ドッキドキ初対面
フェルナンド卿は隣国との和解後、帰国凱旋した後も騎士として王都にいた。
急遽領地へ呼び戻される形を取らざるを得なかった訳だが、現在平和ということや侯爵家の事情が考慮され、すんなり許可が出たそう。
正直なところ、華やかな王都に慣れた方が、田舎娘である私を受け入れられるのか、不安しかない。
ルルーシュ様のように、コミュニケーションが苦手な田舎者で垢抜けない緊張しいの私を、愛でることができる包容力が必要だ。
愛でる理由はなんでもいい。
子供や犬猫と同じで構わないし、公私共にが無理なら公だけでいい。
あとは最低限の自由付きで放置してくれれば。
(問題は、それをどう伝えるかよね……)
ルルーシュ様はとにかく優しく聞き上手。
付き合いの長さもあると思うが、彼は私を妹のように愛でてくれ、色々察してくれたり聞き出したりしてくれた。考えてみると神対応。
ルルーシュ様にとっては弟だが、フェルナンド卿は私より6つ上。
少々不安は残るが色々と考えた結果、フェルナンド卿の年齢と経験に期待して、この際猫は被らないことにする。
淑女としては残念だが、腹を割れずに話しても埒が明かない。事情はわかっているのだし、時間の無駄だ。
さっさと猫かぶりを諦めた私は、人目につかないかたちでお会いすることを望んだ。
結果──伯爵領まで来て下さることになった。馬で、おひとりで。
(なるほど、それならば確かに人目につかないわね)
──快晴。まだ夏の匂いが仄かに残る。
社交を拒否しまくっていた私には預かり知らぬことだが、庭での茶会にはうってつけの時期らしい。
先日ルルーシュ様がいらした時とほぼ同じ状態で、今日は弟君であらせられるフェルナンド卿をお迎えする。
夏の匂いと同様に仄かに香る、渾沌。(※詩的表現)
猫かぶりをしないとは決めたが、イキナリ自然体など無理だ。そもそも人付き合いが苦手なのだから。
そして幼少期から面倒を見てくれたルルーシュ様とは違う。殆ど面識すらない。
(考えたら緊張してきたわ……!)
ホームなのがせめてもの救い。
これがアウェーなら、被るつもりはなくとも猫がすっ飛んでくるだろう。
緊張を緩和する為に、私は編み物をすることにした。
社交は苦手だが、延々続く計算や定例文の書類や手紙を書くなどの事務作業や、編み物・刺繍の類は得意である。
人の動きや心の機微を考えて采配をふるうのは時間がかかるが、無心でやれるモノは苦痛に感じない。この点だけは領主の妻として上手くやれると思っていた部分だ。
(そういえばルルーシュ様の恋人は彼と同い年の平民だとか……もしかしたらお子様ができた、とかかしら)
ルルーシュ様は私より9つ上の、26歳。
この国の平均婚姻年齢から考えると、平民とはいえ恋人の方は、失礼だが嫁き遅れと言える部類に入ってしまう。
ルルーシュ様は真面目だ。
だが、真面目なルルーシュ様だからこそ、立場から言い出せずにもだもだしてしまった、ということも容易に考えられる。
子供を授かったことが決断のきっかけ……有り得る話だ。
善悪や倫理などは言うが易し……事象における正解なんて、立場による。一側面から簡単に割り切って出せるものでは無い。
私はルルーシュ様を慕っていたが、愛してはいなかった。
それは残念なことだが、こうなった以上は有難いことでもある。……おそらく愛していたなら、許せないことではないかと思うから。
私には自分の保身的未来についての『裏切られた感』はあれど、ルルーシュ様への怒りなどはない。
むしろ散々面倒を見てもらっていたのに、最後まで保身的未来の為に心変わり(?)に気付いていたにも関わらず言い出さなかった上、駄々を捏ねてしまった。
廃嫡されるのに色々してくれたルルーシュ様を思うと、そのことに若干の罪悪感を抱かずにはいられない。
(……そうだわ)
私は彼の今後を憂い、幸せを願いつつ……ルルーシュ様と恋人の子供の為に、赤子用の靴下や帽子を作ることにした。
緊張緩和の手慰みというだけでなく、非常に実用的。
しかもフェルナンド卿との話のきっかけ作りにも丁度いい。彼と上手くいくようなら『ふたりでこれを渡しに行こう』と誘うのだ。
ルルーシュ様と侯爵家の関係改善に一役買えて一石二鳥どころか……三、四鳥である。
お得感が凄い。
(……赤子のサイズなんてわからないけど、子供は大きくなるから平気ね)
(……あ、でも赤子のうちでも使えるように、ケープも作ろう)
「お嬢様、フェルナンド卿がお見えです。 お通ししても?」
「ええ」
(……編み玉を付けると可愛いけれど、子供ってなんでも飲み込むらしいからやめておいた方がいいかしら……)
「……………………────えっ!?」
──「お嬢様、フェルナンド卿がお見えです。 お通ししても?」
──「ええ」
無意識で行っていた遣り取りに気づき、顔を上げる。
ウッカリ集中し過ぎていた私の前に
「──やあ、ティアレット嬢」
「ひゃあっ?!」
既に来ていたフェルナンド卿。
「ああああの! しつれっ……ようこっ、ぐうっ?!」
私は思い切り立ち上がり、向こう脛をガーデンテーブルの脚(※鉄製)にぶつけてしゃがみこんだ。
やらかした。
完全にやらかした。
顔を上げると、フェルナンド卿は手を貸すどころか、無表情で私を見下ろしていた。
いきなり怒らせた。
もう逃げたい。