フェルナンド視点⑥
食事が終わると腹だけでなく、胸もいっぱいだった俺は、やはりチョロイン気質なのだろう。
あんなにみっともなくウジウジしていたというのに、今は『なんならちょっと浮いているのではないか』と思う程にフワフワしている。
(明日の仕事がないというのに、誘いそびれてしまったな……)
いや、だがティアは侯爵家に来たばかりだ。
侍女や侍従の紹介や、諸々やることもあるだろう。まずグレタに彼女の予定を聞きに向かうと、侯爵邸内の案内を俺に任せて貰えることになった。
「坊っちゃまに任せておけば安心です。 ユミルにその間色々教えられますし」
グレタは子供の頃のようにそう言い、悪戯っぽく微笑む。
侯爵邸はかなり広いし、彼女の侍女はいない。
ちょっとしたデートだ。
出掛けるのを先延ばしにしたので、その時の為にやれる仕事は少しでも進めておこう──そう思って執務室へと戻ると、ニックからこう告げられた。
「あ、フェルナンド様。 今夜からお部屋が変わりますので」
「ん?」
ちょっと何言ってるか分からない。
「お荷物はお食事中に粗方移しておきましたが、特に動かす必要性のないものはそのままにしてあります」
「どうして変える必要が──…………!」
そこまで言って、理由が思い当たった俺は言葉を失い、その場に立ち尽くした。
「若君御夫──むぐっ?!」
「言わなくていい……いや、言わないでくれ!」
とりあえずニックの口を塞ぐと、邸内にある騎士団の演習場まで走る。
暫く走り込んだ後、ひたすら剣を振った。
天使が!
隣の!!
部屋に!!!(※寝室を挟んで)
(……無理ィイィィィィィィ!!!!)
このままでは心臓が破裂してしまう。
嗚呼、どうして内臓は鍛えられないのか。
鍛えた胸筋も虚しく内側から壊れんばかりに鳴る音に対応できず、そもそもそれが恋という不確かな感情からくることに気持ちがついていかなかった俺は、運動をすることでそれを誤魔化しにかかった。
汗まみれになってようやく『よし! これは身体を動かした結果!!』と己を納得させ、『その余韻である』胸のドキドキと共に新しい部屋の扉を開けた。
なるべく夫婦の寝室へと続く扉を視界に入れないように、汗を流しに浴室へと進む。
(少し早いが、出たらもう寝よう……)
寝れる気は全くしないが、身体が疲れているうちに横になり、目を瞑ることで部屋の変更を意識しない作戦である。
──しかし、
「ご入浴中失礼致します」
「…………なんだ? 急ぎか?」
敢えて冷水にしていたシャワーを止め、侍従のサミュエルにそう返事をする。
騎士生活の長い俺は、入浴時にあれこれされるのがあまり得意ではない。
それをわかっているサミュエルは必要なものを用意すると浴室には近寄らず、寝酒や水など次の用意に動く為、これは非常に珍しい。
それだけに、何事かと思ったら──
「婚約者様がいらしてますが、如何なさいますか?」
「ッ!?」
とんでもない事態だった。(※フェルナンドにのみ)
「すっ、すぐあがる!!」
「お通ししても宜しいですか?」
「ああ!」
ワタワタしながら身体を拭き、急いで下着を身に付ける。
(ええっええぇぇっ? こんな時間に?!)
とにかく待たせてはいけない──脳内はいっぱいいっぱいだが、身体は素早くナイトガウンを羽織り、腰ベルトを締めつつ扉を開けていた。
「あっ……」
俺を見た途端に真っ赤になって俯くティア。
(これは……もしや!?)
いや嬉しいけどまだそういうのは早いと思うしなんならこうリードしたいというかでもそういうの得意じゃないから少しずつ気持ちをとか思ってたから無理しないでほしいんだけど女性から誘われた場合断るのも良くないんじゃないかなーとかいやそのやましい気持ちからではなく
「ご……ご入浴中だったのですね。申し訳ありません……」
「あっ」
脳内がパンクしそうになったところで、ティアの一言に我に返る。
そう、俺は下着のみで寝る人間であり、寝間着を着用しない。
つまり、下着の上はナイトガウンのみ。
というか、ナイトガウンの下は下着のみ。
(うわあぁぁぁぁぁぁッ!!!!)
死ぬ程恥ずかしい。
色んな意味で。
「こ、こんな格好で失礼した」
「い、いえ……こちらこそ……」
『すぐ済みますので』と言ってティアは、諸々の礼を俺に告げると、淑女の礼をとり、そそくさと部屋から出ていった。
勿論、廊下に出る方の扉で。
サミュエルの『お通ししても宜しいですか?』で察するべきだったのだ。
その夜俺は、珍しく寝間着を着て寝た。
そして次の日。
婚約者との幸せな朝食の後、俺はただ部屋でソワソワしていた。
ティアはグレタに使用人の紹介や、主に使うことになる侯爵邸中央部の部屋の案内や、細かい説明を受けている。
そのあたりは俺にはできないことなので、午前中はグレタに任せ、昼食を摂った後で俺が全体をザックリ案内することになっている。
「……そうだ!」
俺は侯爵邸内ご案内デートの準備として、急遽邸内をハイスピードで回ってみることにした。
効率良く案内すると共に、いくつか休憩所的な箇所を設けておくのだ。
これならば疲れ──
(いや、疲れるな)
なにぶん侯爵邸は広い。
ティアの足では半日かかるのではないか。
それに病弱なティアの身体も気になる。
(ふむ……どうしたものか)
「──ティア、午後からは俺が邸内を案内しよう」
昼食時、俺がそう言うとティアは驚きながらも喜んでくれた。
直前にさり気無くニック経由で、ユミル嬢にティアの体調を尋ねておいたが、『慣れないことにややお疲れのご様子』とのこと。
やはり天使は健気で優しい。
彼女にこれ以上の負担はかけない──食事を終えて少し休んだ後、そう思いながらニックに例の物を持ってこさせた。
「フェル様……これは?!」
「君の為に用意をした」
「まあ……!」
それは、祖母の使用していた車椅子である。
「さあ、侯爵邸内ご案内ツアーと参ろうか」




