぐ上手く割り振っていたら、業務が滞らなくても他との信頼は築けなかった……貴方の不器用な努力や人柄は、周りに伝わってます。 それは貴方がやってきたことの結果です」
口調はぶっきらぼうだが、任せてくれていた懐の深さと認めてくれている喜びに涙が止まらない。
「ニッグぅ……っ!」
「なんですかでかい図体してみっともない……まず鼻をかみなさい!」
「ははは、ニック。 そういうの『ツンデレ』って言うらしいぞ」
「元凶がなんですか!」
『ツンデレ』は俺も知っている。
ツンツンと憎まれ口を叩きながらも、主人公の力になってくれるヤツだ。
確かにニックにピッタリである。
そんなツンデレニックは、「自分よりティアレット様に感謝すべき」と言う。
「仕事の手伝いもそうですが、なによりこちらに出向いて慈善活動などに赴いて下さったおかげで、領民は先の慶事に湧いています。 この経済効果は無視できません」
曰く、次期領主の結婚は勿論慶事ではあるものの、ここまで領地が大きいと民は婚姻時のパレードなどで一時的に湧くだけであり、その経済効果は一瞬に過ぎないという。
とはいえ、今回のティアのように婚姻前から領地に入り、慈善活動などを頻繁に行っていれば自ずと周知される。だが昔はともかく、昨今では『花嫁修業』に令嬢が婚約者の領地に入ることは、あまりないらしかった。
しかもティアは遠出ができない分、人を介して領地の方方に寄付・寄進も行ってくれていたようだ。
寄付額自体は微々たるものだが、寄進される手製の編み物が評判なのだそう。
(編み物……)
ここでも編み物をしている姿はよく目にするし、とても早くて上手い。評判になるのもわかる気がする。
(では、赤子の小物やマフラーも、寄進する為のものだったのだろうか……)
それが気になった俺は、兄に『恋人とはどうなっているのか』とさりげなく妊娠の有無を尋ねようとするも、
「既にフェルナンド様のご結婚の予定は領内で認知されており、民もご成婚を心待ちにしています。 よかったですね」
「ああ、よかったなぁ~。 じゃ、そろそろ私は失礼するよ」
タイミングを外して聞くことができなかった。
……無念。
(だが確かにティアは健康になってきているようだ……)
あれからティアにはグレタ経由で『体力面の強化をしたいから』と頼まれ、ネルという女性騎士を紹介した。十数人いる女性騎士の中で、グレタが指名した女性である。
室内鍛錬場を使用し、彼女となにかをやっているようだ。
『男子禁制』にしてある為、なにをしているかはわからないが、おそらくストレッチ程度のことをやっているのであろう。
グレタ曰く『男子禁制』なのは、軽装で汗ばんだティアの姿を極力見せないように……との配慮だそう。
流石はグレタ、よくわかっている。
ティアの以前の殆どは噂でしか知らないが、伯爵領ではあまり邸宅から出なかったことは事実のようだ。
だから体調を慮って、本人が出掛ける意思を示さない限りは外に誘い出すことはせず、必要なものも、商会を呼び寄せたりして邸内で済ませていたが……
(……これはデートに誘うチャンスなのでは?)
「いいですよ。 仕事も順調ですし……おふたりの仲睦まじい姿を領民に見せるのは良い事です。 で、どちらに?」
ニックはアッサリ許可をくれたが、続けて俺はある提案をした。
「西部の冬祭りに行こうかと……どうせならニックも行かないか?」
「え?」
「君には迷惑を掛けているし、挨拶も兼ねれば逆にゆっくり出来るだろう。 」
「『冬祭り』。 ああ、ケプトですか……そうですね」
ケプトはローラン子爵領であり、子爵邸がある街だ。
やや端の位置ではあるが侯爵邸のある首都アクラムからは近く、豊穣な土地。その中心街がケプトである。
ここを与えられたかつてのローラン子爵は、穀物の備蓄の為の土地として据えた。外部との取引は行わず、侯爵家が適正価格で買い取るかたち……どこまでも忠臣だ。
奥には美しい森があり、そこで捕まえた野豚の養殖にも成功している。やはり備蓄をメインとしたので、結果的に加工肉が名産となった。
ケプトの『冬祭り』は、本格的な冬前に備蓄の一部を振舞って厄祓いする祭である。
「ああ、逆に気を使うようなら」
「なにを仰るんですか! 皆喜びますので、是非いらしてください。 ……ただ、現在父は王都にいるので、弟夫婦が管理しております。 行き届かないところもあると思いますが、宜しいですか?」
「勿論だとも」
──そんな訳で、俺達は西の街ケプトへと旅発った。




